第5話 デリカシーのデリバリー

幽霊彼女、つまり手草理咲はいじめられていた。容赦もなく、大人げなく、凄惨に、無残に苛め抜かれた。

苛めた人たちの常套句は「手草の手は、呪いの手だ」だそうだ。


「私が知っているのは、それくらいです。同じクラスではありませんでしたし、風の噂程度でしか、知りようがなかったので」


「いえ、むしろそんな話を思い出させてしまって」

「そんな、お気になさらず」


静かに通り過ぎていく時間が、体に重くのしかかっているような気がして、喋ることすら億劫になってしまった。


「……その、いじめなんだけどさ」

姉が、口を開いた。


「学校側は、どうしてるの?…なんか、ありきたりな質問になっちゃったけど」

「いえ、私達には何も。当たり前のように毎日が過ぎていくだけで、まるで飛び降りなんてなかったかのように」


色々な媒体によるニュースで、時々耳にするいじめ問題を、こうも目の当たりにすると、悔しい気持ちが起き上がるのと同時に、学校側の気持ちが分かってしまったのが恐ろしかった。


「そうか。じゃあ、私は帰るわ」

姉は、そう言うと、気持ちを早く切り替えたような涼しげな顔で、出口へと向かった。


「あ、そうだ。あんまり、気にすんなよ。杏沙ちゃん」

「ええ。……分かりました」

とはいえ、どこに向かったのだろうか。そもそも、僕と離れていて、存在はできるのだろうか。


「もう遅いですし、帰宅しますか」

「……そうですね」


時計はまだ、4時を回ったところではあったが、この後続くような会話もなく、早々に部活動を切り上げた。


「ぜひ、入部届、出してくださいね」

「はい」

その一言で、僕達の会話は終わった。

門を出ても、手草さんはついてきていた。


「……あの」

「どしたん?ああ、いじめのこと?」

「それもそうですけど、幽霊ってこんなに出入り自由なんですか?」

「…え?」


数秒の間が空いて、彼女は大きく噴き出した。


「アハハ!いじめのことよりも、そんなことを気にするなんて、君おかしいね!」

「そうですか?」


僕は、話を変えるつもりだったのだが、その思いは通じなかったようだ。


「まあ、真面目に答えるなら、私はまだ知らないね。幽霊のことについては、何も」

「そうですか」

「そりゃそうでしょ。まだ1年目ですよ。生まれたてですよ」

「まあ、死んでますけどね」

「まだ死んでません!心電図は動いてますぅ!」

「こうして生霊として出てきてる時点でぎりぎりだと思うんですけど」

「君さ、デリカシーなさすぎない?今時そこまでの人いないよ?」

「え、そうなんですか」

「まあ、いいけど。それくらいの方が話しやすいや」

彼女は、明るく笑った。

その笑顔が見たかったのだ。


「もしかして、こういう特別な状況がなくても、友達出来なかったかもしれないですね」

「自ら友達を要らないって言っちゃってるやつよりタチ悪いよね」

「やっぱり」

「きっぱり言わせてもらうとね。私は、好きだよ」

「マジっすか?!」

「あ、そういうことじゃないから。私、男の子ダメだし」

「…へ?」

「私、杏沙のことが好きだから」


「衝撃発言」

意外とそういう人って多いのかなぁ。


「真顔で言うな。そこまで引くことでもないでしょ⁈」

「引いてはないですけど…」

「ないですけど?」

「驚いています」

「本当にそれだけか⁈」

「ええ、もちろんです」

すうっと、離れた。

「何で距離が生まれた!教科書の朗読みたいにしゃべるな!」

「いいえ、それは私のカバンではありません」

「Why⁈ナンデEnglishヤネン!」

身振り手振りでツッコんだ。


「どうしてカタコトなんですか」

「先にボケたのそっちだろ!」

「そうでした、てへ」

「だから真顔で言うな!」

「変顔ならいいですか?」

「…うーん。一回やってみて」


変顔というのを、しっかりとやったことがない手前、どうすればいいのか分からなかったと言い訳させてほしい。


「それ、人前でやらない方が良いよ」

「諭さないでください!」

「さては、やったことないな」

「悟らないでください!」

「人は皆、変顔をせずに生きていきたいものだなぁ」

「まとめないでください!」

「認めたら、許してやる」

「認めるも何も、僕は一目で変顔をしたことはありません」

「じゃあ、ここにしたためて」

「どうして、白い紙を持っているんですか?!」


ちなみに、みとめるもしたためるも、両方『認める』だ。


「言っていただろ?私は、作家を目指していたのだから。白紙の神と呼ばれていたのだから」

「そこまでは言われてませんよね?!」

しかも、白紙の神って、何も書いていない。


「白い髪は、持ってないけどな」

「あ、頭頂部に白髪が」

「え、どこどこ?抜いて抜いて!!」

「いえ、冗談です」

「冗談なら、もっと高尚なものを用意しといてよ」

「校長先生の一発ギャグみたいに?」

「え、見てない。私、寝てたかも」

「やらせないでくださいよ」


あれはきっと、校長先生の中でも黒歴史だろう。


「…まあ、いいや。あの変顔の後一発ギャグしてもらうのはさすがに酷だろうし」

「そんなに酷かったですか⁈」

「私にとっても地獄だろうし」

「なんか、ごめんなさい!」

「あ、そうだ。今日、君ん家に泊まってもいいかな?」

「ええと、従兄次第ですけど」

「まあ、大丈夫でしょ。見えてないと思うよ?」

「そうですね。姉のことも、従兄は見えてませんし」

「姉?」

「ああ、こっちの話です」

「もしかして、お姉さんって、部室にいた人?」

「ええ、まあ」

「そうか、亡くなっていたのか」

下を向いて、腕を組んだ。


「気にしないでください」

「うん、まったく」

「さっき僕に対してデリカシーのないやつとか言ってましたけど、あなたも大概じゃないですか!」

「ああ、女々しいなあ」

ため息交じりに言った。


「女々しくはないでしょ!」

「姦しいなぁ」

「女らしさが増えている!!」

「女性が集まるとうるさいみたいな字だけど、男性が集まる方がうるさいよね」

「うるささの内容が違うような気がしますけどね」

「低音か、高音かみたいな?」

「単純に言うと」

「端的に言うと」

「短絡的ですけど」

「たん…たん…うーん、見つからん」

お手上げのポーズを見せる。


「いや、別にあたまとりしてるわけじゃないんですから」

「あたまとり?」

「しりとりの逆バージョンですよ」

「あー、そういうこと」

「やりますか?」

「いいや、面倒だし」

「雑だな!」

「煩雑だもん」

「粗雑に扱わなくても」

「煩雑ってさ、煩わしいに雑って書くけど、てっきり『ぼんざつ』って読むのかと思っていたよ」

「煩悩だからですか?」

「そうだね。まったくだよ、難しいな日本語は」

「確かにそうですね」


そうこうしているうちに、家に着いた。


「おう、帰ってきたか!」

「栄太兄、ただいま」

「おやつ用意してあんから、好きなもん食えよ」

「はーい。ありがとー」

「どういたしまして!あ、いらっしゃいませ!」

結構客が入っているようだ。


どうやら、栄太兄には手草さんが見えていないようだ。

彼女は、少し寂しそうに視線を落とした。

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