炎上女と残酷な天使の鉄槌
kirillovlov
第1話 ある週刊誌の記者
「わたしたち被害者はな!そっとしておいてほしいんだ!それなのに過去の話をほじくり返し記事にする!!あんたたちマスコミには人の心がないのか!?被害者の気持ちがわからないのか!?この悪魔!!」
怒りに震えた老人の声を思い出して、岩切真姫は心の中で不気味に笑った。
彼女は「週刊ズバット」の記者であり、何度もスクープ記事を叩き出すエースだ。今回は、ある犯罪被害者の家族をターゲットにしたスキャンダル記事を出したのだが、出版社に被害者家族と関係者が怒鳴り込んできた。しかし真姫にとっては何度も見た光景にしか過ぎなかった。
「悪魔・・・か。」
真姫は自宅のソファでくつろぎながら、モルトウィスキーをストレートで楽しむ。口に広がるピートの香りを安堵のため息とともに吐き出す。自分の記事で大勢の人間が喜怒哀楽に振り乱されている。
「今回も最高の仕事をしたじゃないか。」
真姫は自宅で酒を飲むと、独り言をする癖がある。そうすることで自分の思考を整理していた。
真姫のスクープのとりかたは、弱者の掘り下げを徹底する手法だ。
犯罪者、犯罪加害者、犯罪被害者。落ち目の芸能人やミュージシャン。不祥事を起こした役人や企業の重役。
メディアにとりあげられたら都合の良くない者を徹底的にとりあげ、掘り下げ、おとしめた。
普通の記者が躊躇するような案件であっても、いともたやすくつきまとい、えげつない記事にして世に送り出した。粘着的な取材は同業者の記者も辟易するほどだ。この取材に耐えられる一般人はそうそういない。
まるで溺れる犬を棒で叩くかのように真姫が記事にすると、賛否両論の風が巻き起こり、そして一定数が一緒になって叩き始める。叩く者たちを否定する者たちも、気づけば棒をもって殴り合う。真姫にとって自分がまいた悪意の種が花開いて広がるようでたまらない。
これがメディアの弊害というなら、真姫はその体現者だ。
グラスにウィスキーを注ぎ足し、ゆっくり口に含め、同じくらいゆっくりと息をはいてリラックスする。
「これはもう病気なのかもしれないけど、わたしは他人を合法的に文章で地獄に叩き落すのが大好きなんだよね。これはもう小さい頃からの業みたいなものなの。丁寧に丁寧に練り込んだ悪意を、弱い人達に向けて書いているから、できあがった記事は不快なんだよね。私も目を背けたくなるくらいだもの。だから、読んだ人の感情と共鳴して、みんな怒り出すんだ。」
真姫は周囲の怒りや罵声を耳にしても何も感じない女だった。なぜなら、自分が悪意を文章に書いて世に売り出すことで世の中の役に立っていることを自覚しているからだ。
「脳って感情を食べて生きているの。一番おいしい感情が怒り。だから人は怒りを求めて情報をあさるのよ。理不尽な殺人、ゆるせない不倫、政治家のスキャンダル、巨額の横領。みんな自分と関係ないことなのに、記事を読んでは怒っているでしょう?わたしの記事は、当事者への怒りだけじゃなくて、記事への怒りも呼び起こすの。」
真姫は子供の頃から文章で人を傷つける癖があった。幼いころのともだちへの手紙から始まり、交換日記、先生への手紙、卒業文集。
それがいつしかメール、ソーシャルアプリ、チャットアプリなどに変わっていったが書きつける媒体が変わっても真姫が書いた文章は、いつもどこかで誰かを傷つけた。
始めの頃は無意識だったが、20代に入る頃には抑えがたい衝動に変わっていった。
「きっと私は、自分の中にある悪意を文章として吐き出さないと生きていけないんだろうね」
真姫が就職先に「週刊ズバット」を出版する株式会社 破竹舎を選んだのも、この雑誌なら好きな文章を好きなだけ書いてもいいと思えたからだ。
実際、真姫が破竹舎に入社し「週刊ズバット」に配属されてから、飛ぶ鳥を落とす勢いで実績を叩き出していった。
未成年の犯罪者の実名を暴き、出所後も生活を報道し続けて追い詰めた。非合法スレスレの取材をかけて記事にし続けた結果、本人を自殺に追い込んだ。
犯罪加害者とその生活を密着取材し、執拗に生活を叩いてホコリをみつけては、記事にして雲隠れしようとしている関係者を追い詰めた。
落ち目のミュージシャンの生活を追い続け、むりやり麻薬疑惑と少女買春に結びつけて廃人においやった。売春はあったが未成年ではなかったにも関わらず。
記事が出る度にマスコミバッシングが殺到したが、編集部がストップを掛けることはなかった。真姫の記事はバッシングの嵐だが、火の手があがればあがるほど雑誌は売れたからだ。
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