17歳の地図

いりやはるか

17歳の地図

「目的地周辺です。音声案内を終了します」


 カーナビが唐突に言い出した。

待て待て、まだだろ。全然着いてねえだろ。ここどこだよ。


 気がつくと、 あたしは青山の道路のど真ん中に放り出されていた。

 インパネの時計表示は12時15分。

 受付の時間はとっくに過ぎてしまっていて、すでに式が始まるまでもうあと15分と迫っている。

 あたしはこれから高校時代の後輩、みちよの結婚式に出席しなければならない。なんとしても。


 思えば今日は朝から何かが起きそうな気はしていた。

 小学生の頃からずっと使っていた手鏡をうっかり落として割ってしまったし、わざわざ髪をセットしてもらうために朝の7時から開けてもらった美容院ではいつも担当してくれるイケメンがインフルエンザで休んでいたので、代打でやってきたあからさまにやる気のない女に眠そうにセットされた上になんかスタイリングも気に入らないし。

 で、車だ。

 もちろん電車で行けばいいに決まっている。あたしだってその気だった。

ところが、同じく式に出席する高校時代の友人であるマキが突然言い出した一言で状況は一変した。

「ねえねえ、友梨ってお酒飲まないじゃん?今日車出せない?」

マキは今日の二次会の幹事だ。

いわく、二次会でやる「サプライズ」の為には車が不可欠で、今日その車を手配して運転手を勤めるはずだった男の子が急な仕事で参加出来なくなったから、代理の車と代理の運転手が必要である。ついてはあなたにその役割をお願いしたいー


 ふざけんな!おめーが運転しろよ老け顔女!


 と言えるはずもなく、あたしはその電話を美容院を出たと同時に受けながら、頭の中では既に車で式場までは30分くらいだろうとか考えていた。

 確かに、確かにね。

 あたしは同世代の女では珍しく軽だけど車持ってるし、休みの日とかはたまーに自分で運転してますよ?

 けど、それだけの理由で普通頼む?ねえ、頼む?

 あんたって高校の時からそういうとこ全然変わんないよね。そういう「あたし頑張ってるからみんなも協力してね!」的な文化祭感覚。

 結局子供の頃から治らない方向音痴はこんな緊急事態でもきっちり本領を発揮し、カーナビという人類が発明した画期的な文明の利器を持ってもカバーすることは出来なかったわけだけど。

 だから始めての場所に車でなんて行きたくないんだよ。


 おかしい。絶対おかしい。

 あたしはさっきまで青山通りを絶対に走ってた。

何だここは。標識が見つからない。どこだ?同じような建物ばっかり並んでいる。どいつもこいつもおしゃれな服装しやがって。

 あった。標識だ。「外苑西通り」

 なんで?ナビ通りにここまで来たというのに。ナビがあたしに嘘をついたとしか思えない。だから女のナビなんて嫌だったんだ。嘘つき。女は絶対嘘をつく。ナビタイムのCMに出てるヒゲの外人みたいな人に案内して欲しかった。

 すでに冷や汗で脇の下はびっしょりだ。絶対汗臭くなる。慌てて家を出てきたのでカバンの中にデオドラント剤を入れたかどうか定かではない。もし無ければ、会場の近くのコンビニでそれだけでも買わなくては。

 ハンドルを握る手までじっとりと汗ばんできた。

 ワンピースなのに、運転用にわざわざ履いてきたスタンスミスが泣ける。本当は最初から買っておいたかわいいパンプスを履くつもりだったのに。

 電話が鳴った。最近機種変更したiPhoneだ。かわいいと思って設定しておいたデフォルトの「メヌエット」が忌々しい。画面には「マキ」の文字。今にも語尾の半音上がった鼻がかった声が聞こえてきそうだった。

 「友梨今どこー?もう始まっちゃうよ?あ、車大丈夫?」

 うるせー老け顔!

 もうだめだ、間に合わない。

式場まではそう遠くないはずだから、とにかく駐車場見つけて停めよう。

最悪そこからタクシーだ。何やってんだ本当あたし。いっつもそうだ。真面目にやってんのに損ばっかりだ。


 そりゃ親にいつ結婚するんだって心配されるわけだよ。心配して結婚できるならあたしだってやっている。こっちは毎月他人の結婚式出るのが忙しくて自分の結婚のことなんか考える時間なんかないっつーの。

 もう27だよ、30見えちゃってるからね。いっそのこと28とか29なんてしみったれた年齢はいらないから一気に3マス進んで30にしてもらませんかね神様。

 メヌエットがあたしの鼓膜をいらつかせているうちに、不意にこの間起きた下着泥棒を思い出した。


 土曜日の午後。

 あたしは駅前の交番で、恐らく東北地方のものと思われる訛り方のおまわりさんと向かい合って座っていた。

 もちろん道を聞きにきたわけじゃない。

 あたしの下着が盗まれたのだ。

それも、パンツだけ。しかも全部ではなく物色されていたらしい。

あたしがお気に入りだった紺地にドットの入ったヤツはやっぱりなくなっていて、ちょっと古い伸び気味のヤツはやっぱり残っていた。

ブラジャーは全部キレイに残っていた。

 なんで?カップ数の問題?犯人が巨乳好きということだけは明確になっている。

 事の経緯を一応は20代の女子として多少の恥ずかしさと共に何とか話し終えると、その東北出身おまわりさんはめんどくさそうに頷いて調書に


「パンティ」

と書いた。


 下着でいいでしょ下着で。なんでパンティって書くんだよ100万歩譲ってパンツだろ。

 セクハラか。国家権力がセクハラか。

 こんなのばっかりだ。

あたしはきっとこのままいいことなんかなーんにもないまま一人で淋しく死んで行くんだ。そうだそうだそれでいいんだ。

 そんなことを考えていたら泣きそうになってきてしまって、やけくそになって、道に迷い始めてからずっと切っていたカーステのスイッチを入れる。

突然大音量でステレオから音が流れ始めてびくっとなり、舌打ちをする。

若い男の声が絞り出すようにがなり始めた。


「17のしゃがれたブルースを聴きながら

夢見がちな俺はセンチな溜息をついている

たいしていいことあるわけじゃないだろう

ひと時の笑顔を疲れもせず 探し回ってる」


尾崎!


 このタイミングで尾崎だよちくしょう!

 なんだっけこの曲。そうだ、「17歳の地図」。これ作った時の尾崎豊は17歳だったわけだ。

そのあとすぐデビューして20歳くらいで何万人もの前で歌って、27歳で死んだ。

尾崎豊は17歳の地図を描いたけど、あたしは27歳でほんのちょっと先の目的地さえわからないで、この先を案内してくれる(してくれてないけど)カーナビに振り回されてるってわけだよ。

 ねえ尾崎。27歳の地図も描いてよ。

 17歳なんて夢だけ見てればいい年じゃん。

あんただって27歳まできっちり生きてればもっと考えることだって違ってたでしょ?

 養老保険入ったり贅肉落ちにくくなったなとか気にしてジム行くようになったり怪我が治りにくくなったりしてたでしょ?

 死んじゃうなんてずるいよ。生きてる方がずっとつらいんだからね!


 八つ当たりだ。あたしはついに尾崎豊にまで八つ当たりし始めてしまった。天に唾するとはこのことだ。

 尾崎ごめん。また会う日まで、ってそれはキヨヒコの方だ。 

 くだらない。何考えてんだあたしは。

 まずは駐車場だよ駐車場。


「少しづついろんな意味がわかりかけてるけど

決して授業で教わったことなんかじゃない

口うるさい大人たちのルーズな生活に縛られても

素敵な夢を忘れはしないよ」


 メヌエットと尾崎がこだまするカオスなあたしの軽。

尾崎、今あたし27だけど口うるさい大人のルーズな生活に縛られてるよ。

 あんた17でいろんな意味がわかりかけてたんだね。生き急ぎすぎだよ。

どうしようあたし、道もわかんないよ。


「半分大人の、セブンティーンズマッ」

「目的地周辺です。案内を終了します。」


カーナビ女が、尾崎の叫びを食い気味にもう一度冷たく言い放った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

17歳の地図 いりやはるか @iriharu86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る