#2 Careless Whisper
I'm never gonna dance again♪
Guilty feet have got no rhythm♪
…やっぱ俺ァ、ケアレスウィスパーが世界一の名曲だと思うんだよな。
学生の頃から毎日聴いてんのよ。まずイントロからヤベェよな。好き過ぎてサックス練習してた事もあったぜ…すぐ辞めちったけど。
あぁ悪い。えっと…そうそう、黒い服着た兄ちゃんの話だ。
そん時も一人でケアレスウィスパー歌ってたんよ。本当は営業時間外だったんだけどな、閉めんのも面倒臭くて。どうせ客来ねぇしと思って。大体、ダイナソー・ゾーンの端っこでレコード屋やってんのも変な話だ…やってる本人が言っちゃあお終いだけどな!ヘッヘッヘッヘッ………
あぁ、そうそう、んで…二時半、くらい、かな?兄ちゃんが駆け込んで来たのは。
全身血塗れで入って来て、バタッと倒れた。心底ビビったぜ。
取り敢えず救急に電話しようとした。
こんな世の末の末の広末涼子みたいな時代になっても、善意で医療やってくれてる人がいるのは有難ぇよなァ。
…笑ってくれねぇのか?
いや、もういい!わざとらしく笑うな!
いいよどうせ…クソつまんねぇオヤジになっちまったんだよ俺ァよぉ…。
ンンッ!(咳払い)
で、電話しようとしたら、ソイツが。
「いい…大丈夫だ…」
って、
くっっっそ渋い声で言うもんだから!
いやぁ渋かったなぁ、聴かせたかったぜ。
見た目は若い兄ちゃんなのにな、50代のロマンスグレーを感じさせる重厚な低音だった…。いや、音のプロである俺が言うんだから本物だぜ。
でな。
「み、水……」
って言うから、あげたんよ。ミネラルウォーター。あの、美味しいやつ。
一気に1ℓ飲み干して
「ぷはぁっ!あぁ…生き返る…」
って、また、より渋くなってやがんの!
渇きを潤した事によって渋さが増してんの!
座り込んでる兄ちゃんに、俺ァ言ったよ。
いい声だね兄ちゃん、モテるだろう
って。
いや、ちゃんと、大丈夫か?とか、何があった?とか訊いてからな。うんうん頷くだけで詳しく語ってはくれなかったが。
んで、それらを経て、俺が、モテるだろうって訊いたらな。
「いい事なんて、一つもないさ…」
…何があったんだい。
「…俺のご主人が、まぁ、今頃もう死んでると思うんだが…。声にコンプレックスがあってな。普段からボイスチェンジャー使ってるような奴なんだ。それも普通は低い声にするだろうに、わざわざ高い声に設定していた。曰く、『低音なんかダサいもんなッ!ジジ臭いしッ!やっぱ高音かなーッ!マジで、マジで俺って…』だと。泣きながら笑いながら怒ってた。忙しい奴だったよ…」
…それァ、大変だな。
「それで、そいつに『お前の声が気に食わんッ!』って言われて、さっきまでずっと口を拘束されてた。特製のマスクでな…。食事の時以外は外すの禁止だった」
…それァ、大変だな。
「ただ、最期は、死にかけの自分の身体よりも、俺の方を気に掛けてくれた…。普段はアホだが、今思えば、やる時はやる性格だったのかも知れん。…ただ肝心の『やる時』が死ぬ時だけってのは、不憫なもんだよな」
…それァ、不憫だな。
「あぁ。不憫だ。それに不自由だったとは言え、それなりに豊かな暮らしもさせて貰った恩義もある。だから」
言うと兄ちゃんは、すっと立ち上がって。
「水、ありがとう…美味しかった。これアレだろ、あの、ミネラルウォーターの、美味しいやつ」
そうそうあの美味しいやつ。ちょっと高いけど。
「俺は、最後の任務を果たす。それが終わったら、どっかその辺で自由に暮らすんだ…実は学生の頃、ボイス・アクターになりたかったんだ。なれるかな」
あぁ兄ちゃんならきっとなれるさ!若い内はがむしゃらに夢を追った方がいい。後腐れ無くな。俺みたいに、後悔しながらずるずる生きてっちゃダメだ。
「そうか…頑張ってみるよ」
おゥ、元気でな。
「おっさんも、まだ夢追いかけてもいいんじゃないか?」
いや、俺ァもういいのさ。
「どうして。おっさんも夢に向かって頑張ろうぜ」
いやぁもう遅いぜ…。
「そんな事ないさ!それに…」
ん?
「わざわざ夢の国に住んでるって事は、ちょっと期待してるんじゃないのか?」
いやぁ、あの渋い声であんな事言われたらね、俺でもまだイケるんじゃないかって思っちまうんだよ。きっと誰でも。
だからほら、見てくれ。押入れから引っ張り出して来たんだ。サックス。
場末の末の広末涼子みたいなジャズ・バーで、かっちょよく演奏すんのが今の俺の夢さ。
…え?兄ちゃん?
あぁ、最後の任務を果たすから、近くに新聞社かテレビ局は無いかって、言うもんだからよ。
そこの、インドミナス・ストリートを真っ直ぐ行った先の、インジェン新聞社を教えてやった。
ありがとうありがとうって言いながら去って行ったよ。いい青年だったなァ。忘れらんねェぜ…。
そうだ姉ちゃん。ちょっと聴いてくれや。俺のCareless Whisperを…
______________________________
「そんでな、その後みっちり2時間おっさんのサックス聴かされたんや…」
1月30日 午後4時58分7秒。
カーテン越しの夕陽に染まる一室。
リビングダイニングキッチン。
一般的な家庭にあるであろう、家具一式。
ソファに寝転び、関西弁で愚痴を零す若い女性。ショートカット。黒い眼。タンクトップ一枚。胸については今言及する必要性を感じないので言及しない。下手に言及すると殺される。そういう人である。
今朝の新聞を見ている。一面は
【噂の
写真が載っている。暗いが、鮮明に写っている。黒いコンバットスーツを着、それぞれ長槍と双剣で武装した二人組。
フラッシュ・インダストリーズ製であるとの確証は、彼らの胸部にある
「そちらも大変だったんですね…じゃあ、収穫無しですか?」
同情したのは、白衣を着た十二、三歳の少年。青い眼。部屋の端。専用のデスクで先程からPCを操作している。
「いや、情報の出所がシュヴァルツェやったて言う、確証を得る事はできた。自分を犠牲にして、部下に情報掴まして逃がしたんや」
「あのシュヴァルツェがねぇ」
「あの子、私の事好きやったやろ。私が
「やる時はやる奴だったんですね」
「根性あるし健気な子やで。弔ったらな」
「ですね…で、僕の方なんですが」
「うん」
「面白い情報を入手しました…フラッシュ傘下の警備会社のネットワークをハッキングしまして。明後日の夜、フラッシュの極秘兵器が移送されるそうです。『アーミー・エリア』北東、『エア・フォース・ゾーン』の第三兵器廠に…恐らく、
「…なるほど」
「そこが」
「狙い目か…」
「そういう事です」
ニヤリと笑う少年。
PCの液晶画面には、
の文字があった。
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