第四章 第2話 決戦 コロセラVS児童福祉大臣②

 会議室に戻ると部屋のモニターには第一ステージとなる『五階 国会ステージ』が表示されていた。素晴らしいクオリティーだ。ニュースなどで見る者となんら変わらない。

「あっ桜梨子さんとテツヒト。お疲れ様ですー」

 ライチとみのりが待っていた。

「準備はダイジョブですか?」

「ああ。もう控室に入ってもらったよ」

「……桜梨子さんの様子が変ですけど」

「気にするな。遅れてきた発情期なだけだ。ライチ。開始の合図をしてくれ」

 ライチは親指を立てると、PCマイクに向かって「じゅんびおーけーかうんとだうん」と緊張感の全くない声で指示を出した。

「OKです! 開始します!」

 スピーカーからカウントダウンの音声が流れ始める。20……19……

「いよいよ始まるか……」

「緊張するね」みのりの声が少し震えている。

「しかし、あんだけエラい立場でやりたい放題やって。ストレスなんか溜まってんかね」

「……確かに」

 3……2……1……ゼロ。

 控室とステージを繋ぐ扉が開かれた。

 ブッコロイドが起動する。

 三十人からいる彼ら彼女らは侃々諤々の議論をし始める。

 モニター越しでもイラっとくるほどの不快音波だ。

 小泉はまずはゆっくりと歩き、静かにイスに座った。

「おっ。まずは状況に身を置き、ストレスを十分に貯めるという定石で行く気か?」

「そうみたいだね。動画とか見て研究してたのかなぁ?」

 机にヒジをついて余裕の表情で、部屋を眺めている。しかし。

『現在の消費税が何パーセントかお分かりですか!? 十五パーセントですよ! これがどれだけ国民の生活を――』

『しかしながらこの苦境を乗り切るためには――』

「うるせえええええええぇぇぇぇぇ! 黙りサラせこの腐れ政治家共がああぁぁ!」

 ――気ぃ短か! 会議室一同絶句。

「右を見てもおっさん! 左を見てもおっさん! 良くて国籍もわからねえクソババアしかいねえ! 陰気臭いんじゃこの空間! ギャルを置けギャルを!」

 ますは隣に座っていたハゲの頭部をアイアンクロ―でトマトに、

「代替案もないくせに文句ばっかわめくな野党共! YESマンになりやがれ!」

 それから見事なオーバーヘッドキックで背後の机に座る共産主義者を真っ二つにせしめ、「ムカツクヤジばっか飛ばすな! プロレスの観客みたいに愛のあるヤジを飛ばせ!」

 北斗神拳、またはワルガキが障子に穴を開けるときの如く、連続でひとさし指の突きを繰り出し、フェミニスト女議員をハチの巣にした。さらに。

「国会中に寝るなー! てめーは学生か! まあ、オレもたまに寝るけど!」

 中指によるデコピンを食らわせる。若手議員の頭は爆発。

「すごい……。あんなふうにこわれるようにはできてない」

 産みの親であるライチママからのコメントである。

「か、感心してる場合か! ほぼ全滅しかかってるぞ! 次のステージの準備を!」

「ちくしょおおおおお! 暴れたりねえ! 女をオカさせろ!」

 控室でもらえる武器のひとつであるエアガンを乱射、人を殺したことがあるとしか思えない正確さで脳天を捉え、次々とロボット議員たちを葬っていく。

(あんなヤツを満足なんて。させられるのだろうか?)

 泉田は非常階段を駆け上がって次のステージ『デモをする民衆ステージ』に移動した。

 国会議事堂を模した建物の前、プラカードを持った民衆たちに日本刀で切りかかっていく上半身裸の政治家。という地獄絵図が繰り広げられる。

「文句を言うな! 票だけよこせ! 愚民共!」

「プラカードちゃんとキレイな字でかけ! あと拡声器の音質!」

「インターネットで叩くな! 傷つくわ! 特に生え際のことは言うな!」

 ウデやクビ、足、上半身などがスパンスパンと空中に浮き上がる。

「す、すごい爽快感ですね」

「ありゃあ相当タマってるねえ」

「あれだけやりたい放題やってる癖に……」

「ツイッターで失言をさせろ! ときに変なこと呟きたくなることぐらいあんだろ!」

「キャバクラ行ったくらいで週刊誌にのせるな! 好きなんだ! 安っぽいキャバクラが! おまえらだって好きだろうが!」

「不倫はさせろー! こちとら性欲の塊なんじゃ!」

 ヌンチャクがヒュンヒュン! と音を立て自由自在に動き、次々とブッコロイドの動作を停止させていく。

「まァ。組織のトップに立つっていうことはストレスが溜まるものだからね。ワンマンなように見える人ほど意外と気い使ってたり」

 桜梨子さんはそのように分析した。

「桜梨子さんも俺たちに気い使ってるの?」

「え、ぜんぜん」

「カメラマンも大っ嫌いだ! このあいだなんて言った!? 『泉田が色黒すぎて、ヤツに光量合わせると他の人の色が飛ぶ。空気読め』 ……知るかああああああぁぁぁぁ!」

「接待で使う日本料理屋! 量も少ねえしちっとも旨くねえぞ! 焼肉とかステーキとか食わせろや! アチョー!」

 さきっちょに火のついたトンファーで愚民たちのオナカに穴を開け、ドーナッツ愚民を製造してゆく。

「そう考えると。大臣さん、ちょっと可愛そうな気がしてきますね」

「いやみのりちゃん。俺はそうは思わねえな」

「でも見なよ。あの楽しそうな顔」

「あああーーーー! 政治家なんて辞めてえええ!」

 客たちが見せてくれる爽やかな顔。それがこの仕事醍醐味だとは思う。その観点で言うと泉田はなかなかやりがいのある相手ではあった。

 ヤツはさらに階段を登り『七階 各国首脳ステージ』に進む。

 そこに存在していたのは、アメリカ、中国、その他日本とかかわりの深い国の首脳たちだった。小泉はそれを見るなり豪快に笑った。

「ガハハハハハハハ! 似てる似てる! そっくりだ! すごい技術!」

 ライチが少し嬉しそうに頬を緩めた。

「似てる! 故に! ムカツク!」

 某国の首相をパーフェクトな一本背負いで投げ切った。

「ミサイルなんか打ちやがって! 怖いからやめくされ! 黒電話!」

「エラそうにしてるけど、昔楽しそうにプロレスやってたの知ってるぞ! ヅラ野郎!」

 拳を握りしめた状態で両手を広げその場で高速スピン。所謂ダブルラリアットが二国の大統領の脳味噌を同時に飛び散らせる。

「こりゃあいいや。見てるだけですっとする。嫌われ者の有名人シリーズって作ってみてもいいかもね」桜梨子さんが興奮した様子で提案した。

「元コーヒー娘の矢野口とかですか?」

「おっ! すぐ出てきたね。みのりちゃんはそいつが嫌いなんだ?」

「そ、そういうわけじゃ」

「この! 親の七光りの世界中のあらゆる国の腰巾着クソ野郎! ジャパニーズ売国奴! 相撲を税制的にもっと優遇しろバカ!」

 次は我が国の総理大臣だ。執拗なローキックで足腰を立たなくし、ヒザをついたところに低空ジャンプして膝を側頭部に突き刺していく。いわゆるシャイニングウィザード。おどろおどろしい憎しみがこもったエゲつのない攻めである。

「なんだこれだけか? もっとムカつくヤツがいっぱいいるんだがなぁ」

 少々不満を漏らしながらも次のステージへ駆ける。

「おっ。次はいよいよ。みのりちゃんの最高傑作の登場だね」

「う……なんか恥ずかしいな」

「声優になったら全国に声が流れるんだぞ。こんなんで恥ずかしがっててどうする」

 八階 自宅ステージに到着する。ライチの望遠鏡により完全再現された自宅にさすがの泉田も狼狽しているようだ。そこに。

「あなた! こんなところでなにしてるの! このツルッパゲー!」

 みのりの声をした『ブッコロワイフ』が小泉の頭をしばく。

 声の出演の方が顔をリンゴにしてうつむいていて少々可愛い。

「よくもおこがましくも家に帰ってこられたわね! 肩書ばっかりエラそうでたいした稼ぎもないクセに! だいいちワキガだし! 短小早漏でもあるし痔も患っている!」

 小泉は俯いて両手の拳を握りしめている。

「なんとか言ってみなさいよ! トイレットペーパー使いすぎなのよ貴様! 電気もつけっぱなしにするし! この浪費男! お風呂のお湯は三日かえるな!」

 ――しいたげられし夫の怒りが爆発!

「このハイパードケチジャパニーズ泥団子! おまえ元女優だろ! なんでそうも貧乏くせえんだ!」

 出た! 現役時代得意としていた『白銀の左腕』! フック気味に相手の顔面に突き刺さる殺人張り手だ。しかし。一発目は感情が乗りすぎたのか空を切る。

「太って、化粧してなきゃただのババアじゃねえか!」

 今度は右の張り手。しかしこれも空振り。

「貴様のケチりは節約とかそういうレベルじゃねえ! 戦後! 戦後の食糧難時代のソレなんだよ!」

 当たらない。奥さんの顔面の二十センチも前を通過した。

「ライチ。ブッコロワイフってなんか特別な機能でもついてんのか? 自動回避的な」

「みのりのブリっ子声が入っている以外はふつう。最低限の回避機能しかついてない」

 今度もかすりもしない。前髪を揺らすことすらできていない。

「ははは。ありゃあ完全に腰が引けてる。よほど恐妻家なんだね。離婚しちゃえばいいのに。そんで私と――」

「これマズくないですか!? 逆にストレスたまっちゃうって言うか!」

「部屋着に俺の古~い相撲Tシャツばっかり着やがって! たまにはかわいいパジャマを着ろ!」

 今度は回し蹴りを放つが見事に空振り。床にぶっ倒れた。

「こりゃあ早く『屋上』の準備してこの階は切り上げさせるしかねえな」

 俺は会議室の椅子を蹴飛ばすように立ち上がった。

「ごめん! テツヒト! 私の声のせいで……!」

「おまえのせいじゃねえよ! とにかく行ってくる!」

「アレのときだけアホみたいに甘えやがって! キしょいわ! ……クソ! なぜ当たらない!」

 エレベーターに乗り込み屋上へ向かう。

(よし! ここからが本当の勝負だ!)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る