シスタスのせい
~ 八月九日(木) 六万二千三百 ~
シスタスの花言葉 注目の的
駅前の個人経営ハンバーガーショップ、ワンコ・バーガー。
その二台のレジ。
そこに立っているのは。
「わ、私、アルバイト初めてなので緊張します……」
「なになになに?
「墾田永年私財法~♪」
「それ、イラっとするからやめて欲しいと何度言ったら分かるのです?」
真新しい制服に身を包んだ二人は。
この春、俺が仲良くなった後輩コンビ。
大人しい方の子は
元気な方の子は
そんな二人の得意技は。
……俺をイラっとさせることなのです。
急に客入りが良くなったことで。
カンナさんから、バイトが出来る子を探すよう命じられていたのですが。
二つ返事で引き受けてくれた彼女たちは。
真面目ですし、頭もいいし。
胸を張って紹介できるのです。
……歌を除けば。
カンナさんと店長が厨房で仕込みをする中。
早めにお店に入ってもらった二人に一通り仕事を教え終わると。
約束の時刻よりずいぶん遅れて。
真っ白なシスタスの花を頭に揺らした子が現れました。
「藍川先輩! おはようございます!」
「お、おはようございます……」
「む。ご苦労なの」
調子に乗って、重役そのものという態度で入って来たのは
こいつ、昨日はお土産のお寿司を手に。
おばさんをずーっと待ち続けていたようなのです。
寝苦しい暑さに耐えきれず、麦茶を飲もうと台所へ降りた二時半ごろ。
お隣の居間には明かりがありましたので。
今日の遅刻は、ちょっと大目に見てあげましょう。
「では、開店前にレジの打ち方を指導なの!」
妙に先輩風を吹かせる重役さん。
それはもう教えちゃいましたけど。
でも君、これくらいしか教えられないからね。
復習にもなるし、まあいいか。
「まず! おもむろに、バーコードリーダーでぴっとするの!」
「まずおもむろに間違ってます。レジの登録ボタンを押して、葉月ちゃんなら十四番、瑞希ちゃんなら十五番って打って、もう一度登録ボタンを押す」
穂咲がなにそれという顔を俺に向けるのをよそに。
葉月ちゃんがレジを操作すると。
「はい、さっきやった通りレジに名前が出ました」
「よくできました」
「あのね、道久君。あたし、それやったことないの」
「何度教えても他の人の名前でレジを打つから、諦めたんです」
笑いをこらえる二人の様子を見た重役さん。
慌てて威厳を取り返しにかかります。
「そ、そしたら次こそ、ご注文を聞いてバーコードを……」
「違います。数字の右に、年齢層と性別を書いてあるボタンがあるでしょ? それを押してからご注文のバーコードを読み取ってね」
これは、どの世代が何をどれくらい買うかリサーチするために必要で。
カンナさんにとっての重要なデータベースにいてててて。
「痛いです。頬をつねらないでください」
「あたしは押したことないの! あと、汗で脂っぽいの!」
「脂っぽいのは謝りますよ。でも、君が押したこと無いのを怒られても困ります。何度も教えましたよ」
苦笑いの二人に挟まれた重役さん。
すっかり肩を落としているようですが。
「まあまあまあ! しょげないでくださいよ!」
「そ、そうです。私たち、藍川先輩と一緒にまた何かやりたいと思ってたので」
「そうそう! こんなに早く夢が叶って、幸せですから!」
やれやれ。
後輩に慰められて。
えへへと頭を掻いておりますが。
こんな素敵な後輩をもって。
君は幸せですね。
「俺もこの夏は、がっつりバイトに入る予定だから。楽しくなりそう」
「ほ、ほんとですか?」
「センパイと一緒にアルバイト! 嬉しい!」
暗くなりかけていたムードもあっという間に華やかに。
ほんとにこの二人といると。
胸が洗われるようなのです。
……だというのに。
「残念なの。あたしはアルバイト、明日までなの」
「ええ!?」
「そ、そうなのですね……」
「初耳なのです」
今日の君は、舞台を暗くする名人なのです。
「……まあ、残念ですけど大丈夫。俺がいますので」
「いないの」
いやいやいや。
ワザと暗くしようとしてるの?
「なんでそんなこと言うのさ。俺はバイト入りますって」
「だって……」
「だって?」
「道久君は、明日からあたしの宿題を代わりにやるの」
「やらねえよ!?」
なんたる重役!
夏休みが始まるなり勝手にバイト入れるわ。
しまいには勝手に終了させるわ。
「鬼のようなマネージメント!」
「お邪魔するよ!」
「ええい次から次へと! 今度は何っ!?」
振り向けば。
自動ドアを手で開いて勝手に入って来た総支配人さんの姿。
「なんなんです!? 今は忙しいから後にして欲しいのです!」
「わっはっは! 内輪もめなんてしていていいのかね? 僕のショッピングセンターに入れたライバル・チェーンの蕎麦屋! 初日から大繁盛さ!」
…………え?
それをわざわざ言いに来たの?
呆れてものも言えない俺をスルーした総支配人さん。
穂咲の手を取って、さらにまくし立てます。
「君のアイデアは素晴らしい! 給料をここの三倍出すから、ライバル・蕎麦で働かないかね?」
ウソでしょ?
あなた、こいつがしでかしたこと、もう忘れたの?
厨房から飛び出してきたカンナさんも。
呆れ顔で総支配人さんを見つめていますが。
「懲りねえやつだな」
「ほんとなのです。こいつ、今度は休憩室で蕎麦を栽培し始めますよ?」
「そ、それは困るね」
ようやく我を取り戻した様子の総支配人さん。
慌てて穂咲の手を離して、後ずさりました。
「や、やっぱり君は、この貧乏店舗にいたまえ。うん、それがいい。……ん? それはなんだね?」
落ち着きのない人ですね。
今度はこの人、カンナさんが持っていたバーガーの包みを勝手に取り上げてしまったのですが。
「こら! 返せ! 包みを剥くな!」
「おや、ハンバーガーの試作品かね?」
「そうなの。あたしが開発した、『うめ~っぐベネディクトバーガー』なの」
「バカ穂咲! 敵にほいほい情報渡すんじゃねえ!」
「ほう。察するところ、梅風味を加えたようだね。しかしエッグベネディクトは、あれが完成された味だと言うのにあーんむ。んぐんぐ。ほうら、思った通りこんなにも夏にぴったりな爽やかさ~っ!」
…………ほんと。
見てて飽きないなあこの人。
「や、やっぱりウチで採用しよう!」
「それはだめなの」
「なんで!?」
「だって、明日でバイト終わりなの。宿題しなきゃなの」
……総支配人さん。
がーんって顔のままよろよろと後ろに下がると。
開きっぱなしの出入り口にけつまづいて転んで頭を打って。
肩を落として帰っちゃったのです。
うーん。
彼は敵なのですけれど。
それを上回るほど憎めなくて。
なんだか可哀そうなのです。
…………そうですね。
「瑞希ちゃん、お蕎麦の新製品を開発するとしたら、どんなのを作りたい?」
「え? あたしだったら……、そうですね、お好み焼き蕎麦定食とか?」
なんだそりゃ。
瑞希ちゃん、不合格。
「じゃあ、葉月ちゃんなら?」
「わ、私はお母様に内緒で、お蕎麦を練乳で食べるのが好きなので、それを……」
「採用!」
「え? なんです? 採用???」
「今日から君は、二代目と名乗りなさい」
俺は、困惑顔の葉月ちゃんの手を引いて。
ライバル・蕎麦へ連れて行きました。
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