第四章 第1話 決戦 コロセラVS児童福祉大臣①

 九月三十日。夏休み最終日。

 ついに有限会社コロセラVS児童福祉大臣泉田公望の決戦の日がやってきた。

 負ければコロセラは解体。まさに生死をかけたデスマッチである。

 試合開始は十八時から。その三時間前の十五時、コロセラの心臓部とも言える三階会議室には真っ赤に充血した眼球が六つ並んでいた。

「キミら三人、あのあとすぐ帰ったんじゃなかったの?」桜梨子さんが三人に問う。

「帰ってませんでした」

「どこにいたの?」

「ライチラボに籠ってました」

「そんなにボロ雑巾になるまでなにしてたの?」

 目薬を手渡される。

「はっ!? まさか! あんたら三人いつのまにかそういう関係になってたの!?」

「なってません」

 目薬を三人で回しざしする。

「じゃあ一体全体なにをしでかしてたの?」

「まあ。本番を楽しみにしててくださいよ!」

「こ、こいつら……! なんて爽やかな目をしてやがる……!」

 目薬をさし終えた俺、ライチ、みのりの瞳はキラキラと輝いていた。

「とはいえ。本番はいつになるんですかね?」みのりが目をパチパチと開閉しながら疑問を呈する。

「あーそっか。あのオッサン時間守らねえからな」

 首を捻る三人に対してライチが「まかせて」などとドヤ顔、マイバッグから真っ赤に光る『筒』を取り出した。

「おお。それは」

 ライチお手製の望遠鏡だ。本人曰く『ブラジルのサンバカーニバルの踊り手のおっぱいのほくろまで見える』とのことだが、覗かせてくれないので真偽は不明である。

「これでだいじんのおうちを覗いてみる」

「なるほどその手があったか」

 しかしどういうわけで彼の住所を知っているのだろうか。天才だから?

「む」

「どうした。ライチ」

「今クルマに乗った」

「!? ここまではどれくらいだ!?」

「渋滞などなければ。二時間ぐらい」

「はえええ! 楽しみなのか!?」

「いますぐ準備を始めるぞ! ライチと私はモニターのテスト! てっちゃんとみのりんちゃんはブッコロイドの搬入!」


 みのりと二人、ブッコロイドが置かれているライチラボに急ぎ足で向かう。

「ねえ」隣を歩くみのりが話しかけてくる。

「なんだ」

「いよいよだね」

「ああ」

「終わったらしばらくゆっくりできるね」

「そういえばそうだな。考えもしなかった」

「ヒマになったらさ。どっか遊びに行こうよ」

 不覚にも心臓が高鳴る。

「い、いいけど」

「また相撲見に行きたいな」

「次の場所は九州だぞ」

 みのりはああそうなんだーと残念そうな顔。

「ま、おまえがよければ行ってもいいけどな。泊まりで」

 童貞なりに揺さぶりをかけてみた。するとみのりは。

「全然いいよ~心の準備はOK?」と上目遣いで俺を見た。

 心臓がさらに高鳴り顔が猛烈に熱くなるのを感じる。

 ヤツはそれを見て赤くなってるー! かわいいー! などと笑った。

(ダメだ。まだこいつには敵わねえ)

「どっか……近場で遊びに行こうぜ」

「うん! じゃあそれを楽しみに頑張ろう!」

 と元気よく右手を差し出してくる。

「ああ」

 その手を握り返した。手のひらの柔らかさと体温が心地よい。

(まあ。今はこんなもんでいいか。でもいずれ見てやがれテメエこの野郎!)

 手を離して再び歩き始める。

(ん。まてよ)

 数歩だけ前に進んで立ち止まった。

(そうか。よく考えたら。今日で俺とコロセラの契約は終わりなのか)

「どうしたのテツヒト」

「……いや。なんでもない。急ごうぜ」


 泉田はカウボーイまたはスタンハンセンのようなテンガロンハットに、ティアドロップ型のサングラス、銀色にギラついた背広、口にはぶっとい葉巻、という世の中を舐め切った姿で応接室に現れた。桜梨子さんと二人でそれを迎え撃つ。

「かっこいいですね。ギャングスターみたいだ」

 イヤミを込めてそういってやると、ヤツはガハハハと笑った!

「ホンモノのギャングはこんなんじゃないよ!」

「そうですね。彼らは意外と地味な格好をされている場合が多いです」

 この政治家と会社経営者はだいじょうぶなのだろうか。

「そんなことはいいからさ! 早く始めてくれよ! もう暴れたくてうずうずしてるんだからよ!」

 桜梨子さんが持っていたファイルから書類を取り出す。

「ではこちらの誓約書にサインを」

「めんどくせえな。おいおまえ書いといて――ん?」

 泉田が怪訝な表情で書類を凝視する。

「この『危険レベル』っていうのはなんだ?」

「はい。説明させて頂きます。今回われわれの方で数々の修羅場を潜り抜けられている大臣に、どうしたら心の底から楽しんで頂けるかと考えました結果――」

 桜梨子さんは目を鋭く細めた。

「少々ハードなコースも用意させて頂きました」

「ほお。では危険レベルを『最大』にした場合どうなるんだね?」

「命の保証は致しません」

 うしろの(小泉ほどではないが)イカついSPたちがざわつく。

 泉田は「おもしろい!」などといいながら、誓約書の『最大』と書かれた部分に葉巻を押し付けた。

「だ、大臣!」

「それはいくらなんでも!」

「黙れ木偶の棒。オレとケンカしたらテメエらのクビがどうなるか分かっているだろう。もちろん物理的にな」

 全くいるイミのないSPは即座に口を閉ざした。

「大変かっこよろしい」

「当たり前だろう。大物だからね」

「まあ。でもご安心下さい! 危ないのは最後だけですから! 最後さえ気をつければ死にはしません!」

 桜梨子さんはいつもの人懐っこい笑顔で高笑いをして見せた。

 泉田は書類にサインをしながら呟く。

「キミはなかなか魅力的だね。さっきまであんな色っぽい表情をしていたと思ったら今度はそんな可愛い顔。愛人にするのが楽しみだワイ」

 桜梨子さんの顔がぽおっと赤く染まった。

(……ちょっと! 敵相手に欲情しないで下さいよ!)

 桜梨子さんの肩をどつきながら耳打ちする。

(だってクドかれたのなんて十年ぶりぐらいで!)

(なんでキャバ嬢やっててそのザマなんですか! こいつ次第で会社がつぶれるの忘れないで下さいよ!)

(わ、わかってるよ!)

「全部聞こえているぞ。いいけどな」

 泉田はペンを置き立ち上がった。

「さーて。それじゃあ案内して貰おうかな」

 上着を脱ぎ捨てて後ろのSPに渡す。さらに。ネクタイ緩めつつYシャツのボタンを外し始めた。

「ぬ、脱ぐんですか」泉田に問うた。

「男が闘うときは上半身裸って決まっているだろう」

「その世界観は嫌いじゃないですけどね」

「だろう。ところでキミ。名前なんていうの?」

「?? 三上ですけど」

「やっぱりな」

(???)

 アンダーシャツを脱ぎ捨てて褐色の、いやむしろゴキブリのように真っ黒な上半身を露わにする。文句のつけようもない完璧に仕上がった肉体だ。四十を遥かに超えているとはとても思えない見事な造形美である。この男は政務をないがしろにして日々筋力トレーニングのみに力を注いでいる。そう断言することができる。

「素晴らしいですね。全盛期の千代の富士みたいな体だ」

「ハハハ! 今日に備えて一ヶ月徹底的に鍛えておいたからな!」

 今月は臨時国会が召集されるなど大変な状況だったはずだが?

「では案内してもらおうか」

 応接室を出て控室まで案内する。

「こちらが控室になります。置いてある武器はご自由にお使いください」

「あっヤバっ! 体いい! 特に背中! でも会社は続けたいし……はあ……」

 桜梨子さんのセリフは聞かなかったフリをしてあげた。

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