#3 Blades and Guns

1月30日 午前2時27分41秒。


薄く暗い雲が、夜空を埋め尽くしている。

月は見えない。


風が吹く。木々が騒めく。

中心に、殺意の権化。



眼光という言葉がある。

目付きの鋭さ、物事を見分ける能力などを指すものであるが。

今、猛進する巨獣を見据える彼の眼光は、文字通り、光っているのだ。


ヘルメットのシールド越しに、白色光線。

自動車のヘッドライトを想起させる。

胸部の発光器官リアクターは緑光。

双肩、双膝を防護するプロテクターは、内部からぼんやりと、赤光を放っている。


色鮮やかな、若い生命の光。



両手に握る得物を、一度、腰の鞘に戻す。

力を込めて勢い良く引き抜く。


刀身に稲妻が走り、飛び散った。

青白く発光している。


一歩足を引き、前傾姿勢。


無論、視線はTレックスから外していない。

そので、睨み付けたまま。

隙は見せない。


スゥーーーーーッ。


鼻から深く息を吸う。


「ハァッ!!」


声に出して一気に強く吐く。


これで臨戦態勢は整った。

後は見計らって、飛び込むだけである。


眼前に迫る恐竜。

十五メートル。十メートル。


五メートル………


閃光。

そして、消えた。


沈黙の間を破ったのは、

血飛沫である。


遅れて轟音。落雷に似ている。


間髪入れず。


ギェヤァァッッ!!!


恐竜の気持ちは分からないが、痛みと驚きが混ざったような鳴き声に聞こえた。


頭部から尾に至るまでの、痛々しい多数の切創。

突進の勢いのまま、木を何本か薙ぎ倒しながら、倒れ伏した。


肝心の恐竜狩人モンスター・ハンターは、その背後。


「えぇ…血ィ、出んの…?」


≪出ると思ってなかったな…≫


「うん…だって像じゃん…何なん…あの魔術士地味にすげぇじゃん何なん…」


返り血をたっぷり浴びた、ピカピカ光るキラキラの戦闘兵器キラーは、思わず顔をしかめた。


無線で同情した充電切れの兄は、少し離れた密林の中。泥塗れ。匍匐ほふくの姿勢である。


______________________________


説明しよう。


エレクトリカル・パレードを発動した電気人間エレクトリカル・ヒューマンは、人間を遥かに超えるスピードで活動する事が出来るのだ。


肉体の一時的な電気化エレクトリカライズである。


更に腕力、脚力、反射神経を始めとする身体能力も底上げされ、その戦闘力は、通常時の三百パーセントにも値すると考えられている。


ただし発動時は電力消費量が非常に大きくなり、充電切れのリスクがある。更に長時間の発動はバッテリーの熱暴走を引き起こし、結果、回路がショートすれば、それは取りも直さず、電気人間エレクトリカル・ヒューマンにとっての『死』である。


死の危険と隣り合わせの切り札。


これぞ、電気人間エレクトリカル・ヒューマン決殺形態アサルト・モード


エレクトリカル・パレードである。


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足元に死体があった。黒いカウボーイハットの男。確かロコモコ…だったか、そんな感じの名前だった、気がする。長槍の刃に斬り付けられた大きな傷があるが、実際の死因は高圧電流による感電死であろう。


彼の黒ロングコートのポケットからハンカチを拝借して、ヘルメットのシールド部分に付着した血を拭き取った。


視界が晴れる。


晴れてから、あまりよろしくない行為だったかと思い直して、可能な限り丁寧に畳み、胸の上に優しく置いた。


白くて、柔らかいハンカチだった。



グルルァァァッッッ!!!


咆哮を上げたTレッ……


「ん?」


傷口が塞がっている。一つ残らず。

更に全身、見るからに硬そうな鱗と、見るからに刺さったら痛いじゃ済まなさそうな棘に覆われている。

更に心なしか、少し姿勢が良くなった気がする。

更に付け加えて言うならば、何か口から煙が出ている。喉の奥から何か、赤々と光り揺らめく、すごく熱そうな何かを出して来そうな気もする。


大昔、西洋の人間は、それを何と呼んだか。


「ドラゴン…!?」


ギェェェアァァァァッッ!!!!!


特大の咆哮をぶち上げた恐竜、改め竜。

衝撃波が砂塵を巻き上げ、木々を粉砕する。

その音の波が辿り着くより先に、クラウドは跳躍していた。垂直跳びで十五メートル程。


「どんな呪術使ってんだか…」


恐怖と呆れの表情である。

このままだと背中から羽も生えて来そうだ。

一刻も早く終わらせたい。


剣を垂直に。右腕を真っ直ぐに伸ばす。

竜の頭部を見据え、狙いを定め、

柄の引鉄トリガーを引いた。



欲深く怠惰な人類は、常に便利さを求め、一つの道具に多くの役割を担わせがちである。

その極致はスマートフォンやタブレット、パソコンの類であろうか。

この傾向、思想は、武器の世界に於いても存在する。


筆者は斧が好きである。

現代、過小評価されがちなこの武器…柄付き斧の起源は、少なくとも紀元前六千年頃の中石器時代。木を切り倒す為に作られた。これが第一の用途である。だがヒトは、木の棒の先に括り付けた石の塊で人を殴る事を覚えてしまう。武器としての斧の歴史の始まりである。紀元前三千年紀のヨーロッパには、戦斧民族と呼ばれる人々が居た。中国大陸に於いても武器として重宝されていたと言う。その後も人類の(木こりと)戦の歴史に、斧は深く関わり続けた。宗教的、霊的な意味を持つモノとして儀式に斧を使用していた王朝も存在する。

斧は万能武器である。力任せに振り回すだけで相当な殺傷力、破壊力を持つ。投擲する事もできる。障害物も破壊できる。その上、構造はシンプルである為量産し易く、頑丈であり、剣や槍の様に特別な訓練を受けずとも素人が簡単に扱えた。そもそもが農民の為の道具である。暗殺にも使われた。持って近くを歩いていても、農民の格好をしていれば怪しまれないからである。

そして何より筆者が、(銃火器を除いた)近接戦闘に於ける最強の武器であると確信するのが、斧の柄を伸ばした…つまり、槍と斧の特徴を併せ持った武器、ハルバードである。

中国では似た様な武器を方天戟と呼ぶ。三国志演義で呂布の得物として描かれているのは方天画戟。

その形状を説明するのはちょっと難しいので、知らない方はググって頂けると有り難いのだが、要は、斬る、突く、鉤爪で引っ掛ける、叩くなど。多彩な用途に使え、熟練したハルバード使いであればどんな戦況にも対応できる。万能にして最強の武器である。


余談が過ぎたが、要するに、強い武器は万能であるべきだ、と言う思想が筆者にはある。ハルバードを発明した人間も、同じ事を考えたのかも知れない。

よって、クラウドの武器もまた、多彩である。


その名を、『アサルト・ブレイガン』。


ブレイガン。ブレイドと、ガンである。

刀の柄が銃になっている。浪漫しか無い。

クラウドは二本装備しているので、

『ツイン・アサルト・ブレイガン』となる。



放たれた雷撃は光速でドラゴンの顔面に到達し、落雷の衝撃を与えた。

強い反動により、空中で姿勢を崩したが、間も無く立て直した。

続けて二発目。左腕を真っ直ぐ伸ばし、狙いを定め…


グルルァァァッッッ!!!


待ってくれなかった。火焔が放射された。

顔面に落雷を受けたに等しいダメージである。灼け爛れ…はせずとも、痺れて動けなくなったりしてくれても良いではないか。驚異の回復力である。もしくは痛覚が何処かへ飛んでしまっているのか。

何にせよ、竜の喉奥から放たれた火焔は、大気を呑み込みながら巨大化し、今まさにクラウドをも呑み込もうとしている。


「ハッ!」


スゥーっと吸い込む訳にもいかないので、短く肺内の空気を吐き出し、閃光した。

電気化エレクトリカライズである。


次の瞬間、クラウドは懐の中に居た。勿論竜の、である。顎の下の位置。

Tレックスの腕と言うのは小さく弱くなっているのだと、図鑑かテレビかで見たような気がするが、眼前の竜の腕は見知ったそれより少し大きめな気がする。竜化が進行しているのか。そもそも本物の竜の腕ってどうなってるんだ?否、本物の竜とは…?


そんな思考は零コンマ一秒で済む。電気化エレクトリカライズ中は思考も光速である。


さて。

掟破りの顔面攻撃は通用しなかったので、今度は直接命を奪いに行く事にした。喉を掻っ切る。



その時クラウドは、自分が少し、寂しさを感じている事に気付いた。

寂しさと言うか、残念な気持ち。惜しい気持ち。

最近の事である。殺害対象の命を奪うタイミングで、そんな感情が芽生えるようになった。逆に闘っている間は、口角が上がり、普段より少し口数が増えている。


自分は闘いを楽しんでいる…?



ツイン・アサルト・ブレイガンの刃が、竜の首に深く斬り込みを入れた。高速回転斬り。

ケ血ャップが滝のよう。


回転の勢いのまま上昇。また返り血を浴びないよう距離を取る為、右脚で竜の右頬を蹴り飛ばした。蹴り飛ばした瞬間、目が合った。


巨大トカゲの考える事など分からない。

だが、その眼からは、不思議と敵意を感じなかった。こちらを見ているようで、遠い未来に通じているような。


そのまま両者の距離は離れ、竜は地に倒れ伏し、クラウドは悠々と着地した。


終わった。



闘いを楽しんでいるのか、分からない。

でも解放感を得ているのは間違いないと思う。

別に普段の暮らしが特別不自由な訳では無い。と思う。

勝手に出歩く事は許されないが、それは、大切にされている証拠なのだと兄は言う。

園内は危険に満ちている。自分たちは専用の充電器が無いと死んでしまう。仕方ない。

それにホームの暮らしは快適である。


ではこの感情は何なのか。

今の自分には上手く形容できないが、多分、自分の生まれてきた意味を確認できている事が、嬉しいのではないか。

自分は闘う為に生まれた。造られた。生まれた意味、目的を果たしているのだ。

戦果を上げる事。それは自分の誕生、存在を何よりも強く肯定する行為である。

よくやった、と認められる事は、生まれてきてくれてありがとう、と言われる事と同義でである。

だから闘いを好む。闘いの終わりを寂しがる。きっと、多分、そういう事なのだろう。

よく分からないけど。



「よくやった」


泥塗れのヘヴィータンクがのろのろと歩いて来た。


「援護、してって、言った、気が、するん、ですが」


「いや…うむ、さすが我が親愛なる弟。有能である」


「はぁ…」


たまに調子が狂う時もあるが、普段は生真面目で優しい、いい兄である。


雲の隙間から、月が顔を出した。

クラウドの、下がり眉で少し寂しげな笑顔を、強く照らしていた。

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