最終話 ネムノキのせい
~ 八月十日(金) 『¥0』 ~
ネムノキの花言葉 穏やかな生活
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その向かいに建つ一軒家。
本日は、まーくんの家で。
ワンコ・バーガーのお疲れ様会&歓迎会が催されております。
隣に腰かけて、オレンジジュースでご機嫌になっているのは。
俺の予定を勝手に決めるマネージャー、
軽い色に染めたゆるふわロング髪を、今日はパーティー仕様に夜会巻きにして。
そこにネムノキの花をちりばめています。
夏の夜空を彩る火薬玉を花と例えるのならば。
まるで、そこからの逆輸入。
鮮やかな赤い線を無数に広げるネムノキは。
地上に降りた打ち上げ花火なのです。
「楽しいね! 葉月!」
「う、うん……。うれしいです……」
本日の主役、笑顔の新人コンビを見つめて。
幸せそうに微笑む店長さんとカンナさん。
今日は夕方でお店を切り上げて。
みんな揃って、賑やかなパーティーなのです。
「なんで、ここでパーティーやるんだよ」
そんな文句とは裏腹に。
楽しそうに料理を運ぶ、ホスト気質のまーくんですが。
「確かにここでやるの変かもしれないですけど。でも、間違い探しをするならば」
もっとおかしなものが、正面でウーロン茶を飲んでいるのです。
「なぜあなたがここにいるのです?」
「ふん! 何と言う自分勝手な意見なのだね? 僕から見たら、上司のお宅へ足を運んだ所に君たちが押し掛けてきたのだがね!」
……ほんとだ。
びっくりすることにこの状態、何もおかしくありまいやいやいや。
「そのまーくんの部下さんが、俺たちが準備したチキンを美味しそうに食べてるとこがおかしいのです」
「元バイト君と、現バイト君もいることだし、そこまでおかしくはなかろう」
「ワンコ・バーガーのパーティーですから、やっぱりおかしいです。ねえ、ライバル・蕎麦の現バイトさん」
「そ、そんな呼び方しないでください……。ふたつのお店を行ったり来たりして、大変です……」
二代目を襲名した葉月ちゃんは、困惑顔で炭酸の入ったコップに口を付けます。
「昨日今日で四往復もしてましたけど、一体、ライバル・蕎麦で何をやらかしてきたの?」
「し、新商品の試作を頼まれまして、ちょっと冒険を……」
「………………冒険、ですか」
「わ、私の味覚、そんなに変ですか?」
今にも泣き出しそうになってしまった葉月ちゃんの訴えに。
本件についてはこの人に聞くしかあるまいと。
全員の目が瑞希ちゃんに集まります。
「……えっとえっと、その、葉月の味覚は……」
「おかしくないよね?」
「正直に言うと、牛丼に、フレンチドレッシングかけ始めた時はちょっと引いた」
「美味しいじゃない!」
……葉月ちゃん。
いいとこのお嬢様なのに。
それはない。
救いを求める葉月ちゃんの視線から。
俺たちが必死に逃げる中。
急に嬉々とした叫び声が上がりました。
「ふむ! それ、採用!」
「相変わらずですねあなた。蕎麦屋で牛丼出す気?」
「総支配人だからね! 僕がルールなのだよ! 採用だ!」
「上層部権限で却下だ」
総支配人さん。
ピザを運んで来たまーくんの一言に、しょぼんとしてますが。
「ま、まあいいさ! それよりさすがは貧乏店舗のパーティーだね! このピザなんか、随分安っぽい品ではないか!」
「それ、あたしが焼いたの」
この人にけなされても気にもならないのでしょう。
怒った様子もしょぼんとした様子もなく。
穂咲が教えると。
総支配人さんは得意の嫌味顔を浮かべながらピザをひと切れ摘まんで。
「僕の店でオープン記念のパーティーをした時にはね、高級デリバリーのピザを注文したんだ。あの芳醇なチーズの風味とコクに比べたら、こんな安っぽいピザなんか、あーん。むぐむぐ、ほら、思った通り強烈なチーズの風味とコクっ!!!」
うめーうめー鳴きながらかじりついて、あっという間に食べ切ってますけど。
この人、憎めないどころか。
だんだん可愛く見えてきました。
でも。
「何度も言いますが、今日はワンコ・バーガーのパーティーなのです。会費も払わずに飲み食いされては困ります」
「ふむ、そういうことなら」
「よかった、お分かりいただけて。大人は三千え……」
「また会おう!」
「逃げるな!」
ぴかぴかスーツを翻して逃げ出した総支配人さん。
みんなで呆れながらその背中を見ていたら。
「廊下移動中ピザ食い逃げ~♪」
「東海道中膝栗毛~♪」
「腹が立っているところに、イライラを上塗りしないでください」
いつものように歌い出した二人にチョップです。
すると大笑いし始めたカンナさん。
麦茶の炭酸割りという得体の知れないものを飲み干して。
「まあまあ、いいじゃねえか。あの変な野郎が総支配人で助かったんだからな」
「確かに、やり手の人とかだったら今頃危なかったかもしれませんね」
「そうそう! 順風満帆! 乾杯!」
カンナさんの掛け声に、みんなで仲良くグラスを合わせると。
軽やかな音でリビングが満たされました。
いつものようにドタバタで。
いつものようにのんびりと。
そして最後には幸せな笑い声。
俺の夏休み前半戦は。
素敵な夜で幕を閉じることになりそうです。
……
…………
………………
「そうだ穂咲ちゃん、明日は早いから、早めにきりあげてくんね?」
「大丈夫なの。ママにはあらかじめ言っといたの。車で寝るからって」
「俺が運転するから言ってるんだけど」
料理を並べ終えたまーくんが。
苦笑いを浮かべながら缶ビール片手にテーブルに着くと。
店長さんが恐縮しながら謝って、みんなとお開きの時刻を協議し始めます。
――藍川家は。
おじさんが亡くなられてから、今年ようやく初めて。
おじいさんたちと一緒に、一泊でお墓詣り旅行に行くことになりまして。
そのことを俺に教えてくれたおばさんは。
途中から涙ぐんでいたので。
俺もつい、もらい泣きしてしまったのですけど。
素敵な旅行になるといいね、穂咲。
だって君には。
…………帰ってきたら、地獄が待っているのですから。
「君、宿題進めてるのでしょうね?」
「何で? 月曜から道久君が見てくれるのに、フライングする意味がないの」
「おい」
「あ、でも、自由研究は進んでるの。旅行先にヤギの牧場があってね?」
嬉々として手作りチーズの作り方と。
ヤギの捕まえ方を解説し始める穂咲ですが。
ああ、頭が痛い。
毎年恒例とは言え、絶望的なのです。
「それにね。宿題も、クーラーつけ放題のとこで出来るからすぐ終わるの」
「え? 君の家、クーラー禁止でしょうが」
「宿題、ここでやるの」
え?
ここ?
「そうだぜ。ここで宿題やってくれなきゃ、ひかりの面倒みれねえだろ?」
「…………ちょっと待って。いつそんな話になりました?」
「経費は前払いしといたじゃねえか、昼の間は面倒見てくれよ。断ろうにも、返金できねえだろうし」
「ひかりちゃんの面倒を見るのは構わないのですが、返金できないってどういうことです?」
預かっているお金の残り、数千円。
明細と合わせて、ちゃんと持ってますけど。
理由を視線で求める俺に。
まーくんは缶ビールを持った手の人差し指をぴっとあげるのですが。
……台所?
アイランド型のキッチンには。
鍋にフライパンに炊飯ジャー。
圧力窯に、油を使わない揚げ物機が並んでますが。
そういえば、以前来た時に比べて。
調理器具が増えましたね。
「前から欲しかったの。全部買えたの。お給料で」
「え? 穂咲が買ったんだ」
「ううん? 道久君が買ったの」
ん?
「ため込んでたから助かったの」
ん? ん?
「助かったの」
「…………おまえ、まさか」
オレンジジュースのグラスを置いた穂咲は。
膝に乗せた、ピンクのポシェットから財布を取り出して。
ひっくり返しに振りはじめましたけど。
それ、おれの。
…………夏休みに入って。
節制するために、毎日書いていたお小遣い帳。
今夜は計算する必要すらなく。
『¥0』
と書くだけで終了です。
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.5冊目🍔
おしま
「まったーーー!!! 終わらせませんよ? ちょっと穂咲! どういう事さ!」
「困った道久君なの。でも、こうするだけで強制終了なの」
「ちゃんと返してもらいますからね! お前の財布をこっちに……」
「い♪」
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.7冊目♪
八月十三日(月)からスタート!
昨年同様、タイムリミットは十四日間!
果たして、宿題はどうなるのか!?
おたのし
「待ってほんとに! 俺のバイト代返してくれるまでは終わらせませんから!」
みに♪
「秋山が立たされた理由」欄のある学級日誌 13.5冊目🍔 如月 仁成 @hitomi_aki
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