第2話 願わくばその目に光を

「週刊ズバット」が誇るエース記者となった真姫だが、今は少し焦っていた。


大きなスクープを出したのは半年前だ。いくつか握っているネタはあるが、確証に欠ける。周囲からのプレッシャーもあり、このあたりで世論を二分するようなスクープ記事を出しておきたかったのだ。


「あぁ、人間の心なんかいらないから、スクープを見抜ける目がほしい・・・」


真姫はため息まじりにモルトウィスキーをあおった。



ふと、部屋の壁に小さな亀裂が入っていることに気づいた。


「あれ、あんなところに傷なんてあった?」


真姫が気になり目を凝らしてみると、その壁の亀裂から、スルスルと煙のようなものが吹き出てきた。


「うわ、なに!?火事!?ちょっとなんで!?」


壁から吹き出てくる白い煙は、みるみるうちに部屋へと降りてきて、まるでドライアイスみたいに床いっぱいに煙が溜まっていく。


「火事、煙が!!消防車!?消化器ってどこだっけ!!」


壁から吹き出てくる煙は部屋の半分を埋め尽くし、真姫は煙にまかれた。


次の瞬間、煙の中で青白い光が放たれたかと思うと、少しづつ煙が薄れていった。


煙が晴れていくと、そこには白い仮面で顔を覆った背の高い人間が立っていた。


背丈は2メートルはゆうに超えているだろうか。天井すれすれのところに頭があり、白くて表情のない仮面がこちらを見ている。ヒョロリと長い体にピッタリあった黒いスーツを着ている。


真姫は、突然あらわれた不気味な怪人に唖然としながらも食って掛かった。


「ちょっとあんた!どこから入ってきたのよ!!警察呼ぶわよ!!!」


仮面の怪人はクククと震える声で少し笑うとこう答えた。


「わたしは天使だ。」


「天使?ちょっとなんなのよ!!勝手に部屋に入ってきて。出てって!!」


「そうかここはおまえの部屋か。それは失礼した。私は多くの人の願いをかなえる天使でな。今夜はお前の願いを叶えるためにここに来た。無礼は許せ。」


真姫はしばらく呆然としたが、天使を名乗る目の前の怪人に目をやり、暴行などの危害がないことを確認したので、少し話を聞くことにした。


「人の願いを叶える?天使?わるいけど天使なんかには見えないわね。それでなんの用?」


「聞いていなかったのか?願いを叶えるために私は来た。」


「願い?なんで天使さまがあたしの願いを叶えてくれるのよ?」


「罪なき善人の願いを聞きすぎて、少し疲れてしまってな。お前みたいな悪人の願いはどんなものか聞いてみたくなったからさ。」


「はぁ!悪人!?あたしが悪人ってどういうことよ?」


食ってかかる真姫だが、天使はそれをおさえてこう言った。


「それにな。私は『週刊ズバット』の愛読者だ。特におまえの記事は気に入っている。あれを読めばお前が悪人だということはよくわかる。」


天使はニタっと笑った。


「あ、ありがとう。褒められてんだかなんだかわからないけど。まぁいいわ。それより願いを叶えてくれるってのは本当の話?」


「疑うのか?」


「あたしは現実主義者リアリストなの。目の前にあることしか信じないようにしているの。」


「それなら話が早い。では何を叶えればよいか教えろ。」


真姫は考えた。突拍子もない話だけど、試す価値はある。なにより、この男は何もないところから煙とともにあらわれた。願いをぶつけて結果を試すのはおもしろそうだ。


それにしても、願いとは?。お金?土地?男?それとも出世?スクープ記事?


真姫はしばらく考え、冗談交じりにこう問いかけた。


「そうね。真相を暴ける目が欲しい」


「目とは?目玉のことか?」


「そう。例えば目を凝らして見れば、その人が隠している真相や真実が浮かんでくる目よ。」


「なるほど、おもしろい。いいだろうたやすいことだ」


天使が指をパチンと鳴らすと、目がくらむような閃光がほとばしり真姫は両目をつぶって耐えた。


数分すると天使が声をかけた。


「終わったぞ。」


「え?終わったの?何も起きないけど?」


「起きた。お前の片目を真相を暴く目に変えた。」


「どういうこと?」


「外に出て、通りをゆく人間を誰でもいいから目を凝らして見てみるがいい。」


音もなく自室の部屋のドアがあいた。


「さぁ、その扉をくぐって外に出るといい。」


真姫は言われるがまま、マンションの外に出ると、通りにいる派手な服装を身にまとった若い女性を見つけたので、試しに目を凝らしてみた。


すると、その女性の背後に二人の若い男と、ひとりの年配の男がボンヤリ浮かんだ。男たちと女性のつきあいが浮かび上がり、若い男の1人が純粋なつきあい、もう1人が肉体のみの関係。年配の男が金銭絡みの複雑で面倒な関係であることがわかった。


と同時に、その女性が身につけるバッグや装身具ひとつひとつに、男たちとの関連性がタグ付けされるかのように紐ついてイメージとなった。まるで推理小説を読みながらも答えがすでにわかっているかのような感覚だった。


「すごい・・・」


真姫は天使に授けられた目に驚愕した。


「この目があれば、世の中のあらゆるスキャンダルを暴ける。スキャンダルどころか世紀のスクープすら叩き出せる!」


真姫は急いで部屋に戻った。天使はまだ部屋にいた。


「あなた、すごいわ!ありがとう!!こんな目をいただいちゃっていいの?」


「あぁ、その目はお前に役にたつだろう。魔術師の義眼キャスターズアイとでも名をつけておこう。力を多く使うから、1日1回しか使えない。使ったその日は睡眠を長めにとれ。」


そう告げると天使は煙に包まれ消えていった。


後に残された真姫は、訪問者が消えた途端に邪悪な笑みを浮かべた。


それはこの世のあらゆる汚辱を暴き出してやろうとする悪魔の笑みだった。



「あはははは、やったわ!!とんでもないプレゼント!!これを使ってのし上がれるだけのし上がってやるわ!!!メデイア王にでもなってやろうかしら!!あははは!!」

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