第2話 運命の出会い
「じゃあ、行ってきます」
「おう、行ってこい!」
空は僕たちを祝うかのように、気持ち良く晴れ渡っていた。学校までの通学路は、いつもより輝いていた。
「楽しみだなぁ。どんな奴がいるのかな」
「なんだその、単純で面白くもない感想は」
いきなりの厳しい反応に、僕は驚いた。
「厳しくないですか?」
「そうでもないさ」
腕を組みながら、強い眼差しでまっすぐ前を見ている。さながら戦場へと向かう戦士のようだ。……この人、前世は軍人か何かだったのか?
「というか、どうしてあなたも来てるんですか」
「そりゃ、行きたいからだよ」
……は?
ついぽかんとしてしまった。
「何でですか」
「久しぶりだもん、学校生活」
周りを見ると、先輩か同級生か定かではないが、同じ制服を着用した生徒が登校していた。
「あ、あの。あなたと会話しているせいで悲しい子みたいな目で見られるんですけど」
「そりゃ、寂しいな」
「これ多分友達出来ないと思うんですけど」
「それは、お前次第だ。私の所為にされても困る」
「すごい責任転嫁」
「え、私のことを嫁だって?」
笑顔がまぶしい姉だった。
良いところだけかいつままないでください。
「言ってません。切り取り方が独特すぎます」
「独自の思考回路だからね」
「その所為で思考停止になりますよ」
「え、始皇帝?私が?」
自分に指をさす姉は、正直言って可愛かった。
本当に楽しそうだなぁ。
「いい加減にしてください。ますます冷たい目になってますから」
「大丈夫だって。そんな冷たい奴なんかいないって」
「冷たい奴で、冷奴ですね」
「さすが私の弟だな。人の話の聞いて無さが遺伝してやがる」
「嫌なところが遺伝してますね」
そんな会話をしていると、校門の前に着いた。
「ようやく、僕も高校生です」
「そうだな。ようやくだな」
少し、湿っぽい空気が流れる。これは、日本特有の湿気の多さだけではなく、姉のうるっとした瞳になぞらえて、僕はそう感じた。
「じゃあ、行ってきます」
力強い宣言ともとれる僕の発言に、彼女は水を差してきた。
ようやく彼女の雰囲気に慣れてきた。
「だから、私も行くって」
「本気で言ってるんですか?」
「当たり前でしょ」
「当たり前なんですか⁈」
「ほら、行くぞ」
「え、えー」
そんなこんなで、高校生活が始まりそうだ。
体育館への道が分からず、そわそわしていると、前方に先輩らしき人物がいた。彼女は、姉のようにスレンダーだった。大きく異なる点は、姉がショートカットなのに対し、彼女はポニーテールだったという点くらいだろう。物静かそうで、優しそうな雰囲気を纏っている彼女は、その小さな足でゆっくりと僕の方へと近づいてきた。
近づくと、思ったより身長は小さかった。ここも、姉と違う点だ。
「な、何かお困りでしょうか」
「え、あ、いや…」
可愛さに見蕩れてしまう。身長が低い所為で上目遣いになっているところとか、その小さな指一本一本が乳白色で美しいとか、インドア系なのかなとか、無駄なことを考えてしまって、答えるのに時間がかかった。
「美貌が堪えたってわけか」
「今話しかけないでください」
あ、先輩の前で話してしまった。これはまずい。
「あ、すみません。そうですよね」
「あ、いやいや違うんです!」
「へ?」
五階を早急に解かねばならない。
「ええと、その、体育館の場所が分からなくって」
「ああ、そこでしたらここからまっすぐ行ってもらって一つ目を左です」
「あ、ありがとうございます」
少し気まずい空気だったのが、一瞬にして元の空気にに戻る。
彼女は、僕を上から下へと視線を動かした。
なんだろう。すごく緊張する。
「入学生さんだったのですね」
「ええ、まあ」
すると、彼女は自分の背中にいれていた―背中にいれていた⁈-本を取りだし、僕の方へ渡した。どうやら、部誌のようなものらしい。
「よかったら、文芸部、入りませんか?」
「文芸部?」
「ええ、よかったらで良いのですが」
「じゃあ、考えておきます」
「あ、ありがとうございますっ!」
心なしか、彼女の顔が赤らめたように思えて、自分の頬が紅潮していくのを感じた。
「じゃ、じゃあこれで」
「あ、そうですね。行ってらっしゃい」
「行ってきます」
先輩という存在に緊張していたせいで、名前を聞くのを忘れてしまった。
「あの子、可愛いな。嫁に欲しい」
「何でですか。あなた女性でしょ」
「あ、それコンプライアンス違反」
今の時流にも対応した姉だ。
「どうして今の情勢に詳しいんですか!」
「私、昔からその辺フリーダムだから」
「まさか、あなたがレズだったとは」
「いいや、バイだよ」
「まさかの展開です」
本当にまさかだ。自分の姉がバイだったとは。
「ここで公開するとはね、この情報を」
「生きている間に聞いておきたかったです」
「言っておくべきだったかもね。とにかく、柔軟性をもって発言した方が良いよ」
「分かりました」
体育館に入ると、そこにはすでに生徒たちが集まっていた。一人遠くから来た身としては、緊張の瞬間だ。
「大丈夫、私がいる」
「ここにいると、むしろ孤立が深まりそうなんですけど」
「え、実の姉が要らないのかい?」
「幽霊と会話しているとか噂されたら、友達いなくなるでしょ!」
「そうなの?」
「そうです!」
しょうがないなあというと、姉は僕から離れて教師の列の方へと回った。
「ここで見てるから」
「お願いします」
入学式が、始まる。
「ねえ、君どこ中?」
肩を叩かれ、そちらへ向くと、同じクラスの女性の方だった。髪は短めで、細い赤縁の眼鏡を着用していた。肌は白く、全体的に痩せていた。何となく、尋常じゃない痩せ方をしているようにも思えたが、最近のモデルさんとかを見る限り、これが普通なのかとも思えた。
「ええと、隣の県から来て」
「へえ、そうなんだ」
「この辺、地元なんですか?」
「まあね。地元だよ。嫌いな地元」
そう言うと、彼女は少し遠くを見た。どうやら、握りこぶしを作っていたようだ。
「そう…ですか」
「悪いね、嫌な気持ちにさせた」
「いえ」
「それよりさ、隣の県の子なんだっけ?じゃあ、友達いないわけだ」
「ええ、まあ」
彼女は、ニヤッと笑った。
少し怖かったが、もう少し黙っていると、彼女は両手を出して言った。
「じゃあさ、私と友達になろうよ」
「え?」
女性から話しかけられることが少なかったこともあり、戸惑ってしまった。もしかして、これが普通?
都会怖い。
「友達。仲良しな関係、裏切らない関係、苛めない関係」
その瞳は、確固たる思いで満ちていた。
「わ、分かりました」
「よし、じゃあ成立」
小指を出してきた。これは、あの、幼少期によくやっていた指切りげんまんという奴では?
久しぶりで、掛け声を忘れてしまった。
「ゆーびきーりげんまん、嘘ついたらはりせんぼんのーます!」
「そんな怖い感じでしたっけ」
「そうだよ、知らなかったの?」
「知りませんでした」
「へえ、意外と馬鹿だったり?」
「余計なお世話です」
「あ、ごめん。怒っちゃった?」
その顔は、姉と通ずるものを感じた。
「これで怒るような器の小さい人間ではないです」
「お、自負してるねえ」
「あの、校長先生の話なので」
「そうだね、真面目に聞かなきゃね」
この時間は、つまらなかったからではなくて、初めてのことで、長く感じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます