第6話 聞き上手の話下手

「じゃあ、部屋行きますか?」


もちろん、女の人を部屋にあげることなんてしたことは無い。


「そうだね。話もしたいし」


こういう時、ふとしたタイミングで嫌な予感というのは過るもので、例えば登校中に忘れ物気付くとか、そういう感覚というのはいつまでも研ぎ澄ましておいた方が良いんだろうけど、気づいた時の背筋の凍るような恐怖感を毎度のように感じなければならないと考えると、そんな鋭い感覚は要らないんじゃないかと思ってしまう。


結論を言うと、階段を昇り、部屋のドアのドアノブを握ったときに姉がいるのではという予感が過り、まさかと思いつつ開けたら本当にいたということだ。


「よ!おかえり~。なになに?デートの帰りですかぁ?」

「違いますよっ!」

「そうだよー!」

「なんてこと言うんですか、手草さん!」

「え?だって、その方が面白いじゃん?」

「面白くないです!!」

「そーれーに、この人も百合的な要素あるんでしょ?だったら、男女で一緒にいても興奮しないって」


「おぬし、どうしてそれが分かったのじゃ?」

急にキャラが変わる姉も、生前はよく見ていたなぁ。


「勿論、右胸に宿りしAAHが共鳴したものでな」

手草さんも、キャラ変わるんだ。ツッコミという仕事を完全に放棄した瞬間だった。


「えーえーえいちだと…?」

二人のキャラ相違の所為で、時代がいまいちわからないんですけど…。質問さえ受け付けてくれなさそうな空気だ。


「そう…私のこのAlternative Ability Heartは、同じ能力者と共鳴することができるのだ」

「……くっくっ」

「貴様、どうして笑っている!」

「いやあ、失敬失敬。君のそのえーえーえいちは、意外とポンコツであることがわかってしもうてのう」

「何…?」

「確かに、わしは百合的要素を持ってる。しかしなあ、わしは二刀流なのじゃよ」

「…なんだと?」

「つまり、わしは条件がそろえば、性別などどうでもよいのじゃ」

「……そんな、ありえない。私のAAHが反応を示さない能力者なんているはずがない!」


驚くところそっちですか?


「あの…そろそろいいですか?」

「え、ああ。悪い、我が弟よ。つい癖で」

「いや、知ってますから別にいいんですけど」

「じゃあ、手草理咲」

「え、はい!何でしょうか」

「真面目な話をしよう」

「……はい」


姉が見せたその顔は、今までの人生で見たことのない、珍しいほどに真剣な顔だった。

僕は、その真剣な表情に口出しできるほど、メンタルが強いわけではなかった。


「君は、どうしたい?」

「……どうって?」

「君は、学校に居座っているわけだろ?しぶとく、図太く、往生際悪く」


そこまで言わなくてもいいのではないかと、少し思うところではあった。だって、別に実害が出ているわけではないし。


「実害の有無にかかわらず、君はここにいてはいけないんだよ」

「……それは、分かっています」

「だったら、」

「でも、分からないんです!」

「……分からない?」

「私だって、すぐに成仏できると思ってました。このまま飛び降りて、そのまま昇天していくんだろうなぁ。うわ、矛盾してんじゃんとか思っていました。でも、でも」


本当に、分からないんです。

僕は、幽霊という存在について、いればいいなぁくらいにしか思っていなかったし、実態を調べようとか全く思っていなかったが、そんな人でも分かるようなことが根底から覆されてしまった。こんなところで。

てっきり、幽霊というのは、自らの無念や執念が現世にこびりついて離れないものだとばかり思っていた。


しかし、これに関しては違うようだ。何かが、違うようだ。


「…幽霊本人が、分からない」

「そうなんです。気づいたら、体育館にいて。ああ、私結局死ねなかったんだ。留年したんだと思ってました」

「そんなことが、あるのか」


思考して、考慮して、思慮して。

姉は、一つの答えにたどり着いた。


「自らの無念で、現世にこびりついているわけではないのだとするなら、他の人の無念で存在しているということ…なのか?」


自らが半信半疑な答えに、誰も頷けはしなかった。


「誰かの…無念?」

「分からんなぁ。自分のこと以外はさっぱりだ」

「……じゃあ」


僕が提案したことは、もしかすると事態を大きく歪ませかねないことではあったが、僕の脳ではそれ以外どうしようもなかった。


「手草さんの家に、行きませんか?もしかすると、親御さんの無念かもしれないですし」

「…そうだな」


手草さんの表情は、やはり曇ったままだった。

沈黙がこの部屋いっぱいに広がった。静かな均衡を破ったのは、お風呂が沸いた時の電子音だった。


「じゃあ、風呂入って寝るか。て言っても、私達は入れないけどね」

「そうですね。じゃあ、僕行ってきますね」


着替えを持って風呂場へと向かう。

彼女のことを、深く考えながら入っていると、予想以上の長風呂になってしまった。


「ふうっ。誰かの無念ねぇ」

風呂から出て着替えると、すでに栄太兄は夜ご飯の準備をしていた。


「ほれ、食うぞ?」

「はーい」

夜ご飯もまた、豪勢だった。

「まあ、店の残りだけどな」

「十分だよ」


現実逃避がしたくて、重い話を思い出したくなくて、僕は一心不乱に食べた。


「そうだ、今日の学校どうだったんだ?友達、できたか?」

「友達は…できなかったけど、文芸部に入ろうかと思ってる」

「文芸部?また、渋いところに目がいったな」

「たまたま、先輩に会っちゃってね。すごい先輩だったよ。プロ作家だって」

「マジか、すげえな」

「でも、先輩一人だけだったなぁ」

「なあ、俺はずっと体育会系だったから、そういうのよく分かんねえけど。やるなら、全力でやれよ?」

「勿論だよ」

「目指せ、プロ作家だ!」

「無茶苦茶なこと言わないでよ」

「諦めちゃダメだろ?」

「そうだけど…」


「あと、友達早めに見つけないとな。お前、性格微妙だし」

「げっ、知ってたの?」

「何年兄貴やってると思ってんだ」

「早めに教えて欲しかったなあ」

「悪いな。タイミング無くて」

「…ねえ、栄太兄」


思い出したくない話を、思い出させたくない話を、したくなってしまった。


「お姉ちゃんが死んだとき、どう思った?」

「そりゃ、悔しかったよ。寂しかったし、悲しかったな。俺が、英子が、何をしたっていうんだとも思ったな」

「そうか…」

「まあでも、その時。同時に、お前の面倒も見ねえと、って思ったなぁ」

「僕の?」

「ああ。だって、お前、ずっと英子ちゃん頼りだっただろ?」

「まあ、確かに」

「今度は、俺がそれをしてやらなきゃなって。英子ちゃんを心配させないために」

「そうだったんだ。…ありがとうね」

「なんだよ。どうしたんだよ、急に」

「いや、実はね」


今日の出来事を、すべて話した。栄太兄は、静かに黙って聞いてくれた。嘘や作り話だと思わず、しっかりと聞いてくれた。


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