002. 神様
――体が妙に軽かった。
いや、体なんてものはもうないのだろう。あるのは自分の魂と思わしき、淡藤色の灯火だけ。それは、何とも言えない不思議な気分だった。
「(なんだこれ?)」
……と思うだけで、言葉にはならない。
それもそうか、肉体は既にあっちの世界で失われているのだから、声が出せるわけもない。
そう思った瞬間――。
「その問いには私が答えよう」
脳内。いや、元々脳があった場所に直接言葉が送り出されてくるようなそんな感覚に陥る。ゆらりと自身の灯火が揺らぎ、俺は次の言葉を待った。
「ようこそ、少年。しかし、お主は恵まれておるな。ほとんどの人間は世界が滅びゆく瞬間を見る前に死んだというのに、お前にはその記憶がある。幸運だ」
どこが幸運なのだろうか。
自分たちが過ごしていた世界が崩れる瞬間をこの目で最後まで見たんだ。むしろ、不幸だと嘆きたい気分だった。
「うむ、私にはわからぬ感情だが。気分を害したのなら謝ろう、すまない」
妙に律儀な奴だなと思った。
未だに何を考えているのかはわからないが……。
とりあえず、何もすることがないので話を聞いてみることにした。
「そうだな、時間もない。お主、年はいくつじゃ?」
「(なんだ、いきなり)」
「ふむ、16歳か。若い、若すぎるな。身分は学生だが、極度の引きこもりでほとんど家を出ることはなかった。ふむふむ、童貞か……」
「(ちょっと待てっ‼︎)」
「なんじゃ、童貞は恥じることではない。初めてを大事にするのは良いことだと私は思うぞ。ただ、死んでしまっては意味をなさないがな。さて、元の世界で自堕落な生活を送ってきた若人よ」
そのまわりくどい言い方にちょっとイラッとしたが、素直に呼びかけに応じた。
「(なんだ?)」
「――人生をやり直したくはないか?」
グッと息を呑んだ。人生をやり直すとはどういうことだ。幼児から生まれ直すということだろうか。
「ここから先に待ち受ける未来は、次の生まれ変わりをこの何もない空間で何百、何千年と待つ苦行だ。それはつまらんだろう?」
首はないけど心の中で頷いた。
なんとなく、声の主がニヤリと笑ったような気がする。
「その願い請け負った。私が其方の願いを叶えよう。なに、神様の気まぐれだと思ってくれて構わない」
「(生まれ変わるってどういうことだ。既に俺が元いた世界は滅んでいるんだぞ)」
ふん、と鼻で笑われたような気がした。
「お主の世界が滅んだのは知っている。見ていたからな。しかし、存在する世界は一つではない。私が別の世界に魂と体を送ってあげよう。そのためには、今から何も考えるな、無心を貫け」
と、言われてもな。無心を貫けと言われると逆に何かを考えてしまう。それを無理やり抑え込み。ただ、言われた通りに頭の中の雑念を取り除いた。
――刹那。
黒々としていた空間の隙間から光が現れ、俺を包み込んだ。
「さらばだ、少年。良い人生を……」
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