決意の蒼
「春!いい加減話聞けって!」
「嫌だ、話しかけてくんな、ついてこないで!」
「それはお前が話聞いてくれないからだろっ、て!」
グレーのスカートをひらひらさせながら海沿いを逃げるように走っていた私は、同じグレーの制服を着た男子に腕を掴まれる。
「触んないでっ」
「離したらお前二度と聞いてくれないだろが…はぁ、お前…なんでこんな暑い日に走らせるんだよ…」
「いーやーだっ!はーなーしーてー!触るなー!」
何故こんなに駄々っ子のように嫌々しているかというと…
─遡ること数時間前─
私は学校を抜け出そうとしていた。というのも、今日はお父さんの月命日だからである。普段の月命日じゃ学校を抜け出そうだなんて思いもしないけれど、今回は特別なんだ。次の月命日は海に行くって決めてたんだ。この前お母さんが海に連れてってくれて、ネイルの
だから、午後は授業1教科しかなかった(しかも半分以上寝てるようなやつだけだ)から抜け出そうと思った。幸い学校は午後に授業が無かったら帰って良い制度だから『午後は帰ります』といった風に歩いていれば咎められる事も何もない。ただ出席日数を満たしていればOK。だから大丈夫!
…と思っていたんだけど一つ問題があった、というか問題が起きた。
「浅井ー、お前帰るの?次授業あるだろ」
へ?何で私が次サボろうとしてることを分かる人が…?!後ろには誰も居ない、ともなれば有りうるのは…上!
2階から見下ろすようにしていたのは
極力コイツには関わりたくない、というのが本音で。何故って…?クラス1の問題児だからよ!とはいえ飲酒・喫煙・暴力とかそういう系統の問題児ではない。金髪だけど。授業中にずーーーーーーーっと誰かに話しかけてないとダメなタイプ。その癖してテストは学年トップクラスだから本当にムカつく。そしてこんなやつと幼馴染だから尚更ムカつく。生まれたときからずっと一緒。幼稚園も、小学校も、中学校も…ほんと何で高校まで一緒なの?!健太ならもっと偏差値上の高校余裕だったでしょ?!
と、まぁとことんこの男とは利害が一致しないから半分諦めの境地ではあるけれど…関わらないのが一番、と。
普段なら「体調不良だ」とか言って誤魔化すことは出来ただろうけれど、今日は急いでいたこともあってすぐに誤魔化せなかった。何も言わずに帰ろうとする。
「あっ、待って待って、ちょっとそこいて!」
知るか、さっさと海行かねば。こんな奴ほっとこう。
私は高松を無視して駅まで走った。今までで一番早いんじゃないかってくらいに。駅までは普通に歩いて10分、これ5分でいけるな、次の電車でいこう!!
駅の改札も階段も猛ダッシュしてホームに向かう。ふぅ…なんとか間に合った…というより電車発車するまでまであと3分もあるんだけどね(笑)
「浅井ー…あっ、いたっ!」
へっ、高松?!さっきまで学校にいなかったっけ?何でついて来てんの?!
走ってきたのか、顔を真っ赤にした高松も同じ車両に乗ってくる。
「何で逃げんだよ…」
「いや何でついて来んだよ…」
「それはお前が走り出すから…」
いや何でだよ、つかついてくんなよ。普通にイラッときてるんですけど。
「何で今日授業サボるんだよ。お前今までどんなにダルい授業でもサボってなかったじゃん」
「あー…言わなきゃダメですかね、ていうかついて来ないでください」
「何でついてっちゃダメなんだよ、別にいいだろ」
良くねぇから言ってんだろが。ほんとふざけんな。今から私はお母さんとお父さんの(恋愛の)聖地巡礼するんだよ、お前がいちゃ意味無いんだよ。
平日のこの時間だからか、車内にはほとんど人がいない。しかも辛いことにこの車両には二人しかいない。ほんとなんなんだよ。今日占い最下位だったっけ?
「1番線ドアが閉まります、ご注意ください」
プシュー、と音を立ててドアが閉まる。がったごっとと動き出した電車は無言の私たちを乗せて動き出す。いつもは電車のドアの横で椅子との境の板に寄りかかって1人で本を読むんだけど、今日に限って本を忘れた。何で目の前に汚物がいるのに忘れるの、私ほんとに馬鹿。
いつもの見慣れた景色を通りすぎ、何駅通り過ぎただろうか。ドアが開くと潮風の匂いが入ってくるようになった。海は近い。
…次の次の駅についた瞬間ダッシュして、海岸沿いの女子トイレに入ってこいつをまく。最大の難所は海までのダッシュ。ここで追い付かれれば私に勝ち目はない。だからこそ、スタートダッシュが肝心だ。
「次は~七里ヶ浜~七里ヶ浜~」
よし、次。電車がスピード落としてきた…よし、3・2・1、Go!!
プシュー、と音を立ててドアが開いた瞬間私は走り出す。何とか高松に気づかれるより先に走り出すことができた。うん、この調子…!
「おいっ、浅井!待って」
誰が待つかボケ。海までノンストップだ。
とはいえ、ついこの前までバスケ部だったやつに敵うわけもなく…あっさり腕を掴まれた、というわけだ。そこで最初に戻る。
「ハァ…やっと落ち着いてきた。春、お前何でそんなに逃げたんだよ」
「名前で呼ぶなっつってんでしょ!このクソ健太!」
「幼馴染みなんだからいいだろ…つかお前も名前呼びに戻ってんじゃねえか」
は?マジ?キモ。無理。何で?マジキモい。自分でも信じられない、何で名前呼びに戻ってんの?!
かくいう私も小学校までは高松のことを健太、と呼んでいた。でも、中学のときにこれが原因で数人の女子に虐められる原因になったのだ。何となく予想出来るでしょう?そう、「何であんたが高松君と親しげなのよ」的なそれである。勿論体育館裏で対3人とかいういかにも、なやつだった。別に付き合ってもないし、そもそも腐れ縁でこっちだって辟易してんだから名前くらい自由に呼ばせろや、とも思ったけど、それが態度に出ていたらしい。リーダー格と思われる女は、私の方が高松君のこと好きなのに…とかなんとか言ってその日は帰っていった。次の日からが地獄だった。ことあるごとにヒソヒソと陰口を言い、グループ決めでは誰も私と組まない、弁当は昼までに中身がゴミ箱に捨てられて、ローファーは池の中、教科書は全部ビリビリ、机は『死ね』と彫刻刀で傷つけられ…まぁ全部典型的なやつだったから途中から笑っちゃったけどね。それも気にくわなかったらしく。
それ以降は健太に「お互い名前で呼ぶのもうやめよう、やめてくれ」って言ってそれ以降呼んでなかったのに…不覚。
「マジキモい、帰れ、今すぐ帰れ」
「分かった、理由聞いたら帰るから!」
「理由も聞かずにさっさと帰れ!」
ほんとしつこい。こんなに嫌悪感を露にされてるのにまだ居座ろうと?おふざけも大概にしとけよこの野郎。
「…分かった、ならこっちにもひとつ案がある」
そう言って健太がスラックスから取り出したのは黒のスマホ。…ん?何すんの?
そう思った矢先、健太はあろうことか、私のお母さんに電話をし始めた。
「もしもし葉菜ちゃん?健太だよ。あのさー、春が海に走っていくからついていったんだけど、どうしても理由を教えてくれないんだよね」
「ハァ?!あんた何でお母さんに電話してんのよ!」
「…え、うん。分かった!了解です~じゃあまた後で」
こいつ…話聞く気ないだろ…。
「はい、行くよ。近くのカフェかなんかで待ってろって。葉菜ちゃんがなんか奢ってくれるってよ」
「何でお母さん呼んだの…ほんとに迷惑」
30分くらいしてお母さんが海岸沿いの喫茶店にやって来た。
「やっほ、健太。篤史くんとタカちゃんは元気?」
「元気過ぎて毎日うるせぇくらいだよ(笑)」
お母さんと健太のお父さんである篤史さんは大学のときからの友達なんだとか。お父さんと仲良かったからそれで友達になったらしいけど。タカちゃんっていうのは健太のお母さん、
「で、何でお母さん来たの」
「たまたまこっちの方に用事があったから。ちょっと抜けさせてもらった」
いや、質問の答えにはなってないでしょうよ。
「そうそう、何で春は海に行こうとしてたの」
「ハァ…マジで言いたくない」
「今日月命日だから、違う?」
…お母さんにはお見通し、ってことか。
「そうだよ、だから聖地巡礼」
「ははーーん、なるほどね」
「待って、俺全く話の流れが読めないんだけど?!」
わからんでよろしい。分かられてたまるか。
「葉菜ちゃん、これどういう話??」
「…あとは若いお二人で話しなさいな、お金は払っとくから」
と、アイスコーヒーだけ飲んでものの数分でお母さんは帰ってしまった。結局なんだったんだ。
「なぁ、結局何でお前は海に急に来ようとしたんだよ」
「急じゃない!!あんたは分かんないだろうけど…今日はお父さんの月命日なんだよ!」
「そっか…でも俺も一緒にいきたいって言ったら怒るか?」
な、何でそこまでしてついてこようとするかなぁ…こいつをまくのも大分疲れたし…ちょっとくらいいいか。
「わかったわかった!降参だよ!」
「で、どこに行くんだ?」
「すぐそこの海岸。ちょっと海沿い歩ければいいや」
そして二人で頼んでいたクリームソーダをゆっくり楽しんでからお店をでる。久々にクリームソーダなんて飲んだなぁ。これしばらくまたハマりそう。
ジリジリと焼けるように暑いけど、時々吹く海風が心地良い。
「あっつ…日焼けしそ…」
「あんた日焼けとか気にするタイプだっけ」
「俺真っ赤になんだよ…痛いんだよな。だから外部活やめた、ってのもあるし」
へぇ…そうなんだ。18年目になるこの幼馴染みにとことん興味なかったんだなぁと改めて気づかされる。ごめんよ(笑)
「このへん、かなぁ」
「何が?」
「…お父さんがお母さんにプロポーズもどきをしたとこ(笑)」
「へぇ…って俺こんなとこ来ちゃって良かったのか?!」
だから来んなっつったんだろこのアホ。
「…お母さんさ、どんなに仕事忙しくても青のネイルだけは欠かさないじゃん」
「あー、たしかに。葉菜ちゃんジャージで彷徨くタイプなのに爪だけは綺麗にしてるもんな」
「その色はお父さんに一緒に住む?って言われた時の海の色、あとそのあと二人で作った手作りキャンドルの色なんだって」
「そうだったんだ…」
だからこそ、私は来なきゃいけなかったんだ、進路決まる前に。
「そういえばさ、健太は進路どうすんの?」
「えー…まだなんも…高3でこれはやべぇなとは思ってるけど。春が行く大学いこっかな(笑)」
「私大学は行かないよ」
「へ?」
なんて間抜けな顔してんのよ…でも私は変えるつもりなんてないからね!これは私の夢で、お父さんの夢だ。
「私、ネイリストになる」
「は?!マジで…?」
「マジで。お母さんのネイル、年々上の立場になるにつれて、忙しくなって荒れてきてるの。お父さんからの手紙をこの前見つけちゃったんだけど、『葉菜の爪の色は綺麗で好きだった』って書いてあった。いつまでもお父さんに好かれるお母さんでいて欲しいから、私がケアできるようになりたいの。他の人とコミュニケーションとるのも嫌いじゃないし、向いてると思わない?」
「そうか…」
お母さんの為、っていうのが最初の理由ではあるけど、誰かの役にたてて、笑顔が見れて、しかも自分が好きな事なんてまさに天職じゃない?最高だと思うの。
何故か健太はしばらく腕を組んだまま考えこんでいた。何をそんなに考える事があるのかな?
「決めた!」
「急になに?!」
覚悟を決めた、という風に高らかに宣言する。
「俺は大学いく、それもわりと偏差値上の大学。東大とかは無理だからもうちょっと下になるけど。そんで学歴つけて、いいとこに就職する!」
「なんで急に?今までのアンタならついてくるとか言いそうなものなのに」
「…バカ、わかんねぇのかよ」
は?コイツにバカ呼ばわりされるのはすんごい腹立つんですけど??いや、実際コイツよりバカだから仕方無いんだけどさぁ…でも幼馴染みに言われるのほどムカつくもんはないわ。
「ネイリストってったってそんなに手取りはよくないだろ?」
「そんなの分かってるよ!ていうかそれとこれとは話が別でしょうが」
「…お前、ほんとバカ。マジでバカ、救いようの無いバカ」
は?!マジでなんなの?!そんなバカバカ言わなくてよくない?全然話の流れが読めないんだけど…。
健太はハァー、と心底呆れたようにため息をついて、深呼吸をする。何よ…?
「好きな人の為ってんなら頑張れんだろ」
「え、好きな人いたんだ」
「…マジで?鈍感にも程があるぞ?」
え?何の話?
「だから!春の為なら頑張れるっつってんだよ!!」
…へぇ…って、え?
え?
ええっ?!
マジで?
健太は顔を真っ赤にさせながら言う、
「…んだよ、黙ってないでなんか言えよ」
「…いや、驚きすぎて…マジかぁ、意外」
「意外ってなんだよ」
えー、だって、
「いつもバカバカ言ってくるし私の事は女子ととらえていないもんだと思ってた」
「あ、あれだよ、好きな人ほど…」
「つっかかりたくなる?(笑)」
「悪いか?!」
こんな顔真っ赤にして素直なの幼稚園以来とかじゃない?なんかちょっと可愛い(笑)
「で?」
「で?って、何が?」
「鈍感って…アンタも大概じゃん(笑)で、私に告白みたいなのしといて、結局どうしたいのさ」
「おっ前…言わせるか?」
だって言われなきゃ分かんないでしょう?人生で一度も告白されたこと無いまま死にたくないもん。
ただでさえあり得ないくらい真っ赤だった健太の顔が、今にも噴火しちゃいそうなくらい紅潮する。
「…っ、お、俺と」
「うん?」
「…付き合ってください」
「よく言えました~!」
バカにすんな!って睨まれてる気がするのは気のせいかな?まぁそんな君にはご褒美をあげようか、
「※?#☆@□◎¥$%※?!」
っはぁ、って、何をそんなに怒ってるんですかね?
「き、急になにすんだよ!」
「え?
「…初めてだし、そのうち俺からいこうとか思ってたのに」
「あら残念。でも喜んで?私も初めてだから」
あれ?手で顔を覆うほど嫌だった?耳まで真っ赤ですけど?
「ハー、俺、将来が怖い…」
「なんでよ」
「春の尻に敷かれる運命しか見えない…」
そこは俺がリードする!とかじゃないんだ(笑)まぁそうなる気しかしないけどさ。
「じゃあ改めて、これからもずっとよろしくね?」
「え?は?ずっと?!」
「なに言ってんの、お父さんの月命日に、それもお父さんとお母さんの思いでの地で告白しといて逃げる気?一生お世話になるつもりだったんだけどなぁ、養ってもらうつもりだったんだけどなぁ」
「…前途多難だなぁ、頑張ります」
両親の思い出の地から私たちの思い出の地となった海岸に吹く風は不思議と甘い香りがした。
小さく泡をたてながら押し寄せる波は白く、海はエメラルドに光る。それはさながら喫茶店クリームソーダのようで…
Fin.
コップの中の漣 東雲 彼方 @Kanata-S317
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