第3話 読者の声を聞かせて

魔術師の義眼キャスターズアイを手に入れた真姫は、破竹の勢いでスクープ記事を叩き出していった。


なにしろ、記者会見などで芸能人を目にすれば、浮気している人間がぼんやり見える。夜の街で遊ぶ姿を見ればなおさら。スーツ、指輪、香水、アクセサリー、あらゆるところに浮かび上がった人間との関係性がタグのように浮かび上がってくる。


政治家や実業家も目を凝らせば、背後に隠れた人に言えない金回りと裏稼業がぼんやりと浮かんでくる、彼女はそれを根拠に取材を深掘りしスクープを抜き続けた。


おかげで「週刊ズバット」は空前絶後の売上を叩き出した。「紙の出版は終わった」なんていう言説は真姫の仕事によって一発で消え去った。なにしろ、ネットでは出てこないスクープが毎号毎号「週刊ズバット」に出てくるのだから、ネットのコンテンツはその記事の後追いしかできなかった。


世論は完全に「週刊ズバット」と岩切真姫を後押しした。彼女が魔術師の義眼キャスターズアイを使って浮かび上がらせる真実は、日本中に怒りの混じった賛否両論を巻き起こした。


この頃の真姫は既に破竹舎には出社せず、自宅からひたすら原稿を送り続けていた。もはや誰も彼女の記事と編集に口を出せなくなっていたからだ。


「講演もテレビの出演依頼も新聞の取材も止まらないわ。今まで私がお願いしても冷たくあしらってきたあいつらが!今は媚びるように私にすりよってくる。テレビに出て、偉そうにしているジジイの汚い過去を暴いて晒してやろうかしら!」


破竹舎の経営陣も編集部は彼女を恐れた。破竹舎だけでなく、名前が表に出ている誰もが、岩切真姫を恐れた。




そんな時、天使が訪れた。いつものようにリビングでウィスキーを楽しみながら妄想を膨らませている時だった。


「どうだ?魔術師の義眼キャスターズアイは?」


「最高だわ。生きているのが楽しい」


「それは良かった。ところで何が楽しいんだ?」


「あたしの悪意で日本中が怒り狂っているのが楽しい!」


天使はニタリと笑った。真姫もつられてニタリと笑った。


「ところで、もう願い事はいいのか?」


「え?願い事ってひとつじゃないの?」


真姫は意外な提案に少し驚いた。


「何度でも。お前の願い事はおもしろい。もっと叶えてみるのも興だ。」


「それなら、耳がほしいわ。」


「耳?」


「そう、耳。人が思っていることがわかる耳よ。」


「それは心の声ってことか?」


「そうよ。真実を暴けるようになってスクープをたくさん出せるようになったぶん、世の中が記事を読んでどう思っているのか知りたいの。」


「ほう、仕事熱心だな。」


「世の中の人間の知りたい事、暴いてほしい真相、そういった欲求を満たせばもっとおもしろいでしょう」


「わかった。いいだろう。耳だな。」


天使が指先をパチンと鳴らすと、閃光が起きた。


「終わったぞ」


「ほんと?どんな声が聴こえるかしら」


その突如、つんざくような悲鳴や罵声、呪いの言葉や怒号が真姫の耳に爆音で入ってきた。


それは、世の中の人間がメディアを見ていて抱いた感情や声の全てだった。


「あぎゃああああああああああああああああ」


この世全ての悪を凝縮した怨嗟の声は、膨大な情報量を伴い真姫の耳から脳に伝わり、あっという間に脳を食い尽くした。


「どうした?おまえがあれほど臨んだ悪意の発信だ。今度は受け手側に立ってみると、いろいろ違って見えてくるだろう?」


「ぎぎぎぎぎ!!!とめて!!!!どめでぇぇー!!!!」


真姫は思い知った。自分たちが書き散らかした記事によって生まれた怒り、恨み、不快感、怨嗟。その全ての総量とその深さに。


「ぐぎぎぎぎぎ!!わがっだばよ・・・こんなに・・・・声が・・!」


真姫は白目を向きながら強靭な意思で立ち上がった。それは真姫たちが撒き散らかした記事の怨嗟を凌ぐほどの悪意が真姫を立ち上がらせた。


「書いてやる!!!がいてやる!!!暴いてやる!!!声が聞こえ・・なくなるまで・・・・あだじは・・・悪意で・・・世の中ぼぉ!!!」


真姫の悪意は最高潮に達した。言葉で人を傷つけてきた女が、膨大な悪意を脳に受けた結果、禍々しいほどの悪意をまとった者にしたてた。


「すばらいい精神力だな。いまのぶんで東京都ひとつぶんだ。どれ、日本中の声を聴かせてやろう!出力MAXだ!最高にハイになれるぞ!!」


「がひぎぎっd:っっf」


言葉にならない声を発したかと思うと、真姫は耐えられずにマンションのベランダから飛び出し、そのまま投身自殺を図った。




病院の一室。真姫は階下に駐車してあった乗用車の上に落下したため一命をとりとめた。しかし、両手両足と背骨の神経を著しく損傷し、もはや立ち上がれない体になってしまった。


両目は失明し、声帯も損傷。もはや首を振るしかできない状態にあった。


集中治療室にふと天使がやってきた。


「実はな、お前が記事にとりあげた被害者家族の願いを引き受けていてな。」


真姫の耳にはいまも絶えず、日本中の怨嗟の声が聞こえている。もはや自分で動くことすらできない体に、声だけが聞こえてくる。この世に地獄があるというならこれがそれだ。


そして天使の声は怨嗟の渦にあってもはっきりと真姫の頭に響き渡った。


「その望みだがな。『虐げられた人たちの恨みを、この記事を書いた人に届けてほしい。生きている間ずっと聞こえるように。』だった。ちょうどおまえが耳が欲しいと言うからその願いを重ねてやったわけだ。」


天使はニヤニヤしていた。ベッドに横たわる真姫の目には絶望とも怒りともわからない光が浮かんでいた。


「ま、おまえの願いも叶えたし、被害者家族の願いも叶ったからそれで良いんだけどな。ひとつ残念なのは、もう週刊ズバットの記事が読めないことくらいかな。」


真姫は目をむき出しにして天使を睨んだ。しかし、天使がゾッとするほど冷たい目で見つめ返し、真姫は目を背けた。その目は悪魔にしか見えなかったからだ。


「この・・・声をとめて・・・」


真姫はつぶれた声帯でかろうじて天使に訴えた。


「おまえが記事にとりあげてきた人たちは、みんなそう思ってたんじゃないか?それにな。」


天使は悪魔のような笑みを浮かべながらこう言った。


「世の中に放った言葉は、一度広まったらもう止められないんだよ。これからはゆっくり読者の声を聞いて過ごすといい。それが願いだろ?」




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炎上女と残酷な天使の鉄槌 kirillovlov @kirillov

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