第3話「中身はおっさん」

 女の身体になって長くなるが、一人称を私に変えるつもりは無いしそれらしく振舞うつもりもなかった。


 本音を言うと女っぽい格好をするつもりもなかった。だが肉体が女である以上、服もそれ相応の格好をしなければならない。これは妥協だ。


「意外と可愛いな……」


 まじまじと鏡に映る美少女の姿に素直な感想が漏れた。


 これが俺か。


 長らく、というか最早今世で鏡を使って自分の姿を見た事など指の数で事足りるほどの回数しかないが、こうして見ると前世とは不釣り合いなくらいには造形が整っている。


 ……この姿を見たらまあ、自分の容姿に自信を持ったり自惚れたりするのが妥当だ。神はそれを狙って、わざわざ俺の転生体を整ったものにする事で俺への嫌がらせとしたんだろうか。



「おー結構似合うじゃねえかアザレア。やっぱし素朴な格好なんかよりちょっと気取った金持ち娘みたいな格好の方が似合うよお前」


「そ、そうかよ」


「ああ。でもまあお前なんでも似合うから、もっと合う服ありそうだけどな」


「まだ選ぶのかよー……」


 パキンガスを出て、ウルガダという街の商店街までわざわざ来てケイデンスに言われるがまま服の試着を繰り返しているが、何を着ても似合うと言われる為信ぴょう性が全く無い。


 確かに俺は可愛い。ただなんでも服が似合うというのは流石に違うと思う。


 別に服の似合う似合わないに頓着する程の美意識はないし、適当な物が二、三着あればそれでいいと思っているからどうでもいいのだが。


 何故何着も購入するのか、帰りの荷物が多くなるのを考慮しないのかこの化けウサギは。


「お前全体的に色素薄いから淡い色が似合うよなー。うん、こうしてみると人間のメスも結構可愛いな。……いや、お前が特別可愛いのか?」


「馬鹿じゃねえの?」


 俺は男だ。あーいや、外見は女だが中身は男だ。

 可愛いと言われても微塵も嬉しくないしむしろおっさんに容姿を褒められていっそ気持ちが悪い。

 いっそというか一掃してしまいたい。


「アザレアー」


「わっ、ちょ待っ!?」


 一番最後に着たゴスロリ服を脱いでいる最中に脱衣所のカーテンが開きかけ慌てて手で押さえる。するとケイデンスの奴め「なんだよ、昨日まで全裸だったろお前」とか言い出してきやがった。


 確かにそれはそうだがそういう問題じゃないだろ。

 もう服着ちゃった、昨日までのは仕方ないとして服を着ちゃえば羞恥が戻ってくるという物だ。


「なんだよ非常識化け物ウサギ! 用件あるならそのまま言え!!」


「店内で騒ぐな。いや、女の子って下着とかにも気を使うんだろ? さっき買った下着どんなのかなーと思って」


「ん!?!? ……んっ!!? ごめん意味分からない」


「エロい下着持ってきてやったから付けて欲しかった」


「やばいなお前、ロリコンかよ。下着なんかなんでもいいよ、さっき買った上下一式三点セットで十分だ!」


「本当か? もしこの先お前に恋人が出来た時、そんな地味な下着で勝負に出るのか?」


「もう戻してこいってまじ。いらないから!」


「ちぇっ」


 2メートルを超える大化け物が子供のような声を吐いて遠ざかっていった。


 ケイデンスの気配が消え、カーテンを押さえておく必要が無くなったので手を離して鏡を正面に捉え、改めて自分の裸体を観察した。


 髪も肌も白く、眼球も色素が薄いからか赤に近くて模様が鮮明に見えている。

 光に弱い為にひっきりなしに瞳孔が些細な明暗で大きさを変えており、まるで眼球の上に別の生物が乗っかってるかのように見えた。


 二の腕を摘んで引っ張る。

 その程度じゃ何も起こらないが、引っ張り続けると鬱血にも似た変色を起こしピリピリと皮膚の内側が引き剥がされるかのような音がした。


「胸小せえな、オレ」


 未発達の乳房に手を添える。こんな幼童の手でも手の中に収まるサイズとかどんだけだよ、と。


 散々ならず者どもに犯され、握り潰されたり引きちぎられてきたのにここまで小さいと、成長性の伸び代が無いのかと思ってしまう。それが原因でこの歳で巨乳提げるのも勿論嫌だが。



 ……一丁前に綺麗な体をしてるのがかえってイラつく。脆くて替えの効く、安物で価値の無い体。


 普通の人間みたいにもっと醜くあれればと、劣等感とも嫌悪感とも取れない変な感傷に浸ってしまった。

 神の性格は最悪だ、元いた世界の死後の裁定機構はよっぽど有能な造りになっていると感心せざるを得ない。


「アザレア」


「ひゃんっ!?」


 突然背中の筋を指でなぞられて変な声を出してしまった……じゃない! ケイデンスの奴が思い切り試着室の中に入っているし、裸体も今俺が行なっていた行為も全部見られて……。


「待てアザレア、殺気立つな。お前の裸になんか興味ない」


「黙れ。前歯へし折るぞ変態野郎」


「興味ないと言っているだろ。また服持ってきたから、これも試着してくれ」


「分かったから出てけ、そろそろキレるぞオレ。もう腹八分くらいキレてるからな」


「ほとんどキレてるじゃないか。まあまあ、それで最後にするからさ」


 はっはっはっと茶化し笑いながらケイデンスが試着室から出て行った。


 持ってこられたのは馬鹿みたいに個性的な今までの服とは一線を画す、至って没個性なワンピースだった。


 ナイフを持って人を手に掛けようとした時の夜に着ていたワンピースにそっくりで、少しだけあの日の事を思い出し、最後の最後に気分を害されて最悪な気分だった。



 *ーーーーー*



「お前馬鹿だろ」


 服や生活雑貨、その他諸々有り難く買っては頂いたものの、予想通りの大荷物を背負いケイデンスがまるでサンタクロースのようになっていた。


「なんだと? 酷いこと言うなあ、代わりに持つか?」


「潰れるわ。潰れて粉々になるわそんな量は。ったく、なんでお前は帰る時の事を考えて買い物しないんだよ」


「? 確かに重いが、そこまで遠い距離を移動するわけでもないしいいだろ別に」


「はぁ? パキンガスからこっちまで片道一時間、徒歩を入れるとプラス30分で約一時間半、十分遠い距離だろうが」


「パキンガス? ……あぁ、そういえば言い忘れてたわ。今日は引っ越しだぞ」


「引っ越し?」


「そう。あの街の環境はお前にとって毒でしかないから比較的王都に近くて治安が良いこっちの、ウルガダの街に引っ越す事にしたんだ。今日はその買い物に来たんだよ」


「そういう事は事前に言えよ」


「ははっ、ごめんな」


 デカイ毛むくじゃらの腕でわしわしと頭を撫で回される。

 人の多い大通りを歩いているからこの巨体は目印になって迷う心配は無いが、ただでさえ身長低くて通行人に揉まれてるのに上から押さえつけられると波に飲み込まれてるようでとても不快だ。


「しかしアレだな。元気になればなるほど言葉遣いが男っぽくなるな、お前」


 人混みを抜けた辺りで乾燥が少なくなったタイミングでケイデンスがそんな話題を振ってきた。しかしそれに対してどう応えたらいいか分からない。


多分彼が言ってるのは今の俺と、出会った時の衰弱してる俺とを比較して言ってるんだと思う。


 単純なテンションの違いと言えなくも無い。

 しかし一方で、一つの仮説として衰弱してたり心が参ったりすると元の男の時の人格が弱まって肉体に引っ張られて幼女の精神になってしまうと俺は考えていた。


 いい歳した男が仮に幼童の姿を取っていたとして排尿を『おしっこ』とは言わないし、ウサギの化け物に抱きついて泣き喚いたりもしないだろう。あの時の記憶こそあれど何故そんな言動、行動を取ったのかは俺自身よく分からず衝動でそう行なったとしか言いようが無い。


「変か、オレ」


「変だな。どっちかに統一してくれって思う」


「……まあそれはおいおいな」


 俺はあくまで今のスタンスを変えるつもりは無いし、今更女らしい立ち振る舞いとか喋り方とかを意識する気は全然無い。だがそれも、生きる環境が変われば変わっていくんだろうか。


 ……想像は難しくなかった。俺が心まで女にって考えると、心底気持ち悪い。そこら辺も、神の性格の悪さが滲み出てるような気がした。


「もうすぐ新居の方に着くからな。着いたらとりあえず荷物置いて、すぐに出る準備な」


「まだどっか行くのかよ」


「自分の髪を見てみろ」


 彼の言われる通りに俺は自分の、足元までだらしなく伸びきった髪を見た。放置されていた事からかなり傷んでいて、毛先は色素の薄さとは違った、栄養が行き届いてない感じの脱色を起こしていた。


「その髪は日常生活に支障を来すだろ。散髪行くぞ」


「お前全身毛むくじゃらじゃん。お前もバリカンしたら?」


「見たいのか? 俺の素肌を」


「いや、いい」


 軽口を叩いてみたら案外ノリ良く応えてくれた。体毛を刈られたケイデンスなど今以上に直視に堪えないグロモンスターになりそうなので是非とも体毛のケアは維持して頂きたいところだった。



 新居は立派な西洋風の家屋で、商店街の裏の通りにあった。通行の便が良く、買い物の際に時間を要さない好立地だ。


 土地の都合の良さと建物の設計からそこそこの高額物件なのだが、ケイデンスは一回分の給料が高い殺しの仕事に就いていながら無趣味だった為貯金はそこいらの貴族並みに持っていたらしい。


 突拍子も無い引越しの決断から1日にして生活に必要な全てを取り揃えていた。


「なんでこんな部屋いっぱいあるんだよ」


 家の中に入り第一声に発した言葉が疑問だった。二人しかいないのに、デカイ部屋が一つと小部屋が三つ、部屋かどうかは分からないが人が住むのに不自由しなさそうな電気付きの空間が一つあった。


「知らん、特に何も考えてない。荷物置きにでも使えばいいだろ」


「えぇ〜……」


 本当に無計画なんだこの人、すごいなあ。


 不動産屋さん、本来この家を勧めるべき顧客を完全に間違えている。傭兵と幼女の二人暮らしに提供するようなチンケな物件じゃないでしょこれ。


 なんなら俺らなんてそこらの賃貸マンションで十分じゃん。やり過ぎだよ流石に、と思わざるを得なかった。


「まあ、お前の千切れた体は自然消滅したりしないんだろ?」


 突然ケイデンスが怖い事言い出した。


「なんだよ急に」


「いや、部屋が余ってるんだったらその千切れた体を入れとくスペースにしてもいいかなって思ってな。ほら、一応人体の一部だからゴミに出せないし」


「……確かに自然消滅はしないが、普通に腐るぞ。腐ったら相当臭いぞ」


「空き部屋に冷蔵庫敷き詰めるか空き部屋ごと冷蔵庫にして、ラップに包んで入れればなんとかなるだろ」


「そんな食用肉を保存するみたいに……てか電気代バカにならないだろ」


「金なら大丈夫だ。もう一生遊んで暮らせるくらいの貯金は蓄えてる」


「使い方が頭おかしいんだよなあ〜……」


 実際困った事に、コストの安い俺の体は壊れた後にすぐ土に還ったり消えたりしてくれればいいものの、普通の人間と同様に千切れたらそのままそこに放置される。どこかに定住する事になった場合、事故で千切れた時の対処は確かに必要だろう。


 しかし発想が飛躍しているというか、よく思いつくなってレベルの事をスラスラと言えるケイデンスは見かけだけでなく中身も人間と逸してるんだろうか。


 てか想像出来ないのか、そんな部屋があったらそこだけ地獄絵図になるという事に。間違ってその部屋に入り込んだら脱出までの数秒間がガチのホラーになってしまう。並べられた冷蔵庫、中に敷き詰められた人間の四肢、ウサギの主人とアルビノ少女、完全にそれっぽいじゃないか。


「部屋の使い方は後々考えるとして、散髪屋に行くぞ」


 

荷物をリビングに置き、先行する彼に続き家を出る。


 ケイデンスはもう既にこのウルガダの街の地理を把握してるのか、目的の場所まで迷う事なく先を歩く。頼もしいが、歩幅が大きく異なるからどうしても小走りじゃないとついて行けないからこっちの体格に合わせて移動してほしいものだ。


「ッ、どうした。遅いぞ?」


「ああ、ちょうど今その事について考えてたんだ。お前歩くの早いんだよオレの足に少しは合わせてくれよ!」


「ああ? これでも早いのか、短足種族だなあ」


「どわっ!?」


 サラリと貶しながら、ケイデンスは俺の服の首根っこを掴むと持ち上げ頭の上に乗せた。俗に言う肩車だが、やたらと高いし頭部でかいから股が限界までこじ開けなきゃバランスを保てないし毛が顔に近くて鼻がくすぐったい。乗り心地最悪だった。


「お気遣いありがとうケイデンス、降ろしてくれ」


「バカ言え。お前の歩行スピードに合わせてたら日が暮れるわ」


「暮れねえよ!? 流石にそこまで遅くねえから!!」


「このまま連れてってやる。その方が早いのは確かだろう」


「うんじゃあせめて肩に乗せてくれよ」


「いいぞ」


 座席の移動を提案すると彼は二つ返事で了承し、俺の胴体を掴んで左の肩に乗せた。


 やばい。怖い。歩く度に後ろ向きに落ちそうになる。怖い。体毛を掴んでるけどそんなに長くないから安定感ないしすぐにでも落ちそうだ。


「ケイデンス、耳掴んでもいい?」


「え、なんで。引きちぎるのか?」


「ウサギの耳を掴む行為は別に引きちぎるのが目的ってわけじゃないから。掴むものがないとバランス取れないんだよ」


「なんだそんな事か」


 次から次へと面倒な……とでも思ってそうな声音でケイデンスがそう言うと、俺を掴んで両手で寝かせるように包んだ。俗に言うお姫様抱っこだ。


「これでいいだろ」


「良くねえわ!! 降ろせ、降ろせぇぇ!!」


「なんなんだお前文句が多いぞ。歩くのが早い、肩がいい、落ちるのが怖いの次は恥ずかしいから降ろせ、か。そして無限ループになるんだろどうせ」


「い、言い分は分かるけどこれは流石に恥ずかしいから!」


「もうすぐ着くから我慢な」


「嫌だあぁぁ!!」


 そんなこんなでお姫様抱っこ(という名の拘束)をされた状態のまま俺はヘアサロンまで連行された。



 *ーーーーー*



「結構短くしたな。まるで別人に見えるぞ」


 散髪が終わった後、漫画を読んでいたケイデンスの前に姿を現わすとそんな感想が返ってきた。


 折角女の体なんだから女らしくロングヘアーにしたいという意思もあったが、思えば幼少期から基本髪は長かったし正直寝返りをよく打つから鬱陶しいだろうと思って短めのセミロング、肩にかかる程度の長さまで切ってもらった。


 あと同席したロリコンのお客さんにリボンもらったので、折角なので店の人に結んでもらってポニーテールで出たためか、ケイデンスは目を丸くしていた。


「似合ってるな、その髪型」


「まじ? なんか子供っぽくてオレはちょっと嫌なんだが……」


「ガキの癖にガキっぽさを嫌がるなよ」


 悪意は無いのだろうがムカつく言葉を投げられたので無視を決め込む事にした。謝ればかたれ。


「しっかしお前、今日になってどんどん可愛さに磨きがかかってるな」


「はっ?」


「嫌そうな顔するなよ。本心を打ち明けて何が悪い」


「……お前には分からねえよ」


 つい嫌味なセリフが飛び出してしまうが、それを気に掛けてられるほど何故か余裕がなかった。


 火照った顔の熱さと気恥ずかしさをなんとかこいつにだけは勘繰られないよう、嫌悪を演じる事でその帰り道は精一杯だった。


 そして確信する。俺、やっぱり理性より先に本能というか、深層心理の方から女の肉体に染まりつつある。やばい、かなりやばい。

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