006. 魔法

「アラン?」


 アランは鉱石を探している間も、ずっと何かを考えている様子だった。

 なので、牢獄に戻った後、俺は難しい顔を浮かべたアランにその理由を直接尋ねてみた。


「――っん、あぁ、すまなかったな……。いきなり取り乱したりして……」


「別に気にしてないですよ」


「そうか」


 短く返事をして、アランは再び黙り込んだ。


「……」

「……」


「――なぁ、ジュン」


 沈黙を先に破ったのはアランだった。

 思いつめたような、どこか淋しげな表情をしたまま彼は俺にこう告げた。


「もし、牢獄から抜け出せるとしたら、お前は抜け出したいと思うか?」


 俺はその問いかけに素直に頷いた。

 できるなら、こんな埃っぽくて、薄暗くて、汚い牢獄から抜け出してやりたい。しかし、たとえ牢獄から抜け出したところで俺には行く当てがない。この世界に頼れる知り合いなんていないし……。


「身寄りがないんだったよな?」


「はい」


「北のほうにウルカーンっていう街があるんだ。俺たちがその街に行っても追い返されるが……、ジュンだったら受け入れてもらえるかもしれない。ジュンはまだ成人になっていないんだろ? なら、その資格は十分にある」


「資格?」


「その街は古くからこう呼ばれている――使ってな。ただし、魔法教育を受けるための絶対条件は成人前であることだ。だから、成人済みの俺たちは受け入れてもらえない。

 でも、ジュン。お前にはその資格がある。この牢獄はお先真っ暗で人生を捨てたような連中が集まるような場所だ。だから、ここはお前がいる場所じゃないってさっき俺は言ったんだ」


 ――魔法の街。

 果たして、そんなものが本当に存在するのだろうか。

 万一に存在していたとしても、まずこの牢獄から抜け出さないことには話が始まらない。この厳重な南京錠を破る術はあるのだろうか?


「俺たちも噂で聞いただけで、実際に魔法の存在を確かめたわけじゃない。それでも、僅かな希望があるんだったら、それを掴まない手はないだろ。牢獄を抜け出すまでは、俺とレンとメイソンでフォローしてやる。だから、お前はこの場から抜け出すんだ」


 えっと、フォローって具体的に何をしてくれるんだろう。

 事態が把握できずにいると、アランが隣の壁をドンドンと叩き始めた。


「――レン、メイソン。どうせ、起きてるんだろ?」


 ガコッと壁の一部が四角形状に切り取られ、レンがそこからひょこっと顔を出した。後ろにはメイソンが腕を組み、何やらブツブツと独り言を唱えている。この二人、隣の牢獄にいたのかよ。


「バレてたか……」


「話は全部聞かせてもらったよ。そういうことなら、僕に任せてよ。昔、牢獄から一人だけ脱走者が出たんだ。それを手伝ったのが、実は僕なのさ。作戦は昔と同じでいいね。奴らは秘密の抜け道の存在を知らないだろうし」


 メイソンが胸を張って言う。

 しかし、腑に落ちない点がいくつかあった。


「抜け道なんてものがあるなら……どうして、みんなで脱走しないんですか?」


「簡単さ、意味がないからだよ。僕らが脱走したって、地上にあるのは現国王が独裁政治を行っている醜い世界だ。金持ちは身分が保証され、裕福な生活が送ることができる。逆に、貧民は蔑まれ、生活は保障されない。たとえ、上手く脱走したところで、僕らは再び戻ってくるだろうしね」


「じゃあ、逃亡した一人って……」


「君と同じ境遇の子さ。彼も未成年だった。彼は牢獄から逃げたいんだと言っていた。だから、僕は逃がしてあげたのさ。ただその後、彼がどうなったのかはよくわからない。後は、ジュンが決めることだ」


 危険な橋ではある。

 あるかもわからない魔法の街、成功するかもわからない牢獄の脱走。

 正直な話、不安ではある。

 しかし、どうせ二度目の人生だ。こんなところで牢獄生活をおくるくらいなら、僅かな希望に賭けてみる価値はあるのかもしれない。


 俺はメイソン、アラン、レンを順番に見つめ、大きく頷き言った。


「――逃げたいです」 

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