第27話 婚儀と宿敵

 光太郎がコタロウとジムカを拾った日から10日ほど経過した日、晴れやかな婚儀が行われる。

 もちろん新郎は光太郎、新婦はキョーコであった。

 婚儀の当日の早朝にナツヒコの屋敷で身支度をした光太郎は紋付袴姿となる。

 正午になるとそこから馬に乗り、トーキョーの町を一周するとアキトの屋敷へと向かった。

 馬の轡はコージが取っている。

 その横にはコタロウが元気に歩いていた。

 時おり馬上を見上げてはニコニコとしている。


 通常の婚儀の手順に倣っているが、違うとすればリークがすぐ横に控えていることであった。

 トーキョーの町の住人は概ね2人の結婚を歓迎している。

 聖地で光太郎に命を救われたものとその家族はもちろんのこと、光太郎の強さを味方にできるという点を評価している者も多かった。

 また、キョーコを巡る恋敵にあたる若者たちも中途半端な誰かが射止めたのであれば不満が出ただろうが、あまりに隔絶した力を持つ光太郎なら仕方ないと思っている。

 それでもゴウタは不満の声を漏らしていたし、馬鹿な真似をしないとも限らない。

 リークは警戒を怠らなかった。


 アキトの屋敷に到着するとコージの介添えを受けながら光太郎はなんとか醜態をさらさずに馬から降りる。

 待ち構えていたアキトとサチに出迎えられて光太郎は玄関から中へと入っていった。

 その後ろをコタロウを連れたコージが後を追う。

 白無垢に身を包んだキョーコが待つ座敷に光太郎が入る。

 お互いに注ぎ合った酒の杯を交わすと2人は夫婦となった。

 この辺りの儀式は光太郎が想像していたよりも簡素である。

 

 2人で手を取り合って廊下を進むと襖を取り払って1つにつなげた大きな座敷へと歩みを進めた。

 関係者が居並ぶ中を進んで突き当りの席に座を占める。

 光太郎とキョーコが簡単な口上を述べ、夫婦となったことを告げると参加者から拍手が沸き上がった。

 それを合図に賑やかに宴席が始まる。

 松花堂弁当に似た和食が並んだ。


 刺身はなかったが、焼き物、煮物、揚げ物にご飯と椀物が綺麗に並べられている。

 コタロウの前だけはハンバーグやエビフライのようなお子様ランチのようなものが用意されていた。

 光太郎が見知った披露宴のように新郎新婦は空腹に耐えながら皆の祝辞を聞くということはない。

 2人もゆっくりと食事をしながら、適当なタイミングで誰かが祝いの言葉を述べるのを聞いた。

 それでも新郎に酒を注ぐという習慣はあるらしく、長であるナツヒコを筆頭に幾人も光太郎のところへやってくる。


 ただ、グラスを開ける必要はなく、1センチほど口を付けるとやって来たものが少しだけビールを注ぎ足すという形だった。

 サチはもうちょっとなどと言っていたが、他の人は形だけ注ぐだけである。

 お陰で光太郎は赤くなったが泥酔することはなかった。

 夕暮れになると主役の2人はそれぞれサチとナツヒコに促されてそっと退席する。

 別室で着替えを済ませると急造した廊下を通って、光太郎が起居していた蔵へと渡った。


 先に光太郎が到着し、キョーコを待ち受ける。

 キョーコが中に入ると蔵の扉は閉じられた。

 中には2人だけになる。

 もっとも全てを一新した寝具の枕元から少し離れた場所には、宴席中は座敷前の庭にいたリークが鎮座していた。

 リークは前言のとおり酒を飲んで光太郎が発する二酸化炭素にひかれてやってくる吸血する虫をせっせと追い払っている。


 この後に及んでまだ光太郎は腰が引けていた。

 懸命に自分に向かって、姪の祥子ではないと言い聞かせている。

 そして、余人は知らないがリークがこの状況を見ているということも気になって仕方なかった。

 少し祝い酒を飲んだキョーコは頬を桜色に染めておりいつもには感じられない色気を発している。

 きょろきょろとして落ち着きのない光太郎にしびれを切らして、キョーコは自ら光太郎ににじり寄った。


「私のことが本当はお嫌いですか?」

 少し悲し気に瞳を潤ませて光太郎に問いかける。

「あ、いえ、そういうわけではないのですが……」

「私は光太郎様を初めてみた時からずっとお慕いしてました」

 それからまた少し体を寄せると光太郎の胸に顔をうずめた。

 光太郎の体がかっとしてくる。

 2人は知らなかったが新郎と新婦の膳にはすっぽんの炊き合わせが添えられていた。


 成り行きとはいえ夫となった以上は務めを果たさなくてはならない。

 光太郎はぎこちなく手をのばすとキョーコの両肩をつかんで引き起こした。

 体を屈めて口づけをしようとする。

 慣れないもので額と額を軽くぶつけてしまった。

 顔を傾ければいいということに思い至り、光太郎は再度チャレンジする。

 唇が触れ合うと頭の中が爆発したようにくらくらした。

 光太郎の中で情念が理性を上回り、キョーコを抱き上げると布団に横たえる。

 上掛けをかけると後は勝手に体が動いていた。


 光太郎とキョーコが一つになり初めての行為に戸惑いながらも励んでいる頃、蟲人のテリトリーの奥深くの住居に1人の人間の姿がある。

 長い時間をかけてようやくこの惑星の秩序を正せると思っていたところに覚醒した1人の男について考えを巡らせていた。

「臼杵光太郎。本来ならばとっくに死んでいるはずの男が忌々しい」

 唇を噛みしめる。

「でも、必ずや私の目的は達成してみせるわ」

 冷たい双眸を彼方へ向けると新たな計画の立案を始めるのだった。



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 作者の新巻でございます。

 毎度のことで恐縮ですが、コンテストの規定を満たすためここで筆を置かせていただきます。

 お読みいただきありがとうございました。

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