御伽の時代よ、しからば愛せ汝の宿主

柳なつき

しからば、

 公園は、晴れ具合も閑散っぷりも、まったくもって文句なしの百点満点の場所だった。

 見上げれば空に雲がひとつもないところも、私の気に入った。あと、すべりだいはあるけど、ぶらんこはないってところも。なかなかこれね、レアなのだ。ピンポイント。だから、とても、……ここは私にとってまるで必然みたいな場所。



 とはいえ、ね。世界滅亡の日にひとり公園のベンチに座ってコーヒー牛乳を飲むだなんて、まあまあ、古典文学じゃあるまいし。

 とは、思うんだけどね。



「なかなか素直にいかないものだな……」



 私は空を仰いで、苦笑した。ああ快晴。鳥一羽さえ、飛んでない。コロン、と缶コーヒーを手でもてあそんでみる。かわいらしく黄色の缶コーヒー。イエロー、それは管理社会カラーのひとつ。コロコロ、カラカラ、鳴る音は……ふしぎなことに、科学未開文明時代でさえおんなじだったということなのだ。旧時代。科学の未開。ひとびとが、まだ、……夢をみられたころの御伽の時代。




 私は管理社会で管理されていることの象徴であるこの、セーラー服を、あえて着てきた。

 セーラー服ってそんな未開時代からずっとあっただなんて、ほんとうなのだろうか。




 空はぴっかり晴れていて、公園だって平和だし、世界があすには終わって、否、新しい時代がはじまるだなんて、信じられない、けれど、けれど、そうなのだ、あすには、あすには、……感情は、死ぬ。




 うわん、うわんわんわん。

 どこかでラジオが鳴っている。

 泣いてるように、しゃべってる。

 だれだ。だれだろう。……どこのだれだか知らないけれど、

 ああ。――言われてみれば、




「……感情が鈍磨しているような、」




 気が、してきた、……さっそく。




 ああ、空、大好きなはずの青天、突き抜けているのに、――私のところに落ちてくるようにはいま、見えない。天はもう割けない。地はもう叫ばない。虹はかからず、鳩がやってくることももはや、ない。私は、私は、……知っているよ。ねえ。人類――。







 人間には感情なんて荷が重すぎた。感情、をつかさどる細胞はじつはそれだけで意思があり制御機能があり統率もできてつまりどういうことかっていうと、感情、っていうのはそれだけでひとつのいきものなのでした、じつは、ちゃんちゃん、めでたしめでたし、とっぴんぱらりのぷう、でした。


 感情は犬や猫とか小動物にも宿ったけど、いちばんに人間に宿った。人間を、愛した。人間を発展させ、文明をつくり、ほかの動物たちから人間というものを分けたのもじつは感情のおかげだった。

 人間と感情は寄り添って、二人三脚で生きてきた、のだけど。




 人間には感情なんて荷が重すぎたのだ。

 人間に感情が宿るのではなく、いきものとして、……生物として、人間は、感情に負けていくことになる……。


 科学がかんからころんと軽快にひらけたとされる科学紀元のおおむかしから、人間は感情を研究して、利用しようとした、けれどもけっきょくなしたことと言えば――世界大戦をなんどかやって、ああ、反省しましょねー、って苦笑いしたことくらいで。




 ……人間には、そう、感情なんて……。




 人間は感情に立ち向かうことにした。殺す、殺すのだそれらを。

 そしてさらなる進歩をなす、と。




 それが、




「……本日、八月十五日ってわけ」




 決定的な、日。





 うわん。わん。……わんわんわんわんわん。

 ラジオは、鳴ってる、しゃべってる、……やっぱり、泣いてる?





「……ああ。ああ」




 空が、空がのっぺり見えてくる。




 感情が、感情が消えていく。感情を意味する、その細胞たちが。人間に感情を想起させたファクターがすべて、消えていく。

 さよなら、さよなら感情と人間の蜜月よ。愛していた。楽しかった。別れたくなかった、ほんとうは。でも愛しきれなかったんだ。愛せない。それに、荷が重い。







 さよなら、……さよなら。










 私はひらひら小さく空に向かって手を振ってみた、

 消えてゆくことは、……怖くはないけど、











「もっと、人間に、しあわせってものを教えたかった」







 しからば、さよなら。接続詞ならば、それならばさよなら、だし、感嘆詞ならば、さよなら、さよなら。そうだよね。人間。




 ひとつのワードにひとつの意味をひもづけるだなんて、ふつうにやっちゃって、不合理、不合理、……人間は不合理だ、私のことも、だから、消すんだ、いらないから、……いらないから、




 そうよ。人間。――しからば、ね、私は――




 そこまで考えて、

 ぱつん。

 私は、コーヒー牛乳といっしょに弾けて、そのあとは――

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