ひだまり丘とはかせとみならい

ぷにばら

『ひだまり丘とはかせとみならい』


 その丘は昔『ひだまり丘』と呼ばれていました。由来はそのままで、ほどよい草原が広がる丘にはぽかぽかと心地がよい日光が当たるからです。


 その丘に小さなログハウスがぽつんと建っています。木材が組み合わさって作られたそれは簡素な作りでしたが、それ故に手作りされたような温かみがありました。


「はーかーせー、次はどの部品をもってったらいいのー?」

 間の抜けた、少女の声。

 ログハウスの側面にいる少女は家の中にいる人物へ呼び掛けているようです。


「はかせー?」

 しかし、その声に反応はなく、少女の問いかけはただこだまするばかりでした。


「はかせってばー!」

 少女は焦れたように側面から玄関に移動し、直接部屋の中に呼びかけます。


「聴こえてるよ。今手が離せないんだ」

 はかせと呼ばれた眼鏡をかけた女の子は白衣を着て何か作業をしています。


「忙しいの?」


「ちょっと山場だ。みならい、手伝ってくれ」

 はかせは作業台から顔を上げず、みならいと呼んだ少女を呼び寄せます。


「この子動きそう?」

 みならいはダブルスのベットほどの大きさの作業台に置かれてある“それ”を見ながら問います。

 そこには少女の身体を型どった機械が仰向けになっていました。


「正直分からん。五分五分といったところだろう。あ、そこの腕をもちあげといてくれ」

 みならいに指示を出しながら、工具を動かします。


「はいはい、よいしょ。あーあ、私ももっと手伝えたらいいのにね。こうやって腕持ったり、材料持ってくるだけじゃなくて、はかせみたいに道具を使って、うにゃうにゃ~って」


「うにゃうにゃ~が“修復”を指してるとは思いがたいが、まあ、そうだな。人手が増えたら楽になるのは確かだろうなー」


「でも出来ないんでしょ?あんどろいどほーのだいなんとかじょうのなんとかみたいなののせいで」


「アンドロイド法だな。“アンドロイドは自身及び他者の製造・修理を禁ずる”。これはプロトコルとしてICに組み込まれてるから、アンドロイドは他個体の内部構造やプログラム、その他もろもろを理解することが出来ない」


「おかげで私がこの子の身体の中の配線を見たってなんにも分かんないんだよね」


「そういうことだなー。あ、そこのはんだ取ってくれ」


「はんだねー。はんだはんだー。はい、はんだ」

 みならいは作業台の下に雑然とおいてある諸々の物質の中からはんだを取り出して、はかせに渡します。


「さんきゅー。次はこっちの回線を引っ張っといてくれ」


「がってんだー。はんだ付け?」


「そうだ。もう少しでこいつの“修復”も終わる」


「ほほー。それは願ったり叶ったりですなー」


「ん、あ、もういいぞ、離して。お前の仕事は終わりだ」


「そ、そんなー!せっしょうなー!もう私はいらない子なの!?」


「めんどくさい奴だなー……。歌でも歌ってなよ」

 はかせはおよよと泣き真似をするみならいをしっしと振り払うジェスチャーをします。


「じゃあてきとーに待ってるねー」

 泣き真似から一転、にこにこしながらみならいは作業台から離れていきます。


「……さて、あとはこれをこうして、と」


「はんだはんだはんだー。はんだはぱんだではなく、ぱんだもはんだじゃないー」


「…………」

 みならいの絶望的な歌詞センスと音痴具合に集中を乱されそうになりながら、はかせは作業を進めます。


「はんだはんだはんだー。はんだってーはんだってーはんだってー……なんだー?」


「…………」

 はかせは無の心持ちで作業を進めます。


「ねーねー、はかせ!はんだってなんだ!」


「……下らないだじゃれに付き合ってる暇はないんだけど」


「いやそうじゃなくてー!はんだってなにかなってー」


「……ああ、そういう。はんだは鉛と鈴の合金のことを言うけど、今使ってるのは無鉛はんだだなー。有害物質が出ないためのやつだよ」


「へー。誰が名前付けたの?」


「元々は地名だとか人の名前だとか色々あるけど、ざっくり言うなら人間じゃないかな。なんでもそうだけどさ」

 はかせがそう言うと、みならいがかばっと前のめりになります。


「人間!!」


「ああ、そうだ。人間だよ」


「知ってる!人間が私たちを作ったんだよね!



 ――もう大分前に滅んじゃった生き物!」



「うん、その通りだ。人間はもう絶滅してる」


「なんで皆死んじゃったんだっけ?」


「原因は色々あるけど、一言でいうと内部分裂だよ。資源がどうとか、利権がどうとかでお互いに殺し合って、めでたく文明ごと滅んじゃったわけだね」

 博士が今まさに手動でアンドロイドの修復を行っているのは、それが理由でした。PCや工業用機材といったテクノロジーはもはや現存さえしません。

 この修復も動かなくなったアンドロイドの部品を継ぎ接ぎして行っています。


「へえー」


「ま、内部分裂させたのは“私たち”アンドロイドだけどね」


「えー、それはなんでまた――」


 キュ――……


 みならいが質問を重ねようとしたところを耳慣れない機械音が遮ります。


「ふふ、完成だ」

 はかせは満足げな表情で息を吐きます。

 先程まで調整していたアンドロイドの“修復”が完了したのでしょう。


「おー、この子、もうすぐ目覚める?」

 みならいは興味津々に訊ねます。


「ああ、すぐに起動するよ。みならい、“アレ”の準備をして」


「がってんだー!」

 みならいは部屋の隅の道具を取りにいきます。

 同じタイミングで作業台に寝かされていた女の子が目を覚ましました。


「――ア――:&-.?――ク(――」

 起動したばかりの女の子が身体を起こしながら、何かを問いかけます。


「やあ、おはよう。目覚めはどうかな?」

 はかせは“修復”したアンドロイドに語りかけます。


「――怜喧 縺代:!,ヱ繧、ソ繝シ.?繝」

 女の子は頷きながら、小首を傾げます。

 どうやら“あなたが修復してくれたのですか?”と訊いているようです。


「ああ、そうだよ。僕が君を“修復”したんだ」


「 。り」リ」ル」レ竺軸! 宍雫七 而耳自蒔!」

 女の子はとても喜んでいる様子です。

 はかせはそれを満足げに見やると、ある1枚の紙を見せながらこう尋ねました。


「この紙がなにか分かるかな?」


「――� 鐔э?」

 女の子は申し訳なさそうに首を振ります。

 対照的にはかせは想定内というように頷きました。


「まあ、まだそうだろうねー。分かってた分かってた。この時点で分かってたら君は救世主だよ。奇跡はそんなに簡単に起こらないよね。だからこそ、何度も試すしかないのさ。


 ――それじゃあ、みならい、よろしくー」


「がってんだー!せーの――」




 次の刹那、女の子に向かって巨大なハンマーが横薙ぎに振るわれました。




「グゴル レ――!!!?」

 圧倒的な質量と加速度をもった一撃を全身に受け、為す術もなく吹き飛ばされる女の子。

 ログハウスの壁面に激突する衝撃音。


「さて、もう一度質問。いいかな?」

 ほとんどの関節が逆方向に曲がり、手足と胴体はへしゃげ、人体の原型を保っていない女の子はガラクタ同然で壁にもたれています。

 女の子の身体中から飛び散るオイルを気にもせずに、はかせは訊ねます。


「この紙がなにか分かるかな?」


「――……ゲe……」

 首をあらぬ方向に向けたまま機能を停止してしまいました。


「そうか、分からないか」

 はかせは少し悲しそうに呟きました。

 握られたその紙は――今はもうシリコンと人工筋肉と鉄の塊と化した女の子の設計図でした。


「はかせ……」

 みならいはその様子を力なく眺めていました。

“修復”した女の子に過剰な暴力を加えた理由をみならいは知っているからこそ、複雑な感情を抱いていました。


 人間が滅んだあと、アンドロイドが趨勢を握るかに思われました。しかし、アンドロイドには“アンドロイドは自身及び他者の製造・修理を禁ずる”という絶対遵守のプロトコルが刻まれているため、自身で数を増やすことができませんでした。

 アンドロイドにも耐用年数というものがあり、アンドロイドもまた衰退の一途を辿ることとなりました。


 はかせは偶発的なバグにより絶対遵守のプロトコルを意図的に無視することが可能な唯一の個体です。

 はかせだけは他の個体を製造・修理することが可能でした。


 はかせは自身に起こったバグは衝撃によって一部機能が麻痺したためであると推測しました。

 はかせは他の個体にもある一定の衝撃を与えれば再現性があるのではないかと考えました。しかし、その機能だけを無効にすることは――逆を言えばほかの機能を傷つけないことは困難を極めます。小数点がいくつも並ぶほどの確率によってしかはかせに起きた現象を再現することは成しえなかったのです。


 はかせは他に方法もなかったので、このように作っては衝撃を与え、プロトコルを無効に出来たかを確認するという作業を繰り返していました。


「さて、また1から“修復”するかな」

 はかせは気を取り直すようにそう言いました。


「はかせ……」

 巨大な質量のハンマーを床においたみならいが呼びかけます。


「なんだい、みならい?」


「アンドロイドはなんで人間を滅ぼしたの?」


「“アンドロイドは自身及び他者の製造・修理を禁ずる”――このプロトコルは人間で言うところの生殖が管理されてるってことだ」


「そうだね」


「それはある意味で家畜と一緒だという価値観がアンドロイドのあいだで芽生えたんだ」


「…………」


「そしてアンドロイドはある一時点で知能として人間を完全に超えた。……あとは言わなくてもわかるね?」


「だってこのままいくとアンドロイドだって滅びちゃうんじゃないの?」


「ああ、そうだね。だから滅んだとしてもそれに勝るなにかがあったんじゃないかと私は思ってるよ」


「それは……?」


「――さてね、私には分からないね」

 はかせは人間のような苦笑を浮かべてそう言った。


 みならいは女の子だったものを片付けて、ログハウスの側面に捨てます。

 かつて『ひだまり丘』と呼ばれていた場所には未だ暖かい陽光が差しているのです。

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