エピローグ

 そんなことがあってから、もう六ヶ月が経過していた。

 季節は春。又川の河川敷にも満開の桜が咲いている。

 俺やみのりは高校三年生、妹のヒロムは高校一年生、ライチは……たぶん中学二年生になっていた。(ってゆうか学校行ってんのかな?)

 俺はライチと一緒にオフィスのテレビで『火の国相撲』のアニメ版を視聴していた。

「お! そろそろ出てくるぞ!」「む」

 二人で画面を食い入るように見つめる。


『ねえ。麒麟さんもそう思うよね』

『はい……』


「たぶん……。今の『はい』ってのがみのりちゃんの声のハズだな」

「みじかすぎてわかんないよ」

「でも多分もうこの後セリフないんだよな」

「なぁんだ」

 みのりはヒロインの『貴乃花綾香』役のオーディションには落ちたものの、作中に出てくる架空の相撲部屋『麒麟部屋』の女将『麒麟愛子』役に見事採用されたらしい。美人で、人格者で、部屋の若手たちからの信望も熱いがとにかく無口でどうしようもない。というキャラだ。

「まだまだだね。みのり。だってこんなん誰だっていいじゃん」

「ライチ……辛辣だな……。デビュー作だし、まだ十七だし」

「わたしは十四歳で立派にだいいっせんでやっているが?」

「ごもっともで……」

 放送は終了して、今度はニュース番組が流れ始める。

「今日久しぶりに来るんでしょ? あのおんな」

 体験入学コースで才能を認められたみのりは、入学金免除で例の佐々木アニメーション学院の夜間部に通うことになったそうだ。そのためアルバイトに顔を出す回数は少し減ってしまった。少々寂しいが喜ばしいことではあるのでよしとする。

「ああ」

「たのしみだな」

 ライチのあまりに意外、というかわけのわからないセリフにお茶を噴き出す。

「そうなのか!?」

「まあ、なんだかんだね」

 天才の考えることは分らない。とにかくレベルが違うほどチョロいということだろうか。

「あっ。そんなことより。だいじんさん」

「ホントだ。泉田だ」

 テレビには児童福祉大臣が大量のマスコミ囲まれている様子が流れていた。

『先日泉田児童福祉大臣が立案した『ブラック企業経営者殴打法』に関する、緊急記者会見が行われました。この法律は『月60時間以上の時間外労働を強いられた場合は経営者を殴っても罪に問われない』という法律で、凄まじい波紋を呼んでいます』

「まったく……やってくれたよなあ。あのおっさん」

「わたしは。アリだとおもう」

 テレビから泉田の野太い声が聞こえてくる。

「てめえらはなんにもわかっちゃいねえ! 罰金だなんだっていう方向で規制したって、効果なんかねえんだよ! 金で解決すりゃあいいって開き直るだけ! ヤツらの目を覚まさせるにはな、生き物が根源的に恐れること。そう。暴力を使うしかない!」

 なんということを公共の電波を使って主張しているのだろうか。

「それにな。殴るのはいいぞおー。あれは最高のストレス解消法だ。今日もこの会見終わったら殴りに行こうかなって思ってんだ! ガハハハ!」

 と泉田は破顔一笑した。記者たちもツラれて笑う。

「みんな笑っちゃてるな」

「なんかわかる。あの人笑うと。こっちもウレしくなる」

「うむ。あいつ今日ホントにこの後ウチ来んのかな? だとしたら準備を……」

 とそこに。

「こんにちは。オフィスガリコのおばさんです」

 ドアを乱暴に開き、青い制服を着て大きな布袋を持ったヒロムが現れた。

「ヒロムちゃんだ」

 ライチが彼女の元に駆け寄り抱きつく。

『オフィスガリコ』とは、大手お菓子会社のガリコが行っている企業向けのサービスだ。契約した会社のオフィスに『ガリコボックス』と言われるお菓子がたくさん詰まった箱を置き、その会社の社員はそれに併設された貯金箱に百円を入れれば、好きなお菓子を自由に取って食べていいというもの。野菜の無人販売所のようなシステムの、きょうび珍しいアバウトで性善説を元にしたサービスである。

 ヒロムは高校入学と同時に『ガリコボックス』にお菓子を補充する『ガリコレディ』のアルバイトを始めた。「毎日いろんなお菓子が食べられて幸せ」などとホザいていたので、「食べるな」と忠告しておいた。

「ねえヒロムちゃん。きょうは例のくそ女のみのりがくるからいっしょにツブそう」

「ホント? あの泥棒猫の? わあ。初めて見るから楽しみだな」

「お菓子入れて帰ってくれ。頼むから。……それにしても遅せえなみのりちゃん。もう準備はできてるのに」

 そこにさらにもう一人の来客が現れた。

 ピンク色のアタマにセクシーなスーツ。先日三十六歳の誕生日を迎えた我らが大社長だ。

「てっちゃん! 早く来て! みのりちゃん来てくれたから! すぐ撮影始めるよ!」

「ええ!? いますぐ!?」


「桜梨子さん。本当にやるんですか?」

「あたりまえでしょー。プロのカメラマンさんまで入ってるんだから!」

 我らがコロセラの宣伝動画第三弾の撮影が今まさに始まろうとしていた。

 俺はどういうわけか『出演者控え室B』にて待機している。しかも学ラン姿で。

 横には桜梨子さんが面白がって付き添っていた。

「プロのカメラマンが入って撮るのが俺たちド素人ふたりってどうなんですか? しかもぶっつけ本番で」

「だってキミたち二人の共演を見たい! っていうメールがいっぱいだったんだもん!」

「ホントですかー? 俳優と女優雇う金がないだけじゃないのか?」

 そうこうしている間に開始十秒前のアナウンスが開始される。

 と同時に桜梨子さんの携帯電話から着信音が響いた。

「あっクソ! もー! 生で見たかったのに!」

 桜梨子さんは裏口から消えていった。

(やれやれ。やるしかねえのか)

 3……2……1……0

 カウントダウンが終了すると同時に、

「好きだあああぁぁぁ――――!!!」

 ヤケクソのビッグシャウトを上げながら部屋のドアを蹴破って、ブッコロステージに乱入した。部屋には黒板、教壇、学習机などが置かれている。要するに学校の教室だ。

 そこにはマンガに出てくるようなベタなヤンキー、スケバンの集団がたむろしていた。

「好きだーーーー!」

 俺はもう一度そう叫ぶと、部屋の中央にいたスキンヘッドに浴びせ蹴りを見舞った。彼のアタマは吹き飛び、黒板に突き刺さる。

「好きだーーーー!」

 襲いかかってくる彼の手下たちにコークスクリューブロー、トラースキック、さらに泉田から盗んだ白銀の左腕を炸裂させた。

 ――三人ほど倒したところで。

「好きだーーーー!」

 同じセリフを吐きながら『出演者控室A』の扉を蹴破ってセーラー服姿のみのりが乱入してきた。

 一瞬だけ目を合わせてすぐに逸らす。

 それから彼女はスケバン共を三人まとめてドロップキックで葬り、俺はモヒカン頭を上手投げで窓の外にほおり出した。

 瞬く間に部屋の中のヤンキースケバン共はその数を減らし、教室に立っているのは俺とみのりだけとなった。二人は教室の端と端で見つめ合う。

「好き……だ……!」

「好きだ!」

 俺たちは荒く息をつきながらそう叫び合い、教室中央に駆け寄った。

 そして熱い抱擁をかわす。

(うっ……!)

 思った以上に刺激が強い。

 みのりの胸や背中、ふとももの柔らかさを全身で感じることができる、というのはもちろんだが、それに加えて先ほどまで暴れまわっていたせいか強烈な汗の臭いがする。自分の汗とは全く違う女の子の汗の臭い。この刺激がハンパではない。

 早く次に行かないとどうにかなってしまいそうだ。

(えーっとこのあとは……。むう……やるしかねえか)

 俺は台本に書かれている通り、みのりにゆっくり顔を近づけ、

「愛してるぜ」

 頬にそっと口をつけた。プルンと吸い付くような感触だった。

「ハイ! カット―! オッケー! 一発オッケー!」

 カメラマンのオカマがそのように叫ぶや大きな拍手が発生した。

 みんなよい笑顔だが、ライチとヒロムのヤンデレのような瞳が恐ろしい。

「最高! めちゃくちゃ可愛い! 二人とも耳まで真っ赤にしちゃって! これは本職のヤクシャさんじゃあ絶対撮れない絵だなァ!」

 みのりが抱きしめられたまま、俺の腹にレバーブローを見舞う。

「ねえ! この脚本考えたの誰!?」

 オカマがおっしゃる通り、耳まで真っ赤にして口をとがらせている。

「お、俺……です」

「なに!? 私とこういうことがしたかったの!?」

「ち、違う! 最初はヤクシャさん雇う予定だったけど、桜梨子さんがケチって俺とおまえになっちゃったの!」

「ホント~?」

「ホントだって! 桜梨子さん帰ってきたら聞いて――」

 そのとき。

 廊下とステージを繋ぐ扉がありえない勢いで開いた。蝶つがいが壊れ、扉が激しい音を立てて床に落下する。

「……どうしたんですか桜梨子さん」

 桜梨子さんはゼエゼエと苦しそうに呼吸、膝に手をついていた。

「貴音さんが――」

 やっと絞り出したようなガサガサに乱れた声。

「貴音さんがどうしたんですか……!?」

 心臓が締め付けられる。背筋が凍る。

「目を――覚ましたって」

 桜梨子さんは顔をくしゃくしゃにして涙を流した。

 すぐに。俺の目からも水滴が溢れる。

(――言ってやろう。彼女に言ってあげるんだ。)

 しばらくは休んでくれ。なにもかも忘れて。

 それで。そのうちちょっと元気が出てきたら。

 ブッコロセラピーを受けにおいで。

「ホントですか! じゃあ今すぐお見舞いに行かないと!」

「おう! 全員で行こう!」

「いや……全員はいくらなんでも迷惑なんじゃ……」

「てゆーか! いつまで抱き合ってんの!?」


 これが後に『日本を救った』と言われるコロセラ伝説の一ページ目。

 三百ページ近くあった気もするがとにかく一ページ目である。

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癒せ!ブッ殺セラピー! しゃけ @syake663300

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