雪女の泣き声

むかしばなし。

マイナーなやつだから、知らない人がおおいだろうね。

雪女が人間に惚れて、最後は別れ別れになるっていう王道恋愛シュチュエーションです。ざーっくりいうとね。


ざっくりでないやつ↓

****

むかしむかし、ふかい山の奥に雪女はひとりで住んでいました。

毎日雪がしんしんと積る、空気さえも凍えるような山の奥です。

ある吹雪の夜に、道に迷った親子が壊れかけた山小屋に逃げ込みました。


夜もとうにふけたころ、雪女はふっと山小屋へ入りました。

親子は寒さに凍え、いろりにつけていた火が消えたことすらも気づかずに浅い寝息をたてています。

「な、なんだお前は!」

雪女に気が付いた息子が驚いて声を荒げました。

雪女は父親の方へゆっくりと近づいていき、冷たい息を吹きかけました。するとみるみるうちに父親はカチカチに凍り付き氷の岩石のようになりました。

「お前はまだ若いから、こいつの分までしっかり生きな。」

と、雪女は息子に声をかけてその場を立ち去ろうとします。

「ここで私に会ったこと、生涯誰にも言うんじゃないよ。」

息子はガタガタ、寒さと恐怖の両方に震えながら首を縦に振り続けました。


息子はその後元気に下山し、町でもとのような生活を送りました。

それから約1年が経ったある日。

彼の前に綺麗な女性が現れました。名を「おゆき」といいます。

二人は次第に惹かれあい、夫婦となって幸せな生活を送りました。子宝にも恵まれ、忙しくも明るい毎日でした。

夏の暑い日のことです。

おゆきは夏の暑さに弱く、この日も床に臥せっていました。

おゆきのそばでうちわを仰ぎながら、彼は昔話を始めました。

「俺、お前みたいに綺麗な人に会ったことがある気がするんだよ。あ、そうだ。あれは、吹雪の夜だったな。突然、白くて綺麗な女性が現れてさ。」

おゆきはそれを聞くとゆっくり起き上がって

「絶対に話さないって約束だったのに。もう、お前のそばにいられないじゃないか。」

おゆきがぱっと外へ飛び出しました。

「おゆきっ!」

彼はすぐに後を追いかけましたが、大きな水たまりがあった以外、何も誰も、おりませんでした。


*****

オリジナル本編↓


おゆきは、いえ、雪女は深い山の奥で泣いていました。

せっかく出会えたのに

私はもう、彼のもとへは戻れない。と。


あのとき、約束したのに。

誰にも言わない。

私のことは誰にも言わないと、約束してくれたから私はこの身を人間へと変えて、あなたのもとへ行ったのに


ふもとの街へ憧れをいだいたのはいつのことだったろうか

まだ小さい子供のころ

たまたま雪山に迷い込んだ人間。初めて見たんだ。触れたんだ。温かい人間というものに。

「こいつらは、こんなところでは生きていけない。だから、お前の息を吹きかけてあげな。そうやって早く楽にしてやりな。」

「息をかけたらどうなるの?」

「やればわかるさ。」

雪女が息を吹きかけると、柔らかかった人間は瞬時に凍り付き氷の一部へと化してしまいました。

「ねぇ、これ。」

「そのほうが、幸せなんだよ。」

雪女はたまに迷い込む人間を、そうやって救っていました。

私がやっていることは、幸せにすることなのだと。心のどこかでなにかが叫んでいるのを聞こえないようにして

何度も何度も息をふきかけていました。


そんなある日。

きっと一目ぼれというのでしょうあれは。

あまりにももったいなくて

あなたが氷になってしまうことが


温かいまま、柔らかいまま、私に触れてくれないか。

抱きしめてくれないか

なにもかも溶かしてくれてかまわないからさ


私は天に、祈って祈って、そうやってやっと

溶けない体を手に入れて

ふもとまで降りてきたんだよ


期待通りお前は私を大事にしてくれてさ

夏の暑い日、私は体調を崩しがちだったけど嫌な顔ひとつしないで私にうちわをあおぎ続けてくれた。

たまに見せる悲しそうな顔はきっと

私が殺した父さんへのものだね

一番大事なあなたにそんな顔をさせてしまっているのは私なんだよ

冷たくて、寒くて、人を殺すことしか能のない私なんだよ

それは口がさけても言わない

あなたが気づくまでが私の人間でいられる時間


わたしがあの雪女だって気づいた時あなたはどんな顔をするのだろう

殺しにくるかい?

いいよ。あなたになら、何をあげたっていい

「お前みたいにさ、綺麗な嫁さんをもらえて、俺は幸せ者だよ。」

っていうんだ

なんだよ、結局顔かよ

そうだね、私は家事も農作業もなにもかも得意じゃないもの

だって、やったこともないし

それでもいいって言うんだから

一大決心して人間になったかいがあったってもんだね


私は、幸せだよ


「俺は前に、お前みたいに綺麗な人に会ったことがあってさ。あれはいつだったかな。」

なんで、今なの?

もう少し待って

まだ、あなたといたいの


まだ、まだ、たくさん、抱きしめて

声をかけてよ

ただそばにいさせて、それだけでいいんだから

温かくて、柔らかくて、溶けてしまいそうな

あなたの愛をまだたくさんちょうだい

おねがい、言わないで


私の願いは届かない

「生涯言わないって約束したのに。」

私は家を飛び出した

すぐに山へ帰らなければ、溶け始めた私の体

熱い、日差しには耐えられない

振り返っている余裕なんてないってのに

「待って、おゆき。どこへ行くんだ。俺はお前と一緒にいたい。」

どこまでも憎いやつだね

わたしはあなたのことをこんなにも愛しているというのに

それがあなたの父さんを殺した私への罰かな

最後にもう一度あなたの顔が見たくて

振り返って

待ってしまった


追いかけてくれるの?

とうに気づいているだろう

わたしはあなたの大切なお父さんを殺しているの

憎いだろう、悔しいだろう

刃で突き刺してくれていい

灼熱の炎で焼いてくれていい


ねえ、お前が好きだ


必死で飛び出してくるあなたの顔が見えた

追いかけてくれるのか

こんな私を

私もね、ずっとあなたに愛されていたかったよ


約束なんてやぶるもんさ

絶対なんてないよ

期待しなきゃよかったね

それなら、こんなあったかいこともなかったけど

冷たいこともなかったよ


なんでこんなに好きなの

なんでそうやって優しくするの

名前を呼ぶの

追ってくるの

どうして一緒にいられないの

私の帰るところはあなたの隣

それだけが望みなの


涙で濡れる着物の袖

濡れて重くなってゆく着物の裾に足を取られ転んだ

照り付ける太陽がさらに私の体を溶かしてゆく

じりじりと溶けゆく体

重くなっていく衣服

力が入らない

視界がぼやけて

それでもはっきり聞こえるあなたの声

「待ってくれ、おゆき。俺はお前と一緒に。」

だったらどうして言ったんだよ、あの事を。

私だって一緒にいたかったよ、ずっと


せめて最後くらい綺麗でいたいじゃないか

お前は私が綺麗だって、それで惚れてくれたんだろう

だったら私はお前の好きなままでいたい

まだ溶けないで。お願い、

飛び出してきてしまったけど

やっぱり無理だった

もう一回会いたい。離したい。触れていたい。

ボロボロになっちまったね

案外早かった。しかたないか、この灼熱の暑さだもの


「おゆき、大丈夫か。転んじまって。どうしたんだよ。ほら、一緒に帰ろう。」

私の手をとるあなたの手が温かくて

しゅんと溶けてなくなっていく。

私はただの水たまりに

雪の怪物に


幸せだったんだ。短かったけど。




それから、どうなったのかね

何年経ったのかね

気づけばあたりは真っ白で

貫き刺すほどの冷気があたりを包んでいた


たまに寂しくなって泣いちゃうんだよ



山が吹雪で荒れるとき、風の音が女の悲しそうな泣き声に聞こえるのは雪女のせいかもしれない。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る