ドリーム・ランド・スクランブル
削鰹乗太郎
Part 1
#1 Crowd
電気の力をその身に宿し、自在に扱えると言う。
人は食べ物と飲み物が無いと死んでしまう。
同じように、彼らは電気無くしては生きられない。
背中から伸びるコードを専用のプラグに差し込み、充電する。それが彼らの食事。
彼らと言うが、確認されているのはたった二人だけである。
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1月30日 午前2時18分8秒。
『ドリーム・ランド』南西部、『ムービー・エリア』南東部、『ダイナソー・ゾーン』南部。
魔導暗器専門武器商会『ヴェノム・ファング』と、自称、究極暗黒魔導士『シュヴァルツェ・エスパーダ』の取引現場。
ヴェノム・ファングの方は一人。
黒いカウボーイハットを目深に被り、黒いロングコートを羽織り、首からチェーンをぶら下げ、右手にアタッシュケースを持った小柄な男。
ヴェノム・ファングのリーダー、『テトロド』である。
究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダの方からは二人。
究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダ本人と、その従者である『ズィルパー・エスパーダ』。
究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダは、背丈は三メートル程。黒いシルクハットを目深に被り、全身を黒いマントで覆っている。素顔を見た者は居ないが、男と思われる。
ズィルパーの方は、黒のTシャツに黒のジーンズで合わせた軽装で、長髪の男。最大の特徴は口に装着されている物々しい黒のマスク。どうやら発言を禁じられているようだ。
要するに、南の方で、全身黒い服を着た痛い大人たちが色々ヤバい商談を行なっている、という感じである。
しかしここでは、そうはいかない。
ここは夢の国であり、自由の国。
法律など無いのである。
立法も司法も行政も無い。
警察官も裁判官も居ない。政治もヘッタクレも無い。
当然、人を殺しても罪に問われる事は無い。殺したい奴が居れば殺せば良いのだが、殺した相手の身内から仇討ちを仕掛けられる事も当然よくある。
万人の万人に対する闘争である。
そして今まさに、彼らを始末しようとする者共が居た。密林に潜み、息を殺し、襲撃の機会を伺う二つの影。
ここ、ムービー・エリアのダイナソー・ゾーンは、かの有名な恐竜が大暴れする映画をモチーフに創られている。広大な密林とマングローブに、恐竜を模した巨像が多数立ち並んでいる。ドリーム・ランドの創造主…神か宇宙人か、とにかく得体の知れない存在である『彼』にとっても、あの映画は面白かったのだろうか。
「話が違うではないかッ!」
突然、黒衣の男…究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダが声を荒げた。
年齢性別が特定されるのを恐れているのか、ボイスチェンジャーを使って甲高い声にしている。
「違わないね!最初から契約書にそう書いてあった!」
それに対し、黒衣の男…ヴェノム・ファングのテトロドが言った。
「いいや書いてないぞッ!ほら見ろッ!どこにも『最初の三ヶ月以降は無料で武器を渡す事とする』なんて書いちゃあいないッ!」
と、ズィルパーが持っていたクリアファイルから契約書らしき紙を取り出し、見せつける究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダ。
「いいやハッキリと明記している!見るがいい!」
と言うと、テトロドは懐からライターを取り出し、紙を下から炙る。
「あ、あぶり出しッ…!」
「ほら!書いてる!『最初の三ヶ月以降は無料で武器渡せやクソが』って」
テトロドが言い切る前に究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダは、自らの頭上に赤く光り輝く特大の魔法陣を出現させていた。
「俺の事怒らせたね?取り敢えず獄炎で焼き尽くすから、マジ、どうなっても知らねぇし責任取らねぇから。死んだらゴメンね?まぁまず俺を怒らせて生きて帰れた奴いないんだけどね?マジ、マジで俺」
怒りながら笑いながら泣きそうになっている。甲高い声で。忙しい人である。
言っている間にテトロドは、アタッシュケースを開け、銃を取り出した。
シングル・アクション・アーミーの名で知られる
西部開拓時代に使われていたらしい。西部劇でよく見るアイツである。
ドリーム・ランド誕生によって製造工場は消滅し、血の気盛んな人々の興味も銃や兵器から魔法へと移り変わった。しかし今もなお、この銃は根強い人気を誇っている…と言うより、むしろ以前よりファンが増えている。
銃としての性能、威力も申し分ないのだが、何より、アメリカ人にとって、シングル・アクション・アーミーは特別なモノなのだ。
アメリカを作った銃とも呼ばれている。
アメリカ亡き今、魔改造したシングル・アクション・アーミーで再びアメリカを作り直そう!という運動があるとか、ないとか。
テトロドは、銃を握り、銃口を天に向け、叫んだ。
「やってやろうぜ
だァーッの部分はシャウトである。
そして引き金を引いた。やはり魔改造が施されていたようだ。シリンダーが高速回転し、発光し、一筋の光線が放たれる。
それが突撃の合図、だったのだろうが。
「…?」
「ん?」
困惑の間を切り裂く、飛電。閃電。
視界が白色に染まる。
一瞬であった。
気付いた時には。
落雷の轟音が耳に届いた時には。
既にその肉体は役目を終えていた。
断末魔を上げる暇すら、与えない。
「終わったな」
「うん」
「二人も
「さぁ…それは俺たちが」
「決める事ではないな、分かっている」
「うん、社長が決める事」
「その通りだ」
彼らこそ、たった二人の
両者の外見の共通点。黒を基調とした、闇夜によく馴染む迷彩柄のコンバットスーツに身を包み、頭部をフルフェイスのヘルメットで防護している。
相違点。一人は重厚感のある鋼鉄の鎧で全身を纏い、長槍で武装している。もう一人は比較的軽装で、両手に長剣を装備している。
「営業部第四課、応答せよ」
≪こちら第四課≫
「目標を殺害した。周辺に潜伏していたテトロドの部下と思われる連中も、まとめて始末した。…帰っていいか、バッテリー残量が、あまり無い」
「ちゃんと充電しとかないから」
「うるさいぞ親愛なる我が弟よ。俺はお前と違って忙しいのだ」
「呼び方やめてくんないかな…てか、どうせ筋トレでしょ」
「どうせ俺は筋トレだ。何が悪い。必要な事だろう」
≪こちら第四課。任務完了。よくやった。ヘヴィータンク、クラウド、直ちに帰投せよ≫
重装の方が兄・ヘヴィータンク。
軽装の方が弟・クラウド。
「了解。さぁ、帰って筋トレだ」
「充電しろって…」
その時。
「るあぁぁぁァァァッッッ!!!」
甲高い叫びが耳をつんざいた。
思わず怯む。
「お前たちがァァ!噂のぉぉぉ……
「おい、何仕留め損なってんだ」
「あれぇ…おかしいなぁ…何かおかしい…」
仕留め損なった事もおかしい。確実にクラウドの刃は究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダの身体を微塵切りにしたはず。なのに生きてる。おかしい。おかしいのだが、それだけじゃない…。
「あっ!」
「どした」
「あいつが!いない!従者!」
そう、究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダの隣に転がっているはずの従者…ズィルパー・エスパーダの遺体が無い。
「そしてェェ!やはりぃぃぃ……『フラッシュ・インダストリーズ』の回し者だったかァァァ!!」
「おい、従者は何処だ」
とヘヴィータンク。
「さァなァァァ!何処へでも行けと命じたぁぁぁ……拘束具も外してなァァァ!!ヘッヘッヘッ……」
気味の悪い
かと思うと、究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダの身体が大きく痙攣し始めた。
「ちょっ、ちょっと…」
「おい!」
「おぉぉお前たちのッ正体はッ……白日の下にィ!晒されるのッ!だァァァ!!!」
それが、聞き取れる最期の叫びであった。
宙空に再び浮かぶ魔法陣。今度は紫に発光している。
究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダが叫ぶ。意味のある言葉なのかは分からないが、それに反応して魔法陣はより強く輝く。
「大人しく逝きやがれ!」
ヘヴィータンクは長槍を持ち替え、柄の先端を究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダに向ける。
先端は空洞になっていた。
意識を集中し、特殊な電気信号を送る。
ズガンッッ。
放たれた砲弾は究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダの胸部にめり込み、轟音と共に炸裂する。電火。霹靂。
肉体が吹き飛ぶ。血飛沫。
今度こそ死んだらしい。しかし。
「…消えねぇのか」
「消えねぇね」
頭上には魔法陣が妖しげに漂い続けている。
「魔法ってのは、その…術者本人が死んだら消えるもんじゃないのか」
「知らないよ」
「第四課、聞こえるか第四課。こちらヘヴィータ…」
視界が紫光に覆われる。
魔法陣が強く、強く輝く。
やがてその中心部から、一筋の光線が放たれた。その先に。
「…恐竜?」
「Tレックスだよ、兄さん」
ここはムービー・エリア、ダイナソー・ゾーン。
光はやがて、像に吸い込まれる様に、消えて行く。
≪ヘヴィータンク、どうした。応答しろ!≫
「…こちらヘヴィータンク」
Tレックスと、目が合った。
「…嫌な予感がする」
ギェェアァァァッッッ!!!!!
大気が震動した。
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遡る事、十一年前。
ニューヨーク時間、12月25日午前0時丁度。
日付が変わった瞬間。
突然、全人類が、眠りに就いた。
スパゲティを食べていた人は、ミートソースに顔を埋めながら。
外科医は手術中に。タクシードライバーは運転中に。兵士は戦闘中に。眠った。
同時に、まるで糸が切れたように。
後に『ユニバーサル・スリープ』と呼ばれるこの事件…なのか、災害なのか、よく分からないイベントを経て。
人類は『彼』と、彼の建造物と出会った。
『彼』の名は分からない。便宜上『彼』と呼ばれているだけである。正体も目的も分からない。ただ一言、
「メリークリスマス!」
という言葉を、全人類が聞いた。
そして、その彼の置き土産が、ここ。
『ドリーム・ランド』である。
誰もいない。無人の大陸。
丁寧に創り上げられたアトラクションの数々。全土に満ち溢れた、既知の科学を遥かに超えた超科学。それは
夢と魔法の国。
引き換えに、失ったのだ。
そこに有ったはずの。
世界一の強国を(ついでにカナダも)。
この日から、人類は、混乱の時代を迎える。
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「はぐあぁぁぁっっ!!」
Tレックスの強靭な尾が、ヘヴィータンクを弾き飛ばした。地面に叩きつけられる。
「大丈夫!?」
「ん、あぁ…大した事は、ない」
「…の割には、エグい叫び声だったね」
「びっくりしたからな」
ヴー、ヴー、ヴー…。
「おっと」
ヘヴィータンクの体内からバイブ音が聴こえる。
「兄さん、残量が」
「残り三十パーセントだ。済まないが、低電力モードに切り替えさせて貰う」
ヴーーーン……。
「じゃあ、アイツは…」
眼前には、地を揺るがし、猛烈な勢いで突進して来るTレックス。
「頼めるか」
「しょうがないねぇ…全く、いざという時に頼りにならない」
「黙れ親愛なる我が弟。元はと言えばお前が魔導士を仕留め損なったのが悪い」
「はいはい…じゃあ、一発ぶっ込むから」
「援護は任せろ」
「適当に頼んます」
「第四課!聞いてたな。使用許可を求む」
≪こちら第四課。ちょっと待て、今、許可書が…≫
「早くしてくれ」
≪無茶言うな。……よし、今届いた。フラッシュ・インダストリーズ代表、『ロバート・A・フラッシュ』の名の下に、特殊兵装の使用を許可する≫
「よし来た!親愛なる我が弟、クラウドよ!かましてやれ!」
スゥーーーーーッ。
鼻から深く息を吸う。
「ハァッ!!」
声に出して一気に強く吐く。
いつものルーティーンである。
落ち着く事が大事なのだ。
心臓はバッテリー。
心拍数が上がれば、それだけ無駄な消費電力が大きくなる。
落ち着いて、今度こそ、確実に、仕留める。
足を開き、両手の剣を強く握り締め、眼前の巨獣を捉える。
クラウドの体内から白光が発光する。徐々に強く。眩しく。輝く。
大気が震える、というより、痺れる。
ピリピリと。
テッテレテー テレテテー テレテテッテテー
テレテテー テーテレテテーン
テッテッテッレテー……
「紳士淑女。並びに少年少女の皆様。
フラッシュ・インダストリーズの素晴らしき超科学が贈る、
皆様を悪夢と終焉の夜へと導く壮大なインフェルノ。
何百万ボルトの痺れる雷撃。無残に響き渡る断末魔。
フラッシュ・インダストリーズ
『エ レ ク ト リ カ ル ・ パ レ ー ド』」
馬鹿みたいな音量で正体を
音声が止み、佇む、機械仕掛けの鬼神。
これぞ、
エレクトリカル・パレードである。
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