第6話「混乱を招いた災厄」

 山のように積まれた料理。傍に押し込まれている空の皿。


 料理がやってきたからというものの、アザレアもゼレジエスも一切手を休めずに口の中に料理を放り込んでは咀嚼し飲み込みを繰り返していた。


 店の在庫を食い尽くす勢いで暴食の限りを尽くす二人に対し、巨体にそぐわない程普通の容量の胃袋を持つケイデンスが困惑の表情を浮かべていた。


「二人とも、もう少し落ち着いて食べた方がいいぞ。喉に詰まる」


 一応の注意喚起をしたケイデンスに、口の中の物を飲み込んだゼレジエスが意識を向けた。


「なんだいあんた、さっきまで敵意向けてたのにご親切に」


「いや……まあ噂に聞いた魔龍様より実物は良識があったもんだからな。意思の疎通が出来るのなら、そんな邪険にする必要もないのかなと」


「いい事言うねえ。普段迫害されるか恐れられるか軽く扱われるかしかないから新鮮だわ」


「過去の事を思えば当たり前の事だろうな。……いや、軽く扱われるってのは解せないな。最凶最悪の魔龍を相手取って軽く扱えるような輩がいるのか?」


「いるんだな、それが。俺なんかより悪い奴はいる、現に俺は今そいつに飼われてるわけだしな」


「飼われてる? ……獄炎龍ゼレジエスが何者かに隷属してるのか?」


「目を丸くすんなよ兎のにいちゃん。俺は存外そこにいるガキみたいな奴には弱いんだ、そーゆー弱みを握られりゃいかに力持ってて俺を手玉に取ることなんざ造作もないさ」


 過去を懐かしむように言うと、すぐにゼレジエスは食事を再開した。


 話を横から静聴していたアザレアも、口の中の物を全て飲み込むと一度ゲップをしてゼレジエスに向かい質問を投げる。


「さっきから聞いてりゃ龍だなんだと言ってるけど、なんで龍なのに人の姿をしてるんだ? その姿がデフォなのか?」


「んー? ……っ、ふう。ええとな、龍種は意外と高度な知能を持ってんだ。だから世に言う変化へんげの術式や、変身魔術を使って人に擬態してる個体も珍しくはないってことさな。まー龍は何をするにもエネルギーの消費量がハンパねえから擬態してるのは魔力量の貯蔵が多いほんの一部だが。縄張りのリーダー格や俺みたいに一等能力が希少だったり強力だったりして特別扱いされる個体、それらの側近や生まれついての優等種なんかがそれに当たるな」


「へぇ。なんで人間なんかに化けるんだよ?」


「今は人間が主軸の世界だからな、別に龍の住処でひっそり生きていくのも良いが、人間の生活圏はどんどん広がりつつある。自分ら以外の種族との外交や意思の疎通をしていかないと確実に滅ぼされてしまう運命にあるのは明白だろ」


「そうなのか? 人間の力がそんなにすごいとも思えないんだが……」


「脆弱なのは肉体の基礎的な機能だけなんだよ、お前らは。事実人間は星の各地に文明を築き、他の種族は住処を追い出され共存を選ばない者達は『魔族』の烙印を押された。人間以外にとって、自由の主張は魔性を受け入れるって認識にされてる。それがなによりも人間の強さを証明してるんだ。学のあるガキなら歴史に多少の理解はあるもんだぜ」


「……学なんぞないもんで。少なくともこの世界においては」


「ははっ、なんだそれ。まあ魔龍と呼び区別される前まで龍は存在自体が『悪』の代表格として見られてたって歴史もあるからな。差別化された今、余計に魔龍は悪としての側面を強く抱かれてるのさ。そのまんまの姿じゃ即討伐対象、だからこれは一種の知恵の使い方って訳だ」


「勝手なイメージなんだが、龍はデカくて強いんだろ? 龍が人を恐れ人に擬態してまで順応しようとするとは思えない。あんたの言い方じゃ人間に悪認定されて戦争が勃発するのを避けるように聞こえたんだが、そんなに脅威なのか、人間って」


「だから人間の強さは異質な所にあるんだって。そりゃ俺らはルーツがそもそも人間とは異なるから身体はデカイし筋力やら器官の構造やらでも純粋な能力は龍の方が上だろうが、人間には高い知能があるからな。優秀な術師や騎士ともなれば龍の浅知恵なんぞ踏み越えて殲滅させてくる輩もいるだろう。魔法や科学の力で龍なんて如何様にも葬れる、それが今の時代なんだよ」


「はー、難儀なんだな。でもさ、人間に滅ぼされないように人間に化けてるって言ったくせに、ゼレジエス……さんさ、さっき思い切り翼出して正体を認知されるような真似取ってたじゃん。あれはなんだったの」


「普通に説明してやろっかなっつって口と手が滑っちまったよ」


「馬鹿なの?」


「馬鹿じゃねえよ、能がねえ魔龍は全滅した。俺が生きてんのは利口だからだ。誤解して欲しくないんだが今回は異例中の異例だからな?」


「異例中の異例?」


 首を傾げる。そんな特別説明を必要とするような流れの会話をした覚えはなかったのだが、何を持ってして異例としたのか。


「はっ。……お嬢ちゃんが昔出会った子供に似ててな。その子に面影を重ねてたら無警戒になっちまってたのさ、つまりお嬢ちゃんのせいだ」


「なんだそれ。結局馬鹿なだけじゃん」


「ははっ、嬢ちゃんに言われるとこそばゆいな」


 そう言ったところで食事が再開される。


 ずっと2人の会話を静聴していたケイデンスは考えを巡らし、ゼレジエスが気分良く飯をたいらげてるのを見て一息ついてから口を開く。



「ゼレジエス。お前、幼子好きなのか」


「そっくりそのままその言葉打ち返してやろうか、兎さん」


 尊厳を損なうような指摘にゼレジエスは大した反応は示さず、流すように返した。


「……っ、ふぅ。ごちそうさま」


 満足げな声音でアザレアが山ほど積まれた料理を食べ終え立ち上がる。


「おう、行くのか嬢ちゃん。んで兎さんは……嬢ちゃんが食い終えたらまた臨戦態勢か、物騒だねえ」


 ケイデンスは銃をいじりながら応える。


「いや、この銃に込めた弾はあんたに傷をつけるためのものじゃない。あんたが今回俺たちを加害しようという目的を持っていないということはわかった。だが、あんたがどんな罪を重ね今ここにいるのかってことに関しては見逃すわけにはいかない。だから、俺らの及ばぬ範囲のことは公の人間に解決してもらうことにしたよ」


「あん? なんじゃそりゃ」


「騎士をここに呼ぶ。今込めた銃弾はそのための煙弾だ」


 と、わざわざ大きく強調しながらその目的と弾の内容を説明するが、依然としてゼレジエスは余裕を保ったまま食事を続けていた。


「騎士か、呼ばれれば戦闘は必至だろうな。だからやめて欲しいんだが、そちらとしても早く去って欲しいが為にそんな脅しをかけてんだろ」


「脅しじゃなく普通に呼ぶつもりだ。なんにせよあんたは危険な魔龍、心の底で何を思いいた人を襲うか分かったものじゃないからな」


「過大評価のしすぎだぜ、悪党に。山のように死体を積んだ殺人鬼だって、年中人を殺したいと思って生きてるとは限らない。結果論と目的意識が必ずしも一致するわけではない。歴史上最も破壊と死をもたらしたとて、暴れることが好きなやつと決めつけるのは早計だ。あんたらは俺の災厄に、災厄たらしめる凶暴性を期待しすぎている。それは、本人にとっちゃ御門違いの予測だ」


「……詭弁だな。何を言ったところでお前を信用する材料にはならない。死にたくないからな。俺は騎士を呼ぶ、戦闘が本当に嫌だと言うならすぐに立ち去るんだな」


「ははっ、腹が満たされないうちは何があっても立ち去らねえよ。……たとえ雷帝がここに来ようと、俺は飯を食い続けてやる」


 冷や汗が額を伝うケイデンスを、アザレアはなにアニメみたいなやりとりをしてるんだと言った目で見上げている。


 ゼレジエスが構わず食事を続けていると、カランコロンと新たな客が店に入ってくる音がした。


 ケイデンスがそちらを一度見て、そして驚愕を顔に浮かべる。そして、すぐにアザレアの腰回りを掴んで担ぐと、ダッシュで出口に向かった。



「だっ、何すんだよケイデンス!」


「やばい、騎士なんかよりよっぽどやばい奴が来てしまった! ここで魔龍と鉢合わせれば確実に一触即発の大乱闘の怪獣大決戦だ!! とにかく逃げるぞアザレア!!」


「なんなんだよくそっ! 離せよー!!」



 二人が店から出て行くのを感じたゼレジエスは、肩越しに何が店に入って来たのかを確認する。そして、あぁと声を漏らし彼らが逃げていった理由を理解する。



「久しぶり、ゼレジエス。元気そうだね」


「そうだな、レヴィ。まず一杯飲んだらどうだ」


「フフッ。いらない」


「そうか」



 直後、酒屋グラトニーを爆心地とした爆発が起こった。高密度の水分が急激に熱されることで起きる水蒸気爆発、それが一番正解に近い現象だ。

 気球のような水の塊に、渦巻き大地を融かす炎、天変地異とさえ揶揄される争いは王都騎士団、帝都軍、宮廷術師、智法会ちほうかいといった規律組織の介入が入るまで続いた。


 その日は今後歴史に残る鮮烈なる日となった。

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