ハムちゃん倶楽部

いりやはるか

ハムちゃん倶楽部

 ハムスターを友人からもらうことになった。


 まだ生まれたばかりで、ジャンガリアンという品種だそうだ。想像以上に小さく、生きているのが不思議なほどだった。

 私はちょろちょろと動き回る元気なそいつに「チョロすけ」という実も蓋も無い名前を付けて飼うことにした。


「ハムスター飼うの、始めてなんでしょ?それだったら入っといた方がいいよ。ハムちゃんクラブ」


「ハムちゃんクラブ?」


「そう。運営しているのは個人らしいけど、会報とかも凝ってるし。飼い方とか、いいペットショップの紹介とかもあるよ。会員数が一万人突破したって先月の会報に書いてあった」


 生き物自体を飼うことが始めてだった私は、早速そのクラブに入会することにした。


 一週間後、A4サイズの茶封筒が届いた。裏返すと「ハムちゃんくらぶ」と書かれている。

 中にはワープロ打ちの手作り感のある薄い冊子、それとゴールデンハムスターを形どった小さなぬいぐるみが入っていた。


「ハムスターを店頭の客寄せとしか考えていないペットショップ◯◯を許すな」


「S県Y市のペットショップ◯◯では餌が満足に与えられることがなく、掃除も雑で極めて不衛生な状態での飼育が行われている。チェーン店での不買運動にご協力をお願いいたします」


「大手スーパーKのペットショップコーナーからハムスター向けフードの取り扱いが無くなった。理由について本社広報部を直撃」


「◯◯町駅前の露天で色を塗られたハムスターが売られていた。露天商は一目でそれとわかる反社会性勢力の連中だ」


 ペットショップの不買運動を煽り、ペットフードのメーカーへ抗議し、露天商の小遣い稼ぎまでその対象としているー

 この組織のハムスターへの愛情は相当なもののようだ。

 冊子を閉じ、カゴの中のチョロすけに目をやる。チョロすけは何もしらないまま目を閉じて眠っていた。


 ある日私がペットショップでチョロすけ用の餌を選んでいると、女性の悲鳴が聞こえた。


「捕まえろ!」


 店内に強く勇ましい男性の声が響いた。怖くなって棚の隙間から声のした方向を覗く。

 最初に見えたのは複数の人間がこちらへ背を向けて立っている様子だった。十数人はいるだろうか。男性も女性もいる。全員皆頭部が黒い。いや、黒っぽい布のようなものを被っているようだ。先ほど叫んだ男性の声が再び店内に響く。


「貴店は再三の我々の警告にも誠意を持って応えることなく、非人道的かつ残忍な方法での飼育を続け、多くの命を著しく衰弱させ死に至らしめた。この所業は厳罰に値すると我々は判断した。よって本日制裁を決行する」

 

いっせいに群衆が動いた。それと同時に男性の悲鳴が聞こえた。痛い、痛い、やめろ。その声はこの店の店主のものだ。誰なんだお前らは。


「我々は」


 再び先ほどの男性の声。私は恐怖で動けないままでいる。群衆の隙間から一人が刃物を手に握っているのが見えた。棚の端を抑えた指先が細かく震えるのを抑えきれない。


「ハムちゃんクラブだ」

 

店主の悲鳴が聞こえた。


 その後の記憶は曖昧だ。だが、何とか店を抜け出し家まで帰ることが出来た。

まるで夢を見たあとのようにその時の記憶には現実感がなかった。こんな抗議活動を実行に移す団体が存在するわけがない。犯罪だ。


 その時、カゴの中のチョロすけが見当たらないことに気がついた。

家を出る前までは確かにカゴの中にいたはずだ。今、そのカゴの入口が開いている。出かける前にカゴを掃除した際、入口をきちんと閉めていなかったとしか考えられない。ここからチョロすけは逃げ出したのだろう。だとすれば、まだこの部屋のどこかにいるはずだ。

 踏んでしまわないように気をつけながら私は部屋の中を探し始めた。

チョロすけは玄関と台所の間にある扉の隙間にいた。私が帰ってきた時に開いたその扉の隙間に挟まれ、チョロすけは既に息絶えていた。


「ごめんね、チョロすけ…」


 その時、携帯にメール着信を知らせる電子音が響いた。


「我々はハムちゃんクラブである。当会会員において自らの過失でハムスターを死に至らしめることは重罪であると心得よ。これより貴殿の犯した罪に置いて当会にて臨時の審議会を開催する。これより貴殿自宅に特別調査委員を派遣する。貴殿の誠意ある対応を望む」


 会報が送られてきた時同梱されていたぬいぐるみを震える指で掴む。それはチョロすけのカゴの隣に置いたままになっていた。裏返すと、縫製の一部がほつれている。両手で力を入れると、少しだけ糸がほどけた。そのまま隙間に親指を突っ込んで左右に開く。中には、小さな黒い機械が入っている。取り出して見て、それが小型のカメラであることは、私にもわかった。


 チャイムが鳴った。聞き覚えのあるあの声が、ドアを閉めたままでもはっきりと聞こえた。


「ドアを開けろ。我々は、ハムちゃんクラブだ」

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ハムちゃん倶楽部 いりやはるか @iriharu86

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