#5 Dear Brother

2月1日 午後11時39分。


ドリーム・ランド北西部、アーミー・エリア北西部、スペース・コマンド・ゾーン南東部砂丘地帯。


アーミー・エリアの各ゾーンを繋ぐ高速道路、『チャールズ・ウェイ』を疾駆する、5台編成の重装甲車群。中央の車両を護衛するように、その前後左右をぴったり付いて走る4台。フラッシュのロゴがでかでかとペイントされていた。


こっちは囮である。


その後方200メートルの位置を走る旅行会社の夜行バスが1台。


無論カムフラージュ。内部には、専用カプセル(カプセルホテルを想像してもらいたい)に押し込まれた電気人間エレクトリカル・ヒューマン両名と、研究室から運び出した最低限の機材と、フィオナとハルミヤと手練れの武装警備員4名。外部から内部の様子は全く見えない。マジックミラー号なのかも知れない。


「引越し先ってどんな所なんすか?」


クラウドが質問した。何せつい1時間ほど前に突然知らされたのだ。


「エア・フォース・ゾーンの第三兵器廠。連合空軍の主力、第一航空師団が駐留する軍の超弩級重要施設だ。警備レベルも最高水準。設備も充実していると聞く。あと…」


「あと?」


「食堂のサラダバーがおかわり自由らしい」


見えないが、キメ顔してんのは想像に難くないクラウドであった。

てかその情報を電気人間エレクトリカル・ヒューマンに教えてどうする。


「しつもーん」


手をぴーんと上げてフィオナが言った。


「なんだ」


「研究室実験室整備室その他諸々はでっかくなりますか!」


「社長の口利きで…我々の為、特別に研究開発施設を設置して貰っている。期待して良いと思うぞ」


「俺も、一ついいか」


ヘヴィータンクが口を開いた。

ハルミヤに対しては何故かタメ口を利く。本人たち曰く、筋肉的な友情で結ばれている、との事で。マッスル・メイトらしい。よく分からない。


「ああ、ジムにはサウナと水風呂が…」


「違う」


「違うのぉ!?」


クラウドは仰天した。


「違うよぉ…」


ヘヴィータンクはなんかしょんぼりしてる。

そもそも電気人間エレクトリカル・ヒューマンが水風呂入ったら色々まずい。


「じゃあ何なんだ」


と、真顔のハルミヤ。


「前のホームには、もう戻らんのか」


「今の所、予定はないな」


「そうか」


なんかしょんぼりしてる。


「どーしたのっ、ホームシック?」


フィオナが声を掛けた。


「いや…まぁ、急だったから」


「兄さんは変化を好まないからね」


「そんな事はないぞ親愛なる我が弟よ」


「ダンベルが定位置にないと怒るじゃん」


「それは怒るぞ」


「あぁそれは怒っていい」


ハルミヤも乗ってきた。


「筋トレは一分一秒を争う、時間との闘いでもあるのだ」


「その通りだハルミヤ。よくぞ言った」


「ダンベル山ほどあるんだから、一個くらいさぁ」


「違うのだ。何の為に山ほどあると思っている」


「よく分かんない、ねぇ?」


「ねー」


談笑していた。いつもの風景。



例えるなら、正にそれは『災害カラミティ』。


何の前触れも説明も無く、不意に襲い掛かる脅威。


前方200メートルの位置、先行する5台の重装甲車。

その先頭の車両が、突如爆散したのだ。


轟音。振動。


豪炎の内から、浮かび上がる巨大な黒い影。


伝承の悪魔を、見る者に想起させた。



「敵襲か…!」


真っ先に反応したのはハルミヤ。

車両を停止させた。

彼を含め、この場に居る全員が、前方に注意を向けている。


「レベル4を発令!電気人間エレクトリカル・ヒューマンの運用を現場判断にて決定!ヘヴィータンク、クラウド、両名を…」


銃声。

言葉が途切れた。


「声を」


後ろに。


「上げられると困ります」


硬い床にハルミヤの肉体が力無く叩きつけられる。

武装警備員が2名。それぞれフィオナとバスの運転手に、拳銃の銃口を向けていた。

フルフェイス・ヘルメットで顔は見えない。

残り2名の警備員はその場に倒れ、既に気を失っているようだ。


電気人間エレクトリカル・ヒューマンを強奪すべく、参上しました」


壮年と思われる男性の、品を感じさせる喋り方。内容は酷く物騒だが。


「…何者」


フィオナが一言。


「名乗る程の者では。何処にでもいる流離いのテロリストです」


電気人間エレクトリカル・ヒューマンはあなたたちに扱えるような代物じゃない」


「どうでしょうね」


会話の最中にも、前方では巨大な影と、4台の重装甲車内に格納されていた総勢80機にも及ぶフラッシュ製殲滅機動兵器群との激戦が繰り広げられている。


「流浪の身故、あまり余裕がありません。速やかに作業を終え撤収致しますので、どうか動かず、立ち上がらず、声を上げぬよう。ご協力の程、宜しく御願いします」


そう言うと壮年の男は、もう一人の仲間らしき者から拳銃を受け取り、両手に持ち、それぞれの銃口をフィオナと運転手に向けようとし…。


「今!」


フィオナの声。と同時に、二つの拳がカプセルの表面を覆う多層強化ガラスをぶち抜いた。


ヘヴィータンクとクラウド。

フィオナは敵が武器の受け渡しを行い、警戒が緩んだ一瞬の隙を合図した。二人はこの異常事態にも関わらず沈黙を保ちながら、合図を待ち続けていたのだ。


閃光。


全員の視界が白色に染まる。

永遠にも感じる一瞬を経て。



「危ない所でしたね」


「いやぁ助かりました」


拳銃を渡した方の、もう一人。

声を聞く限り若い男のようだが。


「流石は電気人間エレクトリカル・ヒューマン。正に電光石火だ」


「…!」


フィオナは、寒気を覚えた。

車内温度が急低下している。それもあるが、何よりも眼前の現実に圧倒されたのだ。

何が起きたのか。


「『氷柱の罠アイシクル・トラップ』」


車内の床から、天井に到達する程の巨大な氷柱が二本、伸びている。

それぞれが、敵に飛び掛かろうとした二人。ヘヴィータンクの右肩とクラウドの胴を、貫通していた。

貫通され静止した二人の体表は薄氷で覆われ、冷気が漂い、氷像のような神秘性すら感じさせるが。

何よりも、速さでは無敵の電気人間エレクトリカル・ヒューマンが完全に捉えられた事実が、二人が一瞬で敗北した現実が、フィオナには受け入れ難かった。


「開いた口が塞がりませんか、フィオナ・ヒドルストン博士」


若い男が、言った。


______________________________


「…知ってるの、私のこと」


「勿論です。同じ技術者として、尊敬の念を抱いております…」


何だこれは。

身体が動かない。


数秒の機能停止の後、意識を取り戻したヘヴィータンクは、まず状況把握に努めた。

敵に勘付かれぬよう、首だけをゆっくり少しずつ動かし、状況を一つ一つ確認して行く。


弟。鳩尾辺りを氷柱に貫かれているが、発光反応炉リアクターの光は失われていない。

命に別状はない。

敵の目的は我々の奪取。殺してしまっては意味がないので当然ではあるが、我々の動きに反応し…否、反応したのだろうか?電気化エレクトリカライズし光速移動を行なっていた電気人間エレクトリカル・ヒューマンに回避させる間も無く?そんな事が可能か?違和感が拭えない。


フィオナ。運転手と共に、敵の一人に銃を突きつけられている。まだ無事のようだ。


ハルミヤ。倒れている。撃たれたはずだが出血は無い。生体センサーを起動し、調べた結果。


【就寝中】


との解析結果が出た。眠っている?


敵二名。壮年と思しき男は両手に拳銃を構えている。拳銃。ベレッタのM9に似ているようだが。ちなみにM9は旧アメリカ軍で制式採用されていた代表的な自動拳銃である。

もう一人。瞬時に氷柱を出現させた。魔術士だろうか。何にせよ脅威である。


最後に、謎の巨影。身長は目測で約5メートル。敵の仲間と考えるのが自然か。炎と煙でよく見えない。依然、バスの前方で殲滅機動兵器群と乱闘を繰り広げている。結構潰されているようだが、まぁ、もう少しくらいは時間を稼いでくれそうだ。


さて。

ざっと見渡して、どう動くか。


少し考えて、答えは出た。


「ゥラァァッ!」


野太い雄叫びと共に、ヘヴィータンクの身体が発光した。太陽のような、強く大きな光。


エ レ ク ト リ カ ル ・ パ レ ー ド 。


______________________________


「まだ動けた、か…」


「ふむ。しかしまぁ」


「間も無く戻って来るでしょうね。油断なさらぬよう」


「ええ」


バスの運転席部分に大きな穴が。

圧倒的な衝撃で歪み、ぶち抜かれたのだ。

ぶち抜いた男は。


「無事か」


チャールズ・ウェイの高架下。

辺り一面、砂の海。

フィオナとハルミヤを抱きかかえている。


「ヘヴィー…!そっちこそ!」


力尽くで氷柱をぶち砕いたのだ。右肩には穴が空いている。

二人を降ろし、ヘルメットを外した。

黒髪が乱れている。


「弟はまだ無事だ。ハルミヤも麻酔銃で眠らされているだけ。俺も弟も発光反応炉リアクターには傷一つ付けられていない。どうやら奴ら、殺生を避けたいらしいな」


「ヘヴィー!」


「…俺は無事だ。大した事はない」


大した事ない事ないのである。

電気人間エレクトリカル・ヒューマンにも神経が通っている。脳があって、感覚器官があって、筋肉がある。だから筋トレも出来る。

つまり、要するに、痛みも感じるのだ。


「凍らされたんでな。見た目程痛くはない。動ける。闘える」


見上げた。


「弟の救出に向かうが…不安要素は」


「氷の魔法」


「そうだ。あれは…」


記憶を辿った。気を失う直前。

全く見えなかった…。


「アイシクル・トラップって言ってた…技名だと思う」


「技名?…トラップって事は」


「事前に仕掛けてあったんでしょうね、条件発動式魔術…」


「ふむ」


「それにしてもおかしい。余程の高度魔術…いやほんとに魔術?何かこう、もっと段階の違う何か…」


「何にせよ、トラップなら対処の方法もある。要は引っ掛からなければ良いのだ。策はある」


ヘヴィータンクはヘルメットを再び被り、ゆっくり息を吸って、吐いて、気合を入れた。全身の筋肉に力を込めて、光を放つ。


「ヘヴィー」


フィオナが言った。

ヘヴィータンクの後ろ姿に語りかけた。


「無理はしないで。応援は要請してるから、いざとなったら逃げて」


ヘヴィータンクは振り返り、微笑みながら答えた。


「弟が危機に瀕している。有り難い忠告だが、従う事は出来ない。知っているだろう?フィオナ」


昔からそう。


「俺は頑固なのだ」


特にクラウドに関する事に対しては。


(たまには兄貴らしく、かっこいい所も見せたいのだが。)


ヘヴィータンクは誰よりも知っているのだ。

自分と弟との間に、如何ともし難い実力差がある事を。


ヘヴィータンクが1号機。その4年後に、2号機であるクラウドが製造された。

4年の差は大きい。

勿論これまで何度も強化改修アップデートは行われて来たが、基本構造は変えられない。パワーもスピードも勝てない。消費電力も、より抑えられるよう設計されているクラウドに比べると…。


だから、鍛えた。

最初の動機はそれだった。

続けている内に楽しくなって、今ではすっかり日常の全てが筋トレと化しているのだが。


嫉妬ではない。悔しさでもない。

何かもっと、前向きな気持ち。

ヘヴィータンクには、この感情を上手く形容する語彙が無かったが。


今は亡きロスト・アメリカで制作された数々の映画。フィオナがよく観せてくれたのだが、ヘヴィータンクは特にヒーロー映画が好きだった。ハンマーを振り回し雷の力を自在に操る兄。悪戯好きな魔法使いの弟。活躍に心を躍らせた。憧れた。


兄というモノは。

強く、逞しく、勇敢で、時に弟を導く存在であると、信じた。


そうありたかった。


言うならば『矜持プライド』のようなモノ。

なのかも知れない。


______________________________


ヘヴィータンクは跳躍し、戦場に舞い戻った。


状況を確認する。


巨影と殲滅機動兵器群。こちらがやや優勢のようだ。既に半数以上破壊されているものの、敵にも相応のダメージを与えている。上空、そして前後左右。全方位からの一斉掃射。加勢せずとも、じきに方が付くだろう。


バス。運転席にぶち開けた大穴から中の様子が見える。先程までと変わりないようだが、少し距離がある。もう少し近くで確認したい。まぁどの道、接近せねばならないのだ。


ヘヴィータンクは『策』を実行する事にした。

急いだ方が良い。敵が再び罠を仕掛ける前に。


策とは。


「クラウドォ!!!」


叫んだ。よく通る声で。


「親愛なる我が弟よ今行くぞぉぉぉ」


叫びながら、走った。

電気化エレクトリカライズはせず、通常速度で。

それでも最高時速は70キロを超える。

電気人間エレクトリカル・ヒューマンである前に強化改造人間なのだ。


全力で走りながら、腰に装備していた得物を取り外す。

短い棒状の武器。ヘヴィータンクの放つ微弱電流を感知すると、瞬時に柄が2メートル程に伸びた。

棒の片方からは3方向に刃。一つは刺突武器。一つは斧。一つは鉤爪。

ここまで読まれた聡明な読者諸兄であればお察しであろう。ヘヴィータンクの得物は、近接戦闘に於ける最強武器。ハルバード。

更に反対側。柄の先端は空洞。

ミサイル弾が発射可能な砲撃兵器である。


その名を『エクスレイヤー』。


選ばれし者だけが扱えるエクスカリバーと、殺害者を意味するスレイヤー。

ヘヴィータンクだけが扱える、近・中距離絶対殺戮兵器である。


「ぬぉぉぉぉ…!!」


本能的恐怖を誘発する物々しい砲口を、卑劣なるテロリスト共に向け、引鉄トリガーを引いた。


亜光速で発射される電撃を纏ったミサイル。

氷の魔法を使った若い男は、即座に厚い氷の壁を、射線上、バスの運転席前方に出現させた。


「ぐっ…」


爆発音が響く。

防ぎきれず、車内に爆炎と衝撃波と氷の破片の一部が届いた。

思わず怯む男。

怯んだ瞬間。眼前に。


「御機嫌よう、同業者ブラザーフッド


太陽の輝きを放つ死神が、その鎌を振り下ろした。

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