004. 牢獄
「そこだ、そこに入るんだよ。グズグズするんじゃねぇ、早くしろ」
兵士に背中をグイグイと押され、俺は牢獄の中に無理やり押し込まれた。
俺が奥に転がっていくのを確認してから、兵士は鉄格子の扉を閉め、それから「ガチャリ」と重く頑丈そうな南京錠の鍵を閉めた。
「おい、とにかく俺の話を聞いてくれ。この鍵を開けてくれッ‼」
語気が荒くなり、ドンドンと鉄格子を殴る。
突如として、意味の分からない牢獄に放り込まれたのだ。早く、誤解を解いて、こんな埃だらけの場所から早く出てしまいたいのだが……。兵士は牢獄の中で騒ぎ立てる俺には一切目もくれず、階段を使って地上へと出て行ってしまった。
「開けてくれ、おい。待ってくれ」
地上にいるであろう兵士の注意を引き付けようと、牢獄の鉄格子を根気よく蹴っ飛ばしていると……。
「うるせぇぞ。新入りッ‼」
「今、何時だと思ってるんだよッ‼」
「ぶち殺すぞッ‼」
「これ以上、うるさくしたら舌を抜くぞッ‼」
対面の牢獄、右隣の牢獄、左隣の牢獄。
全方向からものすごい勢いで怒鳴られた。
しゅんと萎むように俺は小さくなり、牢獄の奥で体育座りで押し黙った。
ちなみに、さっきまで全裸だった俺はボロ布の切れ端を縫い合わせたようなものを羽織らされていた。まあ、全裸よりは幾分マシなのだが……。
まったく、この世界に来てからいいことなんて一つもない。
「――おい、坊主。名前は?」
ビクッと体が反応した。
牢獄の隅っこ、ボロボロの布を被って寝ていたのは、強面なおっさんだった。歳は三十代前後くらい(たぶん)。黒いグラサンが似合いそうな厳つい顔、大きくつり上がった目、筋肉質な体に丸太のように太い腕。
パッと見たら、本当にヤクザにしか見えない。
「――っん、聞こえなかったか?」
「あ、えっと、蓮見潤です」
「蓮見、蓮見ねぇ。変わった名前だし、聞いたこともねぇな。どこからやって来たんだ?」
どう説明したものか。
「遠くの街です。ずっと、遠くの……」
悩んだ挙句、俺は答えを適当に誤魔化すことにした。
何か突っ込まれるかと思ったが、特に不審がる様子もなくその人物は頷いた。
「そうか。俺の名前はアランだ。分からないことがあったら全部俺に聞いてくれ、新入り」
厳しそうな顔とは逆に、心優しい言葉を投げかけてくれたので俺はホッと一息ついた。やっぱり、顔で人を判断するのは良くないな。
*
食事は日に二回で、出てくるのはパサパサの乾き切った食パン。
ただ、身寄りのない俺にとって食事が出てくるだけでもありがたかった。……っていう感想が咄嗟に出てくるくらいに、俺はもう既にこの環境に慣れつつあった。なんか着々と毒されていっている気がするな。
「王都ってこの牢獄の上にあるんですか?」
ふと、気になったことをアランに尋ねた。
「そうだ。この上には王都がある。現国王が支配する最悪の街だ。特に俺たち貧困層にとってはな」
――貧富の差。
どこの世界にも不平等は存在し、金持ちは遊んで暮らし、貧困に苦しむ人々は貧しさ故に盗みを働き、牢獄に入れられる。たとえ釈放されても、安定した生活を送ることはできない。だから、再び盗みを働いて牢獄に戻ってくる。それの繰り返しらしい。
「そうするしかないのさ、俺たちは。どうせ、地上で生活していたら、食事に苦しむ羽目に合うんだ。だったら、牢獄に入って出てくるパンをかじりながら、奴隷として働いていた方がいいんだよ」
ここに集まってくるのはそういう奴らばっかりだとアランは言う。なんだか、大変な世界に飛ばされてしまったようだ。
俺は兵士に渡されたボロ布を身に纏いながら、パサパサの食パンをちぎり口に放り込んだ。味がしねぇ。
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