#6 Cook - Doodle Doo

ドゥードゥル・ドゥー。

それが彼の名前。


NGO団体『国境無き食卓』の創設者にして、代表にして、たった一人のメンバーである。


料理人。


年齢25歳。国籍不明。住所不定。


ドリーム・ランド園内各地を流離いながら、飢えに苦しむ人々をその手料理で救ってきた。10年間。


今や園内にその名を知らぬ者はいないとまで言われる。


ドゥードゥル・ドゥー。

それが彼の名前。


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1月31日 午前10時21分。


吹き付ける海風に棚引く純白のエプロン。

背負うは異次元リュック・サック。


やって来たのは、

『第3独立自治区・ガメムノ』である。


冬の青空は虚無を感じさせる。雲一つない。何もない。透き通った青。


開園後は気象も天候も滅茶苦茶に掻き乱されて、地域によっては季節の移ろいなんてものは消滅してたりもするのだが。

今日の青空は変わらない、きっとずっと昔からある、冬の青空。だと思う。


東海岸に位置するガメムノ。手続きを済ませ門を潜った。


「すげぇなぁ」


感嘆の言葉が漏れ出た。3年と半年振りになる。その間にビルは高くなり、道路は広くなった。


この街は開園当初からあったものではない。

現在7つある独立自治区は、いずれもロスト・アメリカ(withカナダ)の住人たちが中心となって諸外国に働きかけ、建造されたものだ。

何も無かった荒地に家を建て、街を創り、社会が生まれた。社会は変容し続ける。


まずは顔馴染みに会いに行こう。



「おお、来たかドゥードゥル」


いつも通り建て付けの悪い木戸を開け、アルコールの匂いが充満する薄暗い酒場。

客は誰もいない。


「この店だけは変わんないね。窓開けなさいよ窓」


「いやぁ窓開けたら虫入ってくるんだ。とりあえず座れや。朝飯食ったか?」


カウンター席に座った。やたらと椅子の位置が高い。


「料理人に飯の心配をすんじゃあないよ。自分の食べる分だけは常に確保してっから」


「そうかそうか。まぁ、飯なんかロクなもん出せねぇんだけどな。酒だけよ」


毛髪が完全に死に絶えている高齢の店主。

一人でずっとこの店を切り盛りしている。

たまに来るコアなファン相手に古くて高い酒振る舞うだけだから楽なもんだよ、と常々言ってはいるが。

初めてこの街で出会った9年前からの知り合いである。時々絵文字たっぷりのメールを送って来る。カノジョに教わっているらしい。


「結構、酷いのか」


「まぁ、今の状況が長く続くようじゃあちっとまずいなぁって感じで」


「ふむ」


今回この街に訪れたのも、爺さんからのメールがキッカケだ。


「軍の連中、毎日大騒ぎしてやがる。やれ戦争だ破壊だ殲滅だーってな」


ガメムノ自治軍。区が独自に所有する軍隊。アーミー・エリアを中心に全域で活動する連合国軍とは違う。


「あの若将軍になってからだよ」


新聞で読んだ。

先代将軍ダルメリの息子、アルバリ。

別名、暴食将軍(反戦主義過激派グループからは豚将軍とも)。

まぁお察しの通り、ふくよかなお身体をしてらっしゃる。


元々この街は、西方のマウント・ジャンクに居住する工業廃棄生物部族『ジャンク・ブラッド』に日々困らされていた。

大量に放置されていた工業廃棄物に、何処かの魔術士が気まぐれに魔法をかけて生命を与えてしまったのだ。

彼らは繁殖を繰り返した結果、個体数が爆発的に増え、やがて住む場所に困って領土の拡大を目論み東征を始めた。

当然ガメムノにも侵略の手を伸ばして来たジャンク・ブラッドに対し、自治軍は応戦するも、大苦戦。敵の数が多過ぎたのだ。

結果、将軍ダルメリは停戦を提案。自治区領土の約20%を明け渡した。それが3年半前。


先代から将軍の地位を引き継いで半年。

アルバリは、好戦派の軍人たちから熱烈な支持を受け、ジャンク・ブラッドに総力戦を仕掛けようとしていた。

まず民衆から取り上げられたものは、食料である。


「上に立つ連中が無茶な事すると、皺寄せでいちばん弱い立場の人々が苦しむ事になる。いつだってそうだ」


10年間、色々見て来た。


「そうだな」


同意して、爺さんは茶を啜った。薄い茶。


「おし!行って来るわ」


立ち上がった。今この瞬間も苦しんでいる人がいる。


「おう、頼む」


「腹を空かした子供たちはどこに居る」


「いちばんキツいのはネオン・モールの裏スラムじゃねぇかなぁ。身寄りの無ぇ子供が大勢。日に一度、食料品売り場の賞味期限切れのが貰えるのを食い扶持にしてるらしい」


「そりゃ大変だ」


「行ってやってくれ。連中にはきっとあんたが救いの神に見えるだろうぜ」


……。


「違ぇよ。ただ自己満足でやってるだけ」


使命感とか、正義感とか、そういうのでは無いと思う。

自己満足の罪滅ぼし。

こうでもして自分が善良な人間であると自分自身を錯覚させないと、眠れない。

血の味が、舌に残って消えない。


また建て付けの悪い木戸をイラつきながら開けて、外に出た。

日は高空に昇る。彼らはまだ朝飯を食べていないのだろう。

更にこの寒さだ。


急がねば。


バスに乗り込んだ。


過ぎて行く、前と変わった街並みを眺めながら、考えた。

救いの神なんかになるつもりはない。

が、『食』は救いだ。希望だ。


ドゥードゥル・ドゥー。

俺の名前。

日の出を告げる声。


俺自身が何かになるんじゃない。

俺はただ『食』を届け続けよう。


それが、今も生かされ続けている理由なのかも知れない。


考えている内に着いた。

ネオン・モール前。


生きる意味を、役割を果たそう。


______________________________


ドゥードゥル・ドゥー。

それが彼の名前。

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