#4 Debriefing

1月30日 午前4時9分。


ドリーム・ランド北西部、アーミー・エリア西部、ネイヴィー・ゾーン北部。

連合軍第六兵器廠。地下壕第十三区。


ここが、僕たちのホームだ。


地図には倉庫と記載されている。勿論それはカムフラージュで、実際に存在するのは、フラッシュ・インダストリーズ営業部第四課。


又の名を、

『E・W・R・D・D(Electrical Weapons Research and Development Department)』。


『電気兵器研究開発部門』。


直球過ぎる気がする。

社長が命名した。

シンプルな発想を重要視する人。社訓は、

『Don't think, Don't feel』。

武器も兵器もシンプルなモノこそ至高。頑丈で使いやすく確実な威力のあるモノが最高。そんな思想。


ここは、フラッシュ・インダストリーズ社内でも一部の人間にしかその存在を知られていない、トップ・シークレットの施設である。


特殊地下通路から入って、特殊科学セキュリティシステムを潜り抜けて、整備室。

特殊装備を外して、特殊魔術セキュリティを潜り抜けて、ブリーフィング・ルーム。

特殊ビーズクッションに特殊金属で構成された肉体を沈めて、待つ事5分。


二人が入って来た。


一人は第四課のボス、『エドワード・ハルミヤ』。30代後半。父親がニホン人だそうで、つまり、ニンジャ・ジュニアだ。黒いスーツがよく似合う。短髪で、眼鏡で、体格も良い。これはニンジャだ。間違いない。

作戦立案、作戦中の無線指示などを担当している。彼無しに第四課は機能しない。


もう一人は、研究開発の責任者である『フィオナ・ヒドルストン』。29…だっけ、30だっけ。そのぐらいだと思うんだけど、正確な年齢は教えてくれない。その癖、誕生日は祝ってあげないと拗ねるから困る。そういう人。

茶髪。ポニーテール。

白衣のよく似合う小柄な女性。

たぶん美人の部類に入ると思う。本人の前で言うとしつこくイジられるから言わない。

研究開発チームのリーダーで、僕たちの身体の事を誰よりも詳しく知っている。社長よりも、僕たち自身よりも。


二人は少し深刻そうな顔をしていた。ハルミヤさんはいつもこんな顔だけど。


「まずは、ご苦労」


申し訳程度の労いの言葉。


「デブリーフィングを始めたいと思う。が、その前に少し問題がある」


「クイズ?」


「違う」


兄にツッコまれた。

プロブレムの意味だ、と付け加えてから、


「従者の事か、魔導士の」


と言った。


「その通りだ。自称、究極暗黒魔導士シュヴァルツェ・エスパーダに仕えていた、ズィルパー・エスパーダ。奴の行方が分からない」


「すんません」


謝った。トドメを刺し損ねたのは自分だ。


「いや、今回は相手が悪かった。あの魔導士、想定以上の強者ツワモノだったようだな。恐竜像に生命を与え、進化させたあの魔法…詳細は調査中だが、奴の魔導士ランクを引き上げるよう、魔道協会に要請しておく」


本人の死後であってもランクの上げ下げは行われる。死後も働き続ける魔法が存在するからだ。今回のように。


「バリアを張っていたようだ。こちらのセンサーでは感知できなかった」


「なるほど」


合点が行った。


「それでズィルパーは」


兄が言った。


「うむ。諸君が巨大生物と交戦中に、捜索隊を派遣して周辺を探し回ったが」


「空振りだったと」


「それだけならまだ良かったんだが…」


「正体を知られた」


「そう、それが問題だ。大問題だ」


シュヴァルツェ・エスパーダが死に際に口走った言葉が思い起こされる。

僕たちが電気人間エレクトリカル・ヒューマンである事、フラッシュ・インダスリーズの所属である事を見抜いていた。


「バレたのってやっぱり」


発光融合炉リアクターでしょうね、やっぱり」


フィオナが口を開いた。

考えてみるまでもなくバレバレである。

社長が開発した、

社長だけが作り方を知っている、

発光融合炉リアクター


極秘裏での破壊・殲滅工作が僕たちの主な任務のはずなのだが。

我が心臓はこれ見よがしに光り輝いている。

眩しいくらいに。


「なんだ、分かっているのか」


「分かってますよ」


「いや、分かっていなかった。分かっていたのなら未然に防げたはずだ。何故隠さなかった。何度も言ったはずだが」


「それは…えっとですね、発光融合炉リアクターは彼らの心臓そのものでして」


「尚更防護せねばなるまい」


「聞いてください、発光融合炉リアクターの発光状態で、彼ら自身にも分からない彼らの内蔵機器コンディションの詳細が分かる上に、エレクトリカル・パレード発動時にはショートを防ぐ為の放電装置にもなる重要な器官なんです。蓋しちゃったら意味が」


「その説明は何度も受けた」


「ええ何度も説明してます」


「何度も受けてそして私も何度も言った。発光融合炉リアクター以外の、内蔵機器コンディション把握装置と放電装置を開発しろと。それが君の仕事だと。誰も新型戦闘機の構想を持って来いとは言ってない!」


「それは社長に頼まれて!」


「社長が研究を依頼したのは従来型戦闘機E-F-31の強化改修だ!基礎構造から変えろとは言われてないしカナード翼も要らん!」


「カナード翼は要ります!何故って…」


「かっこいいから!」


「そう!」


「うるさい!」


怒られた。


その後も口論は続いた。まぁいつもの事だ。

兄も静観している。よく見ると僅かに振動していた。腹筋にパッドを装着している。いい加減充電して来い。


その時。勢いよくドアをぶち開けて。


「ハァ〜イ、エブリワン!モーニング・ランニングから帰還したよォッ」


おっはー、おっはー。と一人一人に挨拶してから。


「ご苦労ちゃんです。えっとね、何があったかは一応聞いてる、うん。でね、まぁー…その、あんまり気にしないで!うん。適当に何とかするから」


「社長!」


そう、社長。

フラッシュ・インダストリーズCEO、

ロバート・A・フラッシュ。

僕たちの生みの親。


「おはようございます」


「おはよーござます」


「お早う、御座います」


「おはでーす」


ハルミヤさん、フィオナ、兄、僕の順。


40代後半。

スキンヘッド。サングラス。アロハシャツ。


「……お寒くなかったのですか?」


と言ったのはハルミヤさん。

もうすぐ2月だ。


「うん?あぁ、あれよ。ニホンのコトワザで何かあるじゃない。えーっと、シントウメッキャクすればナントカカントカ……って。そーゆー感じよ。うん」


「そう、ですか…」


「うんうん。そぉれぇよぉりぃ!もう朝だよ!ほらみんな寝て!ブラック企業になっちゃう!もう手遅れか!やべぇな!」


「ご心配なく。第四課の全員、昨日さくじつ午後1時から午後9時まで、ガッツリ8時間睡眠を取っております。ホワイトです」


言うほどホワイトでもない気がする。


「あ、そう?よかった。じゃあ…そうね、今後についての協議を」


「ええ。場所は」


「ここでいいんでない?」


「分かりました」


「って事で諸君!よくやってくれた。ゆっくり休んでくれ給え!」


「デブリーフィングは…」


兄が口を挟んだが。


「いいからいいから!」


笑顔で押し切られて、解散となった。


そのまま整備室に戻る。


広い。天井高い。ドームというか、スタジアムというか、そーゆー感じのアレ。

あちこちに転がっている超科学電気兵器の数々。全てがフィオナの発明である。

中央に屹立する一本の太い柱。『キスカヌ』が、この巨大地下施設の天井を支えている。

何かの神話に登場する巨樹の名前らしいが。あんまり興味ない。


研究室とは多層強化ガラスを隔てて隣接している。


キスカヌの根元に二つ並んだベッド。

僕たちの生命維持装置。


寝転がった。背中のカバーが開き、内蔵されたコードが伸び、プラグと接続された。


目を閉じる。


すごく落ち着く。

力が全身に漲って行く感覚。


充電。


僕と兄が、生きる上で最も重要な事。


「お疲れさん」


フィオナの声が聴こえて、目を開けた。

インカムを通じて会話ができる。


「カナード翼は要るよ」


「要るよね!あの男分かってないわー」


「僕にも付けて欲しい」


「クラウドに?ぴょこぴょこって?」


あっはっはっは、と豪快に笑った。


隣の兄は、もうスリープ・モードに移行していた。豪速充電形態。要するに寝ている。


僕も疲れてはいるが、何かこのまま眠る気にはなれなかったんで、起き上がって、立ち上がった。コードは伸びる。30メートルくらい。


ちょっと歩いて、巨樹の幹の向こうにフィオナを探した。ガラス越しに、こっちを見ていた。目が合った。


手でぴょこぴょこっとジェスチャーをすると、また笑った。


つられて笑った。


「…責任、感じてるの?」


笑い終えてから、少し優しい声で、聴いてきた。

笑ったつもりが、上手く笑えていなかったらしい。


「そりゃあ、一応」


「気にする事ないって。おっさんも言ってたでしょ」


おっさんとはハルミヤさんの事。

とことん扱いが悪い。


「まぁ、でも…フィオナがさ、責任背負わされたりしたら」


「何、心配してくれてんの?この色男」


「色男じゃねぇって」


「大丈夫。私が居なきゃE・W・R・D・Dうちは機能しないし。自意識過剰じゃなくて、これ事実ね。だから社長が電気兵器あなたたちを必要とする限り、私はクビになんてならないし、待遇が悪くなる事もないはず。だってわざわざあなたたち使ってライバル企業片っ端から潰してってるような所よ?ここって。もし研究資金減らそうもんなら、あなたたち連れて他所に転職してやる!って、おっさんにいつも脅し掛けてるもん。大丈夫よ」


一息ついてから。


「…あなたは、あなたたちはよくやってる。私の最高傑作。自信持って。いつも言ってるでしょ。誇りを」


「誇りを持て。速さだけなら絶対誰にも負けない」


「そう、その通り。分かってるじゃない」


「うん」


速さだけは、負けた事がない。一度も。


「あ、そうだ。ちょっと渡すもんがあるの」


「?」


「今そっち行くからちょっと待っててね」


なんだろう。カナード翼か。


ぷしゅーっ、と空気の音が響いて、扉が開いた。研究室と整備室を隔てる、重く厚い扉。フィオナの細い腕では開閉も一苦労だ。なので。


グィン!ギュィィィィン!


「科学技術の進歩に批判的な意見を持つ人もいるけどね、まぁ言いたい事は理解できるんだけど、やっぱ便利って素晴らしいよね」


この扉を開ける為だけに装着式強化メタルアームを開発してしまったのだ。フィオナは。

研究で余った資材から作ったので、費用もそんなにかかってない。そんなに。


扉を軽々と閉めて、すたすたとこっちに歩いて来た。アームを装着したままなのでちょっと強そう。


「渡すもんって?」


「ちょい待ち」


そう言うと、僕の耳に手を伸ばし、ピッとスイッチを押した。インカムのスイッチ。

電源を切ったのだ。

続いて自分のインカムも。


「ちょっと、秘密の話、いいかな」


_____________________________


デブリーフィング解散から1時間と少し。

まだ夜は明けていないか。

フィオナも兄も寝てしまい、暇を持て余したので購買へ向かった。

食べ物も飲み物も自分にとっては無意味だ。

ここに来たのは、購買部レジ係のブライアンと世間話をする為。

最近チョコレートのCMに出てるあの女優が可愛いとか、あのインディーズロックバンドが解散したとか、シャークネードの新作はいつやるんだとか、そんな感じの。


1時間程話し込んだ後、ブライアンの本日の勤務が終了したので、僕も帰る事にした。


その、帰る途中の暗い廊下。


ブリーフィング・ルームの照明が点いている事に気が付いた。


確か社長とハルミヤさんが協議を行うと言っていたはずだが。まだ続いているのだろうか。


聞き耳を立てた。悪気はない。



「……だからさぁ〜」


「ええ。ですが…」


社長とハルミヤさんだ。


「あり得ないよなぁ朝刊に載るなんてなぁ…しかも一面だし!証拠バッチリだし!」


「ええ…困りましたね。想像を遥かに超えたスピードで…」


「とうとう新聞社まで高度魔法使い出したかぁ…いやぁ困った困った…」


「…これは言い逃れ出来ないのでは」


「ノン!言い逃れすんだよォ!何が何でも!絶っっ対に!電気人間エレクトリカル・ヒューマンの存在は表沙汰になっちゃあいけないの!本来は存在してちゃいけないもんなんだから!アレは!」


「そう…かも知れませんが…」


「人体改造は完全アウトっしょ!ハハッ!アウトよ!アウトな事を如何にバレず行うかが経営戦略!企業努力ってヤツよ!」


「……」


「まぁ、今回はさ…ウチを退社した元社員が盗んだ技術を元に外見だけソックリなエセ・リアクター作ったって設定でさ、押し切ろうや。そんであいつらは…」


「ヘヴィータンクとクラウド、ですか」


「だっけ?まぁいいや、とりま脳味噌を戦闘AIと交換してさ、確実に失敗しないように改良しよーぜ」


「そんな…。社長、今回の事態は彼らのミスではありません。事前に敵のバリアを察知出来なかった調査班、延いてはその責任者である私の…」


「じゃあ君の脳味噌もAIにする?ヘッヘッヘ…時代はAIだよ、ハルミヤくぅん」


ヘッヘッヘッへ………。



ああいう、下品な笑い方をする人だとは、知らなかった。


_____________________________


フィオナはそっと、僕の髪を撫でた。


「大きくなったね。綺麗な金髪…」


「…フィオナも綺麗だよ?」


「そーゆーのじゃない。この天然女たらし」


「はは、うるせぇ」


「いっぱしの口聞くようになった」


「フィオナの影響」


「違いないね」


微笑んで、僕のベッドに腰掛けた。


「今日の事ね、上の人たちは慌ててるみたいだけど」


「うん」


「私個人としてはね、悪くないと思ってんの」


「どうして?」


「いつかはこんな日が来るって、思ってたから」


僕の目を、見た。


「あなたたちは生きてる。生きてる限り、人はいつか社会と関わる事になる。今までだって関わって来てたけど、それは影のお話。相手に知られないように、見つからないように、隠れてた。それは別に悪い事じゃあないと思うけど…」


天井を見上げた。つられて僕も、見上げた。


「人間の進化。特に文化、文明の進化って、私は『伝える』為の進化だと思ってる。困ってる。助けて欲しい。これが欲しい。それが好き。あれが嫌い。そんな所から始まったように思う。そして少しずつ、進化していった」


脳裏には、歴史の教科書の最初の方に載っている原始人が浮かんでいる。洞窟に牛や馬の絵を描いていたのも、誰かに何かを『伝える』為か。あの絵、ハルミヤさんの絵より500倍くらい上手いと思う。


「何が言いたいかって言うとね。あなたたちには心があって、それを真っ直ぐ伝える力も持ってる。これはとてもすごい事。ただの破壊兵器には到底真似出来ない。あなたたちに備わった、特別な力」


ベッドから降りて、僕の手を握った。

握り返すと、手に何か硬いモノが触れた。


「その力、折角だし使わなきゃ勿体ないじゃない?だからね、私、あなたたちにはいつか、社会に進出してもらいたいと思ってんの」


「社会に?」


「そう、地上の人間社会に。そしてどんな人たちと出会って、何をするのか。すごく気になって、考え始めるとワクワクする心が抑えられなくなるの!」


笑った。下がり眉で、ちょっと困ったような顔になるのがフィオナの笑い方だ。


繋いだ手を離した。手に残されたのは、何かのスイッチ?


「あなたが自分の意思で、社会に出て行きたいと思った時。もし、それを邪魔する人たちが居たら、それを押して。道が開けるかも知れない」


「わかった…」


取り敢えず、返事をするしか無かった。

今までにない事を立て続けに言われて、少し面を食らった。


「でもね。忘れちゃいけないのは、その道を歩いて行くのは、他の誰でもない、誰も代わる事の出来ない、あなた自身の脚だからね」


「うん…」


頭の回転が追い付いていない。


「どうか、忘れないで」


と付け足して、最後に、僕の身体を強く抱き締めた。


「…フィオナ」


「なに?」


「…めちゃくちゃ痛いんすけど」


ギュィィィィン!グゥン!ガゥゥン!


「あっ」


メタルアームが、食い込んでいた。

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