第四章 第3話 決戦 コロセラVS児童福祉大臣③
屋上の入り口の扉を開く。
上を見上げれば金平糖を散りばめたような星空。まん丸い月も浮かんでいる。
足もとには白っぽい土が敷き詰められた巨大な土俵。
非日常感バツグンのある意味で幻想的な風景だ。
(風もなく、天気もよくて良かった)
俺は入口付近の壁に設置されたスイッチを押した。すると。土俵の中央、やや西側寄りの位置にウイーン! という音と共に落とし穴が開いた。
(すげー未来っぽくて好きコレ)
土俵下倉庫には三台の相撲型ブッコロイドが待機している。
一台は『ジョノクチー一号』。これは普通のブッコロイドに相撲のかっこうをさせただけの代物。前座要員だ。
もう一台は『ジュウリョウヤロウ一号』。こいつはいくらか相撲の心得はあるが、所詮小泉とまともに闘える、満足させられるような選手ではない。
(ヤツを倒せるのは……)
ひときわ大型のボディに歌舞伎のメイク、見事に結い上げられた大銀杏、象柄の化粧回し、真紅のまわし。
(こいつしかいない! 『ネオセキトロイド本田 マークツー改Act2』!)
「クソがー! 余計イライラしたじゃねえか! なにがブッコロセラピーだ! こんなもんクソじゃ! うんこなんじゃ!」
小泉が喚き散らしながら屋上に上がって来る。
(いいぜ。そうこなくっちゃ張り合いがねえ!)
「ご、ごめんなさい私の声がキモかったせいで……」
「まあまあ。言ったでしょう? 最後が一番面白いって」
(あれ? みのりと桜梨子さんの声も聞こえる)
さらに大量のおっさんたちが集まったとき特有のざわめきも聞こえてきた。
壁に設置されたモニターを起動して土俵の様子を見る。
どうも社員の野次馬たちが全員集まってきてしまったらしい。
……まあいい。目立ちたがりな泉田のこと。その方がテンションも上がるであろう。
(よしじゃあ行ってこい! 『ジョノクチー一号』!)
首の後ろについたスイッチを押して生命を吹き込む。賢い彼は自ら天井についた扉を開き土俵にあがった。
「――なるほど! この俺にロボット相撲を取らせようってわけだな!? それも落ちたら即死のデスマッチ! おもしれえ! おもしろすぎる!」
泉田はそのように喚くとスラックスのベルトを外しジッパーを下ろした。
桜梨子さんとみのりの悲鳴が聞こえる。
「大丈夫! むしろ正装になるところだから!」
奴がスラックスを脱ぎ捨てると。その下には美しい光沢を湛えた銀色のふんどしが巻かれていた。
「い、いつもこれ履かれてるんですか?」
「もちろん。ふんどし以外の下着など生ゴミといっしょだからな」
「かっこいい……」
堂々たる腰つきで四股を踏む泉田に対して、
「ヘイヘイ! カッコツケンナヨ、ロウガイヤロウ! ボクガイッシュンデタオシテヤルゼ! ブヨブヨシタカトウセイブツメ!」
ジョノクチーが挑発の機械音を吐き捨てる。――いつのまにこんな機能をつけていたのだろう。
「よろしい。ではさっさと始めよう」
泉田が足を大きく広げ腰をググっと落した。
「ヘヘヘ! ナメンナヨ! イットクケド、ドヒョウカラオチリャアシヌゼ!」
「それがどうした?」
両者睨み合い。その間に軍配団扇を持ったライチが立つ。
「こりゃあ可愛らしい行司さんだ」
「アッ! ママ! ボクガンバルネ!」
いつのまにか行司さんの衣装に着替えていた。マジでいつ着替えたのだろうか。というかどこで買ったのだろう。或いは作ったのか。
「ハッケヨーイ――のこった!」
立ち合いの瞬間、泉田はその身を大きくかがめて下からジョノクチーくんのまわしを取ると、
「どりゃああああぁぁぁ!」
ブリッジをするような形で身を反らせながら、後方に思い切りブン投げた。
「ヒエエエエエエェェェ! ママアアアァァァァ!」
ジョノクチーくんは断末魔の叫び声を上げながら宙を飛びやがて落下、土俵のヘリに背中をぶつけつつ、ビルの下の闇に消えていった。
「「「ジョノクチーくーーーーん!」」」
ライチをはじめとした制作スタッフたちが悲しみを叫んだ。
泉田は後ろを振り返り彼らを睨み付ける。
「バカどもが! こんな張り合いのないヤツと闘わせおって!」
あまりの威圧感にスタッフたちは黙るしかない。
「おい! もうこれで終わりか! しょうもない! 逆にムカついて――」
「まだいるわバアアアァァァーーーーカ!」
俺は土俵の下から思い切り叫んだ。そして『ジュウリョウヤロウ一号』をけしかける。
(頼むぞ。ちょっとでもヤツのスタミナを削ってくれ)
「ほう。三上くんはどこ行った? と思ったらそんな所に潜んでおったのか」
(なんでそんなに俺のことを気にする? そういえば現役時代から男色の噂があるが)
ともかく。再び立ち合いが始まった。
「はっけよーい! のこった!」
『ドッコイ!』
ジュウリョウヤロウは独特の野太い機械音を上げると、素早くまわしを掴んだ! そのまま押し出しにかかる――が。
「うーん。取り口はそんなに悪くないんだが。軽いなキミは」
泉田が少し踏ん張るとすぐに足が止まってしまう。そして。
「顔も柔らかそうだ」
泉田の必殺技、白銀の左腕が炸裂。
ジョウリョウヤロウの首から上は粉末になり土俵に混じる。
首なし力士はゆっくりと前方に倒れた。あまりの凄惨な光景に今度は声もない。
「おゥ――い!」
泉田がよく通る声で叫んだ。
「三上くん! こんなオモチャじゃなくてキミが出て来たらどうだ!?」
突拍子もない発言にギャラリーたちがザワめく。
俺は――
「いますぐ真打が出て行くから黙って待ってやがれ!」
と回答しつつ『ネオセキトロイド本田 マークツー改Act2』の準備にかかった。
――泉田が「まだかよ……」などと焦れ始めたころ、ようやく準備完了。
本田が土俵上に姿を現す。観客たちからは大歓声が送られた。
「本田―! 頑張れー!」
「ジョノクチーとジュウリョウヤロウのかたきうちだー!」
泉田は舌打ちし、
「フン! こいつも粉末にしてくれるわ!」
と吐き捨てた。
観客からのブーイングが響く中、行司のライチが両者の間に立つ。
(さて。いよいよか。しかし)
コレは一体なんだろう。と。ほんの少し頭をかすめた。こんなビルの屋上で児童福祉大臣を相手に、自分だけでなく多くの人の人生をも背負って相撲勝負を挑んでいる。フシギすぎる状況だ。
「見合って! ハッケヨーイ――」
いやしかし。そんなことを考えている場合ではない。そのあたりを考えるのは後でいい。
(今は集中!)
「のこった――!」
ライチの声と同時、本田は真正面に飛んだ! ウルトラマンのごとく頭から突っ込んでいく! コマンド必殺技の『ハイパー頭突き』だ!
「むぐぉ!」
さすがの泉田もこれは予期できず、どてっぱらにクリーンヒットした。
さらにもうひとつの必殺技が起動。
両の手を交互に音速を超えるスピードで突きだす絶技『百手張り手』だ。
「がががぁぁぁ!」
掌が泉田の顔面を次々と捉えた。鼻血が飛び散る。しかし。
「甘いわ!」
掌の弾幕をものともせずに真正面に駆け、強引にまわしを取った。
「ハハハ! ウデの回転はすごいが、この手のひらのやわっこさは致命傷だな! むしろちょっとキモチがよいくらいだ!」
そしてそのままグイグイと前に押し出す。
「それに! この軽さもな! ――おお!?」
しかし! さきほどのジュウリョウヤロウのときのようにはいかない!
「なんじゃこの重さは!?」
本田は腰を落とし泉田の前進をストップ、逆に押し返そうとまわしを掴み返す。
「むう! このオトナのおもちゃ風情が!」
泉田もまけじとさらに腰をズドンと落とす。
「ぬああああぁぁぁ……!!!」
均衡状態。
ギャラリーも息を飲む。
――やがて。
「ぜあああぁぁぁぁぁぁ!!」
泉田がガラガラの叫び声と共に均衡を破った。
本田の両足は土俵に二本の平行線が描きながらずりずりと後ろに下がり、あっという間に土俵際まで追い込まれた。
みのりとライチの悲鳴が上がる。
「あっ! あっ! あっ! やめて下さい! 許してあげて!」
「レフェリーストップ! レフェリーストップ!」
本田が空中にほおり出されるのはもはや時間の問題――かに思われたが。
「むううううぅぅぅ! ちょこざいな!」
俵に足が掛かりながらも粘る! 微動だにしない!
「わかったぞ! この粘り腰! それにあの娘二人の反応! 貴様! さては!」
泉田はほんのわずか力を緩めた。
本田はそのスキを見逃さない! サバ折りのような形で泉田を抱え上げる!
「あの形は!」
「出るぞ! 究極技! 大銀杏クラッシュ!」
「食らわせろおおおおぉぉぉお!」
尻から噴射されたジェット気流により本田、泉田の体が浮き上がる。
二メートル、三メートル、四メートル。
ゲームにおけるそれよりも遥かに高い位置まで浮き上がり、やがて最高点に達した。
本田は腕のロックを離さぬまま、空中で体を九十度前に倒しうつ伏せの体勢。
泉田を下にする形で自然落下が開始される。
「いけえええ! 本田あああぁぁ!」
「決めろーーー!」
両者は爆発音と共に土俵の中央に落下。おびただしい砂煙が舞った。
ギャラリーたちはみな一様に咳こみながら目を擦り、勝負の結果を見届けようとする。
やがて夜風に流されて砂煙が晴れたとき。
そこに見られた光景は――
「た、ただいまの取り組みは! 『大銀杏クラッシュ返し』? によりまして! いずみだあぁ~。いずみだあああぁぁ~」
仰向けに倒れる本田の上で、泉田がアグラを掻いて座っていた。
「ハハハハ! 惜しかったな! 本田関!」
少年のように無邪気な笑顔である。
「惜しむらくはこのオレもスプライトファイターをやったことがあったということだな! でなければ今の技はカウンターで返せなかった!」
ギャラリーたちからは落胆の声が上がった。
「いやあそれにしても! さっきの粘り腰はよかったぞー! 執念を感じた! ロボットにそんなものがあるなんて最近の技術はスゴイなあ! まったくすごい!」
と言いながら本田の顔面に強烈なビンタを何度も喰らわせる。
「だ、大臣! なにを!」
桜梨子さんが制止するが辞めない。
やがてその首はちぎれ――
「やっぱりな」
その下からもうひとつ首が出てきた。汗でびちょびちょになった茶色いアタマに、初対面の者全員に悪印象を与える鋭い三白眼――
「三上くん。言った通り自分で出て来てくれたんだな」
みのりとライチ以外のギャラリーが驚愕の声を上げる。桜梨子さんに至っては腰を抜かして土俵に尻餅をついていた。
「泉田さん。よくわかりましたね」
「キミを落そうとしたときのその娘たちの反応が、ロボットを落されそうになったってだけにしては異常だった。それから。あの土俵際の粘り腰でな」
「人間っぽかったってことですか?」
「いや。違う。キミの父上。三上栄進にそっくりだった」
――!
「父を知ってるんですか!?」
「学生相撲でチームメイトだったんだ。彼は腰を悪くして引退してしまったけど、素晴らしいセンスとなによりも恐るべき負けん気と粘り腰を持っていたな」
呆然と口を開いて泉田を見つめる。
「父上の葬式にもいたんだが。覚えてるわけないか。オレは覚えていたよ。キミのこと」
どう記憶を掘り返しても、彼の若かりし頃の姿を思い出すことは出来なかった。
「どうだ。キミも相撲をやってみては? 部屋を紹介してもいいぞ」
俺は苦笑しながら手をプラプラと横に振った。
「遠慮しておきますよ。見ての通り線が細いし、母親に似て運動神経も全然ないんです」
「さっきの粘り腰は見事だったがなあ。鍛えれば或いは――」
俺は泉田の言葉を遮って大きな声で宣言した。
「それに! 俺には他にやりたいことがあるんです!」
あまりの大声に場が一瞬静まる。
しばらくして。桜梨子さんが俺の元に駆けてきた。
「やりたいことってなあに?」
俺のすぐ横にしゃがみ込み、いつも以上に素敵な笑顔で俺の目を覗きこんだ。
「桜梨子さん俺さ――」
結論は後回しにして思いのたけを話すことにした。
泉田が空気を読んで立ち上がってくれたので、上体を起こし桜梨子さんの目を見つめる。
「最初にこのバイトの仕事内容聞いたときに思ったんだ。この仕事してたらさ。ウチの親父みたいに仕事に殺されちまう人が一人でも減らせるんじゃねえか。もしかして俺の天職、俺がやらなくちゃならない仕事かもしれないって」
土俵の砂を握りしめる。ひんやりとして心地が良い。
「貴音さんのことがあって。やっぱりこんなもんイミがねえ! なんて思ったこともあったけどな」
桜梨子さんは少しせつなさを含んだ笑顔でその言葉を聞いていた。
「ぶっちゃけどうなんだコレ? と思うことも多い。だってさ。しょうもないオッサン一人のストレスを晴らすためにこんなとんでもない大仕掛け作って、挙句の果てにこんな太ったガンダムみたいなのに乗って命かけて相撲取ってるってなんだよ! 狂気がハンパねえ! こんなことやってるよりアロマテラピーかランニングでもしてろって話だよ!」
「しょうもないオッサン……」
「ま、確かにそうだけどさ。てっちゃん。私の考えではこの狂ったストレス社会に対抗するにはこっちも――」
「ああ。その考えもわかるし。なによりもこの『ブッコロセラピー』は」
俺は思い切り息を吸い込んだ。
「めちゃくちゃおもしれええええぇぇぇ!」
その声を聞くや、社員のみんな、桜梨子さん、みのり、ライチらは爆発するみたいに笑い声をたてた。
「このガキ! 俺よりすっきりした顔しやがって!」
泉田が笑い顔で俺のオデコを小突いた。
「いてえなテメエこの野郎!」
「ハハハ。でもね。それは大切なことだよてっちゃん。『人を癒すことで自分も癒されよう』というのがウチの裏社訓のひとつだからね」
桜梨子さんは俺のアタマにポンと手を乗せた。
「それで。結論は? キミは意外と回りくどい話し方をするねえ」
俺は桜梨子さんの目をしっかりと見据えながら言った。
「これからもここで働かせて下さい。高校を卒業してもずっと……!」
俺はゴクリとツバを飲む。
すると桜梨子さんは。「いいよ~」と回答した。
(軽っ! この人めっちゃ軽い!)
あきれ顔で眉間を抑えていると、俺の所にスライディングするようにして突っ込んでくるヤツがあった。
「よかった……! よかったね……!」
「みのりちゃん……」
みのりが俺の(セキトロイド本田の)肩にアゴを乗せて、背中に手を回した。
桜梨子さんたちがヒュウウ! などと俺たちを囃したてる。
見えないけどライチがふくれっ面をしていることは想像に難くない。
「いっしょに頑張ろうね。きっと私たち。人を癒せるよ」
ああ、と回答しながら俺もみのりの背中に手を回した。
「貴音さんも大丈夫。だって私たちがあれだけ頑張ったんだから。信じて待とう」
俺は涙腺が崩れるのをふせぐため、背中に回した手に力を込めた。
「あっ。でもこれからも働いてもらうには」桜梨子さんが泉田の顔を覗きこむ。「大臣様の許可がないと」
全員の視線が泉田に集まる。
ヤツは一回咳払いをしてから。
「いいよー。営業続けて。けっこうスッキリしたしな」と呟いた。
社員たち全員が大歓声を上げ、大泉田コールを発生させた。
(こいつも軽いなァ!)
「それにしても面白いな。俺も一回こん中に入ってみてえ」
泉田が土俵に転がった首を片手で持ち上げながらいった。
「これぞ! 『パワードブッコロスーツ』! このオレのアイディアだ!」
ぶっちゃけ名前は今考えた。
「よく考えついたな」
「こいつが言ったんですよ」みのりの背中をポンポンと叩く。
「人を癒すのは結局人だって。だからアンタを満足させるには俺が身を張るしかねえと思ったんだ」
「なるほど。そういうことか。その心がけを忘れないように」
「エラそうだなあんた! ってゆーか!」
泉田の悪党面をまっすぐに睨み付けた。
「俺たちがこんだけ頑張ってるんだから! あんたもどうにかしてくれよ! このクソったれ社会!」
泉田のことだから、なにか憎まれ口でも叩くかと思ったが――
「ああ。約束する」
ヤツはそう言いながら右手の拳を突き出してきた。俺は少々戸惑いながらもそいつに拳を合わせた。
すると。桜梨子さんが手をパチパチと叩き始める。
「じゃあこれからは児童福祉省とわれわれコロセラでがっつり癒着して! ニッポンをよくしていきましょう!」
社員のみんなもこれに賛同、一同の拍手が重なる。
だが。ひとりだけ拍手をしていないヤツがいた。
「ってゆうか! いつまでくっついてるの!?」
ライチがみのりに蹴りを入れて俺から引きはがした。
さすがのみのりも口を尖らせてライチにガンを飛ばす。
その様子がなぜかツボに入り、俺はハラを抱えて笑った。
「ハハハハハハハハハハハハハハハハ!」
こんなに苦しいくらいに大笑いをしたのは本当に久しぶりだ。
親父が死んでからは、初めてかもしれない。
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