ポンコツだ半人前だと厳しく育てられました!
後日談 エルフですが、九州でマタギ(?)やってます!
罠の見回りは、毎日行う方がいい。
かかっている鳥獣に、余計な苦痛を与えないために。
猟場に設置した、はこ罠の様子を見に来たあたしは、歓声を上げた。
「おお、獲れてる獲れてる!」
『キャゥン!』
はこ罠には、タヌキが一匹かかっていた。
「ごめんなさい──そして、いただきます」
一度罠の前で手を合わせて──できるだけ手際よく、トドメを刺す。
腰のシースナイフを引き抜いて、生殖器を避けながらお腹に刃を入れる。
お腹を開けると、湯気の立つ内臓があるので、消化器を傷つけないようにしながら取り出す。
……むぅ、やっぱり慣れないけれど、手際はよくなったかな?
内臓を取り出したら、ナイフで手足の周りを一周。
それからお腹のほうへと向かって刃を入れ、毛皮を剥いでいく。
脂を残さないようにすると、毛皮の利用価値が出るので、慎重に。でも、てきぱきと。
「さすがリィルちゃん。一年前と比べると、雲泥の差ですな!」
見て、この綺麗な毛皮!
ダニ一匹いないよ!
生きている間はダニとかが怖い毛皮だけれど、ダニはものすごく頭がいい。
動物が死んだら、すぐに毛皮から離れていくんだよ?
生物ってヤバいよね。
血抜きもやって、お肉もばらして。
ワナを仕掛け直したら、次の猟場へ!
すっかり慣れた九州の山を、あたしは軽い足取りで進んでいく。
途中でキノコを見つけた。
ヒラタケ……だと思うんだけど、自信がない。
キノコは専門家でも間違うぐらい見分けるのが難しくて。
例えば遭難した時、どんなに食べるのに困っても、キノコにだけは手を出すなという格言もある。
「なのでスルー! あたしかしこい!」
自画自賛しつつ、ちょっとだけ懐かしさに浸る。
あれから一年。
たくさんのことがあった。
この国が秘匿して、隔離していたこの山は、もう誰でも入れる普通の山になった。
狩猟も大っぴらに解禁されているけど、狩人さんの姿を見たことはない。
ときどき釣り人さんとあいさつを交わすぐらいだ。
あたしは一人前になったから、猟場を回って、毎日鳥獣と格闘している。
……も、もちろん猟期だけだよ?
秋から春にかけてだけだよ?
ほんとだからね!
一年。
もう、そんなに経つんだ。
あたしだって、少しは成長したもん。
エルフなんだから、すぐには身長が伸びないのと、胸とか大きくならないのは仕方がないの。
そう、これは仕方がない。
あたし悪くない。
「……お?」
冬が間近の山の中。
実りは少ないようで、意外なところにあったりする。
木の枝の間に、ジョロウグモの卵を見つけた。
すっぽりと糸の繭をあけると、中身はザクロの実が詰まったような見た目。
くすんだイクラっぽいという話は、ちょっと又聞き。
そもそもイクラが何なのか、あたしはぶっちゃけわからない。
でも、この卵の味は格別なんだよ。
プチプチ感とチーズみたいな香りがもう絶品。
濃厚な美味いを楽しめる、冬の恵みのひとつなんだ。
問題は、これ自体が沢山の卵──無数の命の塊だから、取りすぎ注意ってことなんだけど……今日は特別に、いただいてしまおう。
あたしはジョロウグモの卵塊を、丁寧に飯盒に仕舞い、猟場をいくつか回って、帰途に就く。
帰ったら、タヌキ汁を作らなくちゃ。
特別な日だから、イノシシとかの干し肉も入れよう。
豪華な食事に心が躍る。
あたしは、庵の扉に手をかけて。
──開けた。
「ただいま──」
「──おかえり」
そこに、彼はいた。
もうすっかり、例の仮面をかぶることはなくなったけれど、あいかわらず偉そうな態度の彼。
ぼさぼさの蓬髪で、無精ひげは相変わらず。
エルフでは見たことがないような、がっしりとした体つきに。
腰にはいくつもの箱が付いたベルトを巻いていて、裾がきゅっと絞られた、カーキー色のズボンを穿いている。
庵の入り口には、編み上げのブーツが投げ出されていて。
ポケットのいっぱいついたベストを着こんで、その上には毛皮を──大きな赤い熊の毛皮を羽織っている。
彼がいた。
傷だらけだけれど、確かに生きている彼が、そこに。
「早かったな、リィル」
「────」
「どうした?」
「うん、なんでもない。なんでもないんだよ。えっとね……このあと、レンヤも来るんでしょ? だから急いで帰ってきちゃった」
「〝Kプラン〟の後釜になるプロジェクトが、どうにか決まったらしくてな。そこに俺とおまえを据えたいんだとさ。なんでも、『ドラゴンが逃げ出したとか』なんとか」
「……あっちの世界では、ドラゴンって空想上の生き物だったんだけど」
「あいにくだな、こっちでもだ」
なにをさせられるんだろう、あたしたち……。
「それにしても、早いね。もう一年経つんだよ?」
「ああ、一年経った。今日が、あいつの命日だ」
「……ひとりぼっち、だったのかな?」
「うん?」
コディアックは。
あのヒグマは、本当に恐ろしいバケモノだったけど。
もしかしたら、こっちに来たばかりのときの、あたしとおんなじだったのかもしれない。
不安で、孤独で、頼る相手がいなくて。
だから──
「なんてさ、そんなこと考えるのは、コディアックに失礼かもしれないけど」
「いや」
彼は、ゆっくりと首を振りながら、あたしの言葉を肯定した。
「きっと、そうだったんだろう。だから──あいつは家族を探したんだ」
「家族を?」
「いつでも殺せる相手を、殺さなかった。他は玩具のように皆殺しにしたのに、そうしなかった。それが、たぶん証明だろう。一緒に生きていたいと、添い遂げたいと願える相手を、きっとあいつは、ずーっと探していたんだなぁ」
彼は言った。
ヒグマは嗅覚に優れるから。
一度覚えた臭いは忘れないから。
「おまえは本当に、神さまのお嫁さんで──臭いエルフ、だったのさ」
寂しそうな。
でも、少しだけうれしそうな顔で、彼はうそぶく。
思い当たる節はたくさんあって。
なにより彼の表情が、まるで迷子みたいで。
あたしは、堪え切れなくなって、抱き着きながら、明るい声を出した。
「あ、そうだ! お土産にね、ジョロウグモの卵を貰ってきたの!」
だからさ。
だから、ね?
「一緒に食べようよ──天狗さん!」
あたしの名前は、リィル・イートキル。
天狗さんが教えてくれた祈りを、胸に刻んだ最後のエルフだ。
「……そうだな。ああ、食べなくちゃな。それじゃあ」
「うん」
生きるために食べろ。
生きるために殺せ。
生きるためには──
「「いただきます!」」
生きるためには──
「生きているって、最高だね──天狗さん!」
あたしは今日も、この山で生きていく。
今日も、明日も。
可能な限り、死を選ばなかった彼と一緒に。
エルフだけど、九州で、マタギとして生きていく──
エルフですが、九州でマタギ(?)やってます 終
EAT KILL.NEED GET LAW.Survived, so it's over!
エルフですが、九州でマタギ(?)やってます #エルマタ 雪車町地蔵@カクヨムコン9特別賞受賞 @aoi-ringo
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