幽霊と歩む文芸部っ!

三河安城

第1話 召命の証明

世界は、緑に輝き、黄色に魅せられていた。

花は咲き乱れ、草木はこの日を待っていたと言わんばかりに生き生きとしている。

そんな日の朝だった。


目が覚めると、3年前に死んだはずの姉が、僕の体をまたぐようにして仁王立ちしていた。

姉のことが忘れられずに、こんな夢を見てしまったのかと自分を情けなく思いながら、僕はもう一度布団をかぶった。

「……いや、待てよ」

布団の中で、呟いてしまった。今から布団をかぶるということは、これは完全に起きているという状態ではないか。ということはつまり、夢でもなんでもなく現実に見えていること。


「嘘でしょ」

もしかすると、もう消えてしまったかもしれない。寝ぼけていたのだろう。恐る恐る布団を開けると、やっぱりそこには姉の姿があった。


春の光がこの状況を、優しく包み込む。


「久しぶりだな、我が弟よ」

「……な、なんで」


人間、本当に嬉しいと表情とは裏腹に涙がこぼれていくようだ。


「まあまあ、泣くなって」

「でも、なんで…」


久々の再会に、涙は止まらず、視界はぼやける一方だった。

本当なのか、にわかには信じられない。


「あ、にわか雨降るらしいから、洗濯物しまった方が良いよ」

こんなこと言うような人ではなかったと思う。


「いや、私だって一応一人暮らししてましたからね?」

「じゃ、じゃあ証明してみてよ」


そもそも容姿の時点で証明はもう終わっているのだが、何しろ死人の生き返りなどという非科学的なことが現実に起きているということが、にわかに信じがたくて、ついこんなことを言ってしまった。


「証明って…明るい方の?」

「それは照明」

「聖マタイの?」

「それは召命」

「正真?」

「正銘?」

「ほら、証明終了」

「言葉の綾で、ごまかさないでください!!」

「言葉の鞘で、君を斬ってやるさ」

「鞘では切れませんから!」

「納屋に収納しとかないとな」

「うちに納屋は無いですから!」

「納屋は無くとも、矢はあるでしょ」

「何でここだけ武将の家になってるんですか!」

「だって、そうしておいたし」

「勝手に動かさないでください!」

「勝手に動いたんだよ」

「これ以上怖いこと言わないでください!!」

「これ以上って?」

「今のこの状況っすよ!!」


こんなハイテンポで返すような人だったっけ?この会話は、特に親とやっていたようにも思えるのだが。


「上京してきた弟が、学校に遅刻するなんていう事件が起きれば、確かに怖いな」

まさかと思い、時計を見るとまだ朝の7時だった。

「あ、今遅刻したと思ったろ?胸をなでおろしただろ?」

「入学式は10時からなので大丈夫ですぅ」

「あ、怒った」


人をからかう時の顔は、生前と変わらぬイラつきを感じさせるものがあった。


「怒ってませんよ!」

「起こった。世界大戦が」

「そんな軽いノリで勃発させないでください!」

「軽いノリで勃」

「これ以上は言ってはいけません!!!」


確かに下品ではあった。朝っぱらから何で出てくるんだ、その単語。

「なんでよ、別に私は聖人だし」

「そんなに地位高くないでしょうが!」

「ごめんご、異星人の間違いだった」

「そんな間違いがあってはならない」

「偉人の間違いかな?」

「あなたの勘違いです!」

「そろそろ仲違いされそうだね」

「そこまでは思ってませんけど」


すると、彼女はそわそわし始めた。周りを見渡し、鼻を動かし。


「あ、そろそろいとこの栄太がご飯作ったんじゃないか?」

「何でわかるんですか」

「そりゃだって、お姉ちゃんだもの」


本当は、匂いで気づいたんだろう。


「いや、五感は無いよ?」

「え、そうなんですか?」

「まあ、これでもまだ幽霊だからね」

「そうですか…」

「つまり、第六感が光り輝いているのさ」

「そうですか」


ため息を吐くと、姉はすぐに反応した。


「あ、今めんどくさとか思った!」

「その台詞が一番面倒です」

「小手も入れなきゃ」

「剣道好きでしたっけ⁈」

「いや、どっちかって言うと柔道派かな」

「そんなイメージもないですけど。って、あなた吹奏楽部だったじゃないですか」

「お、よく覚えてたね」

「そりゃ覚えてますよ。よく演奏会とか聞きに行きましたもん」

「そっか、懐かしいな」

なんか、生前よりも生き生きとしている気がするんですけど。

「じゃあ、1階で栄太兄(えいたにい)も待っているんで」

「え、待って。私も行きたい」

「何でですか。てか会えるんですか?」

「だって、久しぶりなんだもん。あ、その心配なら大丈夫。私は我が弟である祐司しか見えてないから」

「それでいいんですか?」

「それしかないんだよ。人っていうのは強欲なものでね。見たいようにしか、見えないようになっているんだ」

「ふうん」

「あ、せっかく良いこと言ったのに!」


しっくりくるような具体例が思いつかなかったので、腑に落ちなかったというよりは共感できなかった。ただ、その瞳は歴戦の戦士のようで、少し複雑な気持ちになった。


「さ、行くよ」

「は、はい」


一階に降りると、すでに朝ごはんの準備が出来ていた。僕は今年から、従兄の篠澤栄太(とのざわ えいた)の家に居候している。何故なら、通う高校がこの家に近いからだ。従兄は隣の建物を買って弁当屋を営んでいる。ただ、弁当屋の方にお金をかけすぎた結果、自分の家にまでお金が回らず、プレハブ小屋を二つ重ねたようなこの家で暮らしている。僕は、その2階で生活することになっている。

だからこそである。古びたこの家だからこそ、幽霊が出たのではないかと思ってしまうのだ。


「古びたって言っちゃ悪いよ。確かに、地震に耐えられる自信はないけれど、それでも立派な家だよ」

「そうですよね」


「お、なんだ。朝から独り言か?」

栄太兄は、たばこを咥えながら席についていた。


「ごめん、遅れた」

「なあに、別に構わんよ」

「じゃあ、頂きます」

「おう。食え食え」

今日の朝ごはんは、いつにもまして豪華だった。白飯に、味噌汁、焼き魚。そして、千切りキャベツが添えられている。


「今日は、入学式だろ?」

「うん」

「ちゃんと準備はしたのか?」

「うん。昨日のうちにね」


箸を動かしていると、彼は僕の頭に手を乗せてぐりぐりと撫でてきた。

「さすがだ、偉いぞ」

「もうそんな年じゃないよ、栄太兄」


「そうだったな。いやあ、久しぶりだから、そういうの分かんなくってさ」

「分かるけど、その気持ち」

「じゃあ、食べ終わったら流しに入れといてな。兄ちゃん、下ごしらえしてくるから」

「はーい」


栄太兄は、店の方に出てしまった。


「あいつ、大人になったなぁ」

いなくなったタイミングで、姉が話しかけてきた。一応、そういうところは遠慮してくれるらしい。

「まだ学生でしたっけ。死んだとき」

「そうだよ。あいつ、大学では友達出来なくって、よく私のところに遊びに来てたんだよ」

「そうだったんですか」


「そーれーで?」

姉は、後ろから僕の顔を覗き込むようにして僕に尋ねてきた。

「それでって?」

正直怖い。


「どうして、私には敬語で、あいつにはため口なのよ!」

思いのほかどうでもいいことだった。気にするんだ、そういうところ。

「特に理由は無いです。単に言いやすいだけっす」


「あ、今少し緩くしてくれた!」

笑顔が輝いた。案外うちの姉はちょろいのかもしれない。

「ふう、ごちそうさまでした」

なんか久しぶりで、懐かしかった。

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