ふたつめのこぶをもらったおじいさん

いつものむかしばなしのあらすじ↓

あるところにほっぺにおおきなこぶのある

やさしいおじいさんといじわるなおじいさんがいました。

ある日、やさしいおじいさんは鬼の宴会に迷い込んでしまいました。

「一生懸命踊るので、どうか命だけは。」

「そうか、やってみろ。」

鬼たちはそれを見て楽しそうに笑います。

「お前、面白かったぞ。明日も来い。それまでこのこぶは預かっておいてやる。」

やさしいおじいさんのほっぺのこぶをぽんっと抜き取ってしまいました。

そのおはなしを聞いたいじわるなおじいさんは

「明日は俺が行く。」と言って強引に代わりに鬼のところへ行きました。

しかし、いじわるなおじいさんの踊りはへたくそで鬼は怒って

「もういい。こぶは返してやる。」とおじいさんにこぶを戻してしまいました。

いじわるなおじいさんのこぶはふたつになってしまいましたとさ。


******

「見た?あの顔。いつも意地悪してるんだから、ざまあみろってのよね。」

「そうよ。悪い人にはあんな顔がぴったり。よく似合ってるじゃないの。おもしろい。」

こぶがふたつになってからそんな話ばかり聞こえてくる

面と向かっては言いにこなくったって馬鹿にされてるのくらいわかってるさ

下を向いて畑仕事に精を出した

「おはよう。元気そうでなにより。」

のんきに俺に話しかけてくるのはこぶがなくなったほうのおじいさん

「うるさいな。」

お前に言われたくない。元気なわけないだろこんなものふたつもつけられて。それでも働かなくっちゃ「だからふたつもこぶがつくのよ、みっともない」なんて言われるんだから仕方ない。

お前はいいだろ。みんなに「よかったね。」って声かけられて。

こんな性根の腐ったのにまであいさつするいい奴だって思われたいのか。

どこまで欲しがれば気が済むんだよ。


村に同じようなこぶのあるふたりのおじいさんがいた

ひとりは明るくておおらかな人間だった

もうひとりは不器用で口下手な人間だった

たったそれだけだと思っていたのにいつのまにか信頼性も社会性もひとりのおじいさんのほうに集まっていった

野菜がたくさんできたからもらってちょうだい

少し余裕があるからあなたの畑も手伝うわ

留守にする間こどもたちを見ててくれないか


なんであいつばっかり

同じじゃないか。俺もあいつも。

人付き合いが少し得意か、苦手なだけじゃないか。

そう思っていたのに

ついにこぶさえもなくなった


ひとつぐらい、あいつより得意なものが欲しかったな


次の日、俺は鬼のところへもう一度行った

「頑張って上手に踊れるようになったら、このこぶをとってください。」

あいつよりはうまくならないかもしれないけど、このこぶをとってもらうにはそれしかない。

頭を下げる俺をみて鬼たちは目を丸くし、そして大きな声で笑った

「お前面白い奴だな。」

「え?」

「ちゃんと俺たちのところへ戻ってきた人間はお前が初めてだ。そのうえ、殺さないでくださいじゃなくて、踊りを上手に踊れるようになったらこぶをとってくださいだと。俺たちのために踊りの練習までするつもりか?」

「は、い。」

「なんだそりゃ。気に入った。一緒に酒でも飲むか?」

「え、なんで?」

「お前となら楽しく酒が飲めそうだなと思っただけだよ。」

鬼は半ば強引に俺に盃を持たせるとなみなみと酒をついだ

「ほら、飲め。」

促された通り透明な液体を口に含む

口当たりはなめらかでほのかに甘い。

「うまい。」

「そうだろう。そうだろう。鬼の酒はうまいんだ。人間にもこの良さがわかるか。鬼ってのはな―」

よくしゃべる奴らだ

酒でまどろんだ頭にはおぼろげにしか内容が入ってこないが、それをわかっているのかいまいか、相槌を打つだけの俺を輪に入れてたいそう盛り上がっている。


「あ、そろそろ。」

空が白んできている。朝が近い。

「俺らは寝床へ帰るから、お前も村に帰れ。明日も来いよ。絶対だぞ。まだ人間に話したいことも、人間から聞きたいこともたんまりあるんだ。」

「うん。」

「今日はお前のおかげで楽しかった。ありがとな。」

「こちら、こそ。また。」

「おう。またなー。」

鬼が俺に向かって笑って手を振っている。

ありがとう。だって。

そんな言葉久しぶりにかけられた。

この口下手のせいで誰とも仲良くできなかった。何も器用にできないと思っていたのに、今でもそれは変わらないのに

こぶがどうだ、話し方がどうだ、あの人のほうが明るい、あの人のほうが優しい

見下すことも、比べることもせず、輪の中に入れて一緒に酒を飲んでくれた

心が温かくてくずぐったいのはいつぶりだろうか


村に帰る頃には夜が明けていた

「ただいま」

家の扉を開けると台所にはすでに朝食の準備を始めていた妻がしなびた大根を切りながら立っていた

「遅くなって、」

すまないというより先に妻は鬼でも見たような悲鳴をあげる

「ひぃぃああああ‼‼」

「なんだよ。」

「あなた昨日鬼のところへ行ったのに、どうして酒の匂いがするのよ。夫の皮をかぶった鬼なの⁉それとも鬼に食われて鬼になったあなたかしら?」

「なんでそうなる。」

自分の手や足を見てみたが何も異常はないし額から硬いものが突き出ている様子もない。ついでに言えばとってもらいそこなったふたつのこぶもしっかり残ったままだ。

「いやああ。助けて!誰か、誰か‼」

錯乱状態に陥った妻は手にもっていた包丁を振り回しながら叫び続けている。

「ちょっと待て。落ち着いて話を」

する余地はないらしい。

瞳には恐怖の色が宿っているだけだ。騒ぎを聞きつけた近隣の住民も続々とあつまってきて俺を囲んだ。

「鬼よ‼鬼が出たわ‼」

「だから違うって。それに鬼だって悪い奴らじゃなかった。」


おい聞いたか。鬼をかばったぞ。やっぱり鬼に食われて鬼になったんじゃないか。

日ごろの行いが悪い奴はそうなる運命なんだ。

どうする。やってしまうか。

いや、でももし違っていたら。

かまやしないさ。もともと誰からも好かれちゃないだろ。せいせいするだけだ。


口をはさむ余裕もないまま話が明後日の方向へ向かっていく

止めたいのに、きちんとわかってほしいのに。いざとなったらさらになにもしゃべれない自分がもどかしい。

妻の目は大きく見開かれて血走っている。

しっかりと両手で包丁の柄を包み俺のほうへ向かって走ってきているのが見える。動きがやけにゆっくりに見えるのにもかかわらず俺の四肢は全く抵抗しようとしない。

どうしよう。約束したのにな。また明日なって言ってもらったのにな。うれしかったのに。

ごめん、もう無理そうだ。

あっけないな。それなら名前くらい聞いておけばよかった。鬼にも名前なんてあるのかな。


「おい、面白い人間。鬼ってのはなこういう生き物だ。なーんにもしてないのに、叫ばれたり刺されたりする。だからな、お前みたいに俺らにわざわざ会いに来て頭下げる奴なんてほかにいないんだよ。」

お告げか?もうあっちの世界か?早かったな。それに痛くもなかった。

「ーえ?」

いつの間にか大きな赤い巨体が俺の前に立ちふさがって妻の刃を受けている。

「俺らと一緒にいたらずっとそんな風に見られる。誘って悪かったな。あんまり嬉しかったからつい長居させちまった。仲間が傷つくのはもう見たくねえ。だからここから離れる。心配するな、こんな傷は大したことないから。」

「待って。一緒に。飲む約束したし、名前も聞いてない。お礼も。」

「いいのか。鬼といるってことは人間に嫌われながら生きるってことだぞ。」

俺はうなずいた。

この村にいたって一生このままだ。意地悪なおじいさん。レッテルを背負ったまま、下ばかり見ていきていくしかない。人間に嫌われているのは今だって変わらないじゃないか。

「ほんっと面白い奴だな。」

うまくしゃべれなくてよかった。踊りがうまく踊れなくてよかった。こぶがあってよかった。

他人と違っていて、とてもよかった。


鬼の傷は言葉通りすぐさまふさがり、また多くの仲間たちと盃をかわしている。

「こぶを返してくれって言いに来たのかと思ったら、もうできてたから反対側につけてやったんだけどさ、まさかお前別人だったとはな。いや、人間って同じような顔してるからわかんなくってよ。いやー、でもこれはわかりやすくていいわ。」

「あっそう。」

おれのこぶはたぶんいつまでもとってくれそうにない。


めでたしめでたし








  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

【裏昔話】退治したのは悪い者? 紅雪 @Kaya-kazuha

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ