新時代方面、徒歩五分

音音寝眠

新時代方面、徒歩五分

 この村に、線路が通る――その噂は、またたく間に村中に広がった。

 村の衆の反応は十人十色であった。怒る者に噂の出所を疑う者、はなから信じない者もおったが、そのうち権三ごんぞうは怒る者のひとりであった。お国は大戦という一大事の時、男たちが命を懸けて戦地に赴いておるというのに、こんな山奥のちいちゃな村にそんな金を投じようとは何ごとか。ここいらは汽車なんかなくたって、いっぺんも不自由しない。深い森の風を隣に歩いて、ここの者たちは暮らしてきた。

 権三が一緒に怒ったら、村の衆たちはやいのやいのと、噂の出所を確かめてくるよう権三を焚きつけた。かれは真っ赤な血肉の横着坊主である。権三は奮い立って、幼馴染の周之助しゅうのすけと山を降りることにした。

 山を覆う森は、もうもうと深い。行く手の細い道は日陰に沈み、四方から木々の波が押し寄せる。見上げると濃い緑の天井で、たまにきらりきらりと陽光のもと舞い踊る木の葉が見えた。

 権三と周之助は、小道で草をかき分けかき分け、ボロになった木の立て札を目印にして進んだ。やがて陽が傾くと、行く手は急に暗くなった。権三は背嚢からちゃちなカンテラを出して、一寸先の闇を照らしながらなおも進んだ。

「麓まであと五分」の字が書かれた立て札を通り過ぎたあたりで、権三と周之助は、はて何やら様子がおかしいぞ、と目をこすり始めた。行く手が薄ぼんやりと光っているのである。

「明るいのう、麓に空襲でもあったんか」

 権三が眉をひそめて言った。

「まさかぁ、それなら村から煙が見えたはずじゃ」

 周之助もいぶかしげである。二人はぶちぶちと議論をしながら歩を進めた。すぐに足元の道は広くなり、やがてパッと視界がひらける。森を抜けて麓の村に出たのである。同時に、二人の口があんぐり開いた。

 そこはコンクリとトタンのバカでかい建物が立ちならぶ、白熱灯で照らされた権三たちの知らない街だった。あちこちでツナギを着た男たちが動き回り、灰色に舗装された道の脇には、赤提灯の下がった屋台が軒を連ねている。重そうな自動車が新しい丸太を山と積んで、があがあ言いながら通り過ぎて行った。

「なんじゃあ、こりゃあ……」

 権三は、あっけにとられて言った。

「なんじゃあ、こりゃあ」

 同じ言葉を繰り返す周之助の口元は、わずかに緩んでいた。

 二人は森の終わりからさらに進み出た。周之助の顔を傍目に見たら、権三の頭にふっと昨日までの記憶がよみがえる。権三は一瞬だけ唇を引き結ぶと、近くの道路を通ったツナギの男に声をかけた。

「おいちゃん、なあ、戦争はどうなってっか?」

「戦争?」

 男は眉をひそめて、

「戦争なんか、とっくの三年前に終わってらあ」

さっさと行きすぎていった。

 権三はしばらく黙り込んでいたが、やがてちっとだけ俯いた。

「……周ちゃ、帰るか」

「あぁ」

 答えた周之助の目が、白熱灯のあかりで妙にきらきら光ってみえた。

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