女子力男子は幼馴染のキューピッドになるか?

無月兄

女子力男子は幼馴染のキューピッドになるか?

いつき、私にチョコの作り方教えて」

 いきなりそんな事を言ってきたのは、同級生の美緒みおだった。美緒とは家が近所という事もあって、物心がついた頃には仲良くなっていた。そして高校生になった今でも、その縁は変わらず続いている。

 そう言う訳で美緒とは長い付き合いなんだが、俺の知る限りコイツがお菓子を作りたいなんて言い出したのは初めてだった。


「お願い。来週までに作れるようになりたいの」

 来週。ずいぶんと急だなと思ったが、カレンダーを見て納得がいった。来週月曜日は2月14日、つまりはバレンタインだ。

 思わず俺はため息をつく。


「高瀬先輩、まだ諦めてなかったのか?」

 作ったチョコを誰に渡そうとしているかは分かっている。美緒がマネージャーをやっているサッカー部の先輩で、前から好きだという事は聞いていた。だけどハッキリ言ってその想いが成就するとは思えない。

 だって――


「いいでしょ。私が誰にあげても樹には関係ないじゃない」

 俺の思考を遮るように、美緒は頬を膨らませながら言う。作り方を指導するなら俺は全くの無関係ではないと思うのだけど。

「何で俺なんだよ。作りたいなら一人で作ればいいじゃないか」

「だってレシピ見ただけじゃ上手く出来るか分からないし、樹なら女子力高いから作り方知ってるでしょ」

「女子力言うな」


 確かに俺は共働きの両親に代わって、小さい頃から料理をすることが多かった。だけどそれはあくまで必要だからやっただけ、言うならば家事力だ。だいいち、男が女子力高いと言われても嬉しくもなんともない。

「だって樹、普段の食事だけならともかく、ケーキやクッキーだって作ったことあるじゃない。それってもう立派な女子力じゃないの」

 俺の抗議もむなしく、美緒は全く悪びれる様子も無く言った。

「それより、チョコの作り方教えてくれるの?くれないの?」

 真っ直ぐに俺を見据えながら聞いてくる。こうなると美緒は頑固だ。断っても最終的に押し切られるのは長年の経験で分かっていた。

 渋々ながら俺は了承するしかない。


「しょうがないな。教えれば良いんだろ」

「本当!ありがとう」

 さっきまでとは一転して満面の笑みを浮かべる。ほらこれだ。そんな顔を見せられたら断るなんてできないじゃないか。


「そもそも、俺がお菓子作り始めたのは誰のせいだと思ってるんだ」

 ボソリと呟いたセリフは彼女の耳には届かなかった。




              ◆◇◆◇◆◇◆




 こうしてチョコ作りを教えることになった俺は、バレンタインの前日、美緒の家へとやってきた。昔は何度も出入りしていたこの家も、成長するにつれ次第にその回数は減っていた。通されたキッチンを見るのも随分と久しぶりだ。


「材料は揃えているな」

「うん。言われた通り多めに用意しておいた」

 美緒はチョコどころか料理の経験自体ほとんどなく、家庭科の授業であった調理実習くらいだ。おかしな所があれば逐一指導するつもりだけれど、失敗した時のことを想定しておいた方が良い。


 今回作るのはチョコブラウニー。まずはチョコを刻む所から始めるのだけど。

「包丁の持ち方がおかしい!手元を見る!指を伸ばすな!」

 美緒の包丁さばきはスリル満点だった。これは指導を引き受けて正解だった。俺がいなければ、きっと出来上がったチョコからは血の味がしただろう。もちろん大変だったのはそれだけではない。


「チョコを溶かす時は直接火にかけずに湯せんする!」

「分量はきちんと量れ。決して目分量でやろうとするな!」

「混ぜ方がなっていない!」


 我ながらきつい言い方をしているという自覚はあった。だけどそうしなければまともに完成させることはできないだろう。それくらい美緒は不器用で大ざっぱで料理には向いていなかった。

 さすがに言いすぎたかもしれないと、言った後に反省もした。だけど美緒は文句一つ言わず、黙って俺の言う事を聞き入れていた。普段はちょっとしたことでもすぐに反論してくるのにというのに。


 美緒生地を混ぜる途中、手首が痛くなったみたいで何度か曲げ伸ばしをしていた。慣れないうちはよくあることだ。

「きついなら変わろうか」

 ついそんな事を言ってしまった。俺はあくまで教えるだけで、実際に作るのは美緒。そう言う約束で始めたけど、これくらいなら手伝っても良いんじゃないかと思った。だけど美緒は首を横に振った。

「ううん、私がやる。全部一人で作りたい」

 そう言って再び生地を混ぜ始める。美緒がこんなにも一生懸命になるだなんて、俺の知る限りでは初めてのことかもしれない。そんなにこれを高瀬先輩に渡したいのか。そう思うと、なんだか胸の奥がモヤモヤしてくる。


「後はオーブンで焼けばいいんだよね?」

 美緒の言葉に我に返る。変なことを考えていたせいで、つい目を放していた。

「ああ。余熱はしてあるよな。もう入れて大丈夫だ」

 生地をオーブンに入れ、待つこと25分。

「焼けたかな?」

「熱いから気をつけろよ」

 ゆっくりと生地を取り出す。これで完成だ。熱とともに甘い香りが漂ってきて俺達の鼻孔をくすぐった。

「これ、ちゃんとできてるよね?」

 美緒が恐る恐る俺の方を見る。

「ああ。完成だ」


 作っている間はどうなる事かと思っていたけど、何とか完成させることができた。大変だっただけに、普段自分が作る時よりもはるかに達成感があった。

 俺でさえそうなのだから、美緒の喜びようはそれ以上で、自分で作った事が信じられないといった様子だ。

「ありがとう樹。これで先輩に渡せるよ」

 だけど美緒がそう言った時、胸の中にあったモヤモヤがさらに大きくなった気がした。

 高津先輩に渡す。それはとっくに分かっているのに、あらためて聞いて、さっきまでの高揚から一転して、体が冷めていくのを感じた。


「なあ美緒。それ、本当に高瀬先輩に渡す気か」

 思わず、そんな言葉が口からこぼれた。しまったと思った時には既に遅く、美緒の耳にもしっかりとそれは届いていた。

「そうだよ。なんで今更そんなこと言うの?」

 そう、確かに今更こんな事を言っても仕方が無いだろう。俺も、本当なら言うつもりなんてなく、美緒のやりたいようにさせようと思っていた。

 だけど、いざこうして出来上がって、先輩に渡す所を想像すると、どうしても言わずにはいられなかった。


「だって、先輩にはもう彼女いるんだぞ」

 そう言った瞬間、美緒の表情がクシャリと歪んだ。やっぱりこれは言うべきじゃなかった。そう思ったけどもう遅い。仕方なく俺は言葉を続けた。

「……美緒だって、知ってるだろ」

 俺がそれを聞いたのも美緒からだった。その日の美緒は珍しく沈んでいたのでどうしたんだと聞くと、うっすらと涙を浮かべながら、先輩に付き合っている人がいたんだと話した。


 それが一ヶ月ほど前の話だ。美緒はまだ先輩のことを忘れられないでいる。だけど、美緒がこれを先輩に渡したところで、その想いは届かない。それは美緒自身が一番よく知っているはずだ。

「うん。無理だって、ちゃんと分かってる」

 美緒は静かにそう言った。

「だったら何で?」

 そんなの無駄に傷つくだけじゃないか。

 美緒は肩を落とし、小さく顔を伏せた。手は固く握られ、小刻みに震えている。

「私馬鹿だからさ、諦め方がわからないんだ。あれから一ヶ月もたつって言うのに今でも未練があるし」

 小さな声でポツポツと語。足元に小さな滴が落ちたことに気づいた。


「直接先輩の口から断られてたら、そしたらきっぱり諦められるかなって思ったんだ」

 顔を上げた美緒の目には涙で一杯だった。

 その涙を止めてやりたいと思うけど、俺にはどうすることもできない。それが悔しくて思わず拳を握り、そのまま黙って美緒の言葉に耳を傾ける。

「それにね、私が先輩を好きだって気持ちは知ってほしいって思ったんだ。先輩にしてみれば迷惑かもしれないけどね」

 美緒は手で涙をぬぐうと、無理やりに笑顔を作った。今まで何度も見てきた、頑固で融通がきかなくて、真っ直ぐな顔だった。

 まただ。そんな顔をされると、つい背中を押したくなる。


「迷惑なわけないだろ」

「え?」

 俺の言葉に、美緒が驚いた表情をする。

「あんなに頑張って作ったんだ。迷惑だなんて思う訳ないだろ」

 それは何の根拠もない言葉だ。先輩が本当はどう思うかなんて俺には分からない。だけど、震えながら、それでも想いを伝えようとする美緒を見ると、そんな言葉をかけてしまう。

「ちゃんと渡してこいよ」

 そう言って、美緒の頭を撫でるようにそっと叩いた。




         ◆◇◆◇◆◇◆




 2月14日の放課後。俺の隣には美緒の姿があった。待ち合わせをしていたわけじゃない。学校を出ようとする俺を美緒が追いかけて来て、何も言わずに俺の隣に並んだ。

 美緒の手からは、朝登校した時に持っていたチョコブラウニーの包みはすでに無くなっていた。

「あのさ……」

 ようやく、美緒がポツリと呟いた。思えばこれがチョコ作りをしてから初めての会話だった。

「一応、樹にはちゃんと報告しておいた方が良いと思って」

 それは分かり切った結果だった。だけど俺は何も言わずに、ただ美緒の言葉を待つ。


「振られちゃった」


 驚くほどあっさり、美緒はそう言った。その顔は意外なほどにすっきりしてて、とても昨日あんなにも涙をこぼしていたやつとは思えなかった。

「そうか」

 なんて言葉をかければ良いのだろう。実はずっとそればかりを考えていた。なのに、いざ本人を前にすると何も言えなかった。


「それだけ?慰めの言葉とかないの?」

 だからそんな事を言われても困る。用意していた言葉が全部吹っ飛んでしまったのだから。

「それで、諦められそうか?」

 やっと出て来たのはそんな言葉だった。

「まだ分からない。でも、ちゃんと先輩に好きだって伝えられて良かったと思う。なんだかすっきりした」

 そう言った美緒の顔は晴れやかだった。


「伝えられて、良かったか?」

「うん。結果は変わらなくても、伝えた方が絶対にいいよ」

「そういうものか」

 そっけなく答えると、美緒はまた冷たいと言って頬を膨らませた。この調子なら吹っ切れるのにそう時間はいらないかもしれない。

 そうしている間に互いの家が近付いてきて、美緒とはここで別れることになる。

「じゃあね。今日はありがとう」

 美緒はそう言って自分の家に歩いて行こうとする。だけど、俺はそれを呼び止めた。


「待って!」

 キョトンとする美緒に近づくと、俺は持っていたカバンを開け、中に入っていた包みを取り出した。顔が熱くなっていくのがわかる。

「やる」

 それだけを言って包みを美緒へと差し出す。言葉足らずなのは分かっているけど許してほしい。なにしろ緊張して頭の中が真っ白になっているのだから。

「何これ?」

 美緒はますます不思議そうにしている。

「逆チョコ」

「逆チョコって……えぇっ!」

 美緒が驚きながら素っ頓狂な声を上げる。俺からそんなものを貰うだなんて思ってもみなかったのだろう。


 それは、昨日美緒の家から帰った後、急いで作ったものだ。中身は美緒の家で作ったのと同じチョコブラウニー。

 混乱している美緒の手に、強引にそれを押しつけた。

「俺、美緒が先輩のこと好きなら言うべきじゃないって思ってた。だけど、俺も美緒にちゃんと知ってほしいから言う」


 本当は、この想いはずっと隠しておくつもりだった。だって美緒には他に好きな人がいるから。

 だけど振られることが分かっていて、それでも気持ちを伝えようとする美緒を見て、俺もこのまま想いを隠し続けるのは嫌だった。


「好きだよ美緒。ずっと前から」

 その想いはいつのころからあったのだろう。いつも近くにいた女の子を、気が付いた時には好きになっていた。お菓子作りだって、最初は美緒に作ってくれとせがまれたから始めたものだ。

 だというのに。


「えっ……だって……樹が、私を……」

 本人はこれっぽっちも気づいていなかったみたいだ。分かり切っていた事だけど。


「でも、私今失恋中で……急にそんなこと言われても……」

「わかってる。でもゆっくりでいいから、これから俺とのこと考えてくれない?」

 どんなに時間がかかったって良い。それでも、ただの友達だった今までと比べると大きな進歩だ。


 美緒、お前の想いは実らなかったけど、俺の心を動かしたんだぞ。どうせ叶わないと思って何もしなかった俺に、それじゃダメだと教えてくれたんだぞ。


 慌てふためきながら真っ赤になる美緒を、俺は見つめた。

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