第2話「変容」

「……ッ、はぁ」


 弾丸が埋まっているアザレアの肩の傷口にピンセットを挿していたケイデンスだったが、彼女の特異な魔力の影響でピンセットさえも結晶化し握った瞬間にバラバラになるのを見てため息をこぼす。


 害意はないと言ったものの1発発砲したのは事実であり、ケイデンスは罪悪感からそれを取り出す作業を続けているが、正直何をしても取り出せずお手上げ状態だった。


 アザレアの魔力、それが浸透している体内の筋繊維は人体にも物質にも絶大な毒性を持つ有害物質となっている。

 体内で結晶化してしまった弾丸を抽出する事は器用さに富んでないケイデンスには地獄のような作業で、一向に成功の目処が立たない。


「……やっぱり無理、だよね」


 自分の失態にも関わらず被害を受けた筈のアザレアが申し訳なさそうに暗い顔をして言った。

 いや、それは撃った癖に後始末もロクに出来ないケイデンスに対しての諦観か、彼の目にはそう映った。


 一応アザレアの言い分によれば弾丸を体外に出す事はできる。

 ただそれは魔力を帯びさせた逆側の指で自身の肩を破壊するといった手段で、当然激痛を伴うしせっかく再生した分が無駄になる事を指している。


 それらが嫌だからといっていつまでも体内に鉛を入れておくのも気持ち悪いし、気は進まないが渋々といった感じでアザレアは言っていた通りに指先を肩に触れさせ、ズブッとその指が肩に沈み込み関節が溶け出したのか一気に肩の位置が下にズレた。


「うぐっ!? くぅ……」


 痛みに声が漏れる。目の前で自身の肉体を破壊する少女の姿にケイデンスは再び大きな罪悪感を抱いた。


 一目見た時に彼女を引き取ろうと決意した時は病弱なくらいなら金はあるしそこらの悪党よりかは安全な生活を提供できる、そう踏んでいたのにこの体たらく。


 つくづく自分の思慮の浅さに嫌気が差していた。


 ズルンッ、ボト……。


 肩を完全に落としたアザレアは荒い息を吐きながら涙を浮かべていた。


 当たり前の事だが彼女はかなり精神を磨耗している。こんなにボロボロな少女は生きるのが必死なんだから、ふとした瞬間にジョークを飛ばすような余裕がある筈無いんだ。


 ケイデンスは先程彼女に言われた、「性交をしよう」という言葉をこのタイミングで想起した。


 彼は胴から分断されたアザレアの腕を触ろうと手を伸ばす。すると慌ててアザレアは「待て!」と制止を掛け、その言葉を聞き驚いたケイデンスが手を引っ込めると彼女は千切れた自身の腕に歯を立て噛り付き、付けた傷口から血を吸い出していた。


 チューチューと、まるで吸血鬼のように自身の千切れた腕から血を摂取するアザレア。


 吸った量に応じてか再び肩の断面から骨が生成され、それを包み込むように筋繊維や血管、肉、皮膚といった組織が形成されていく。

 しかしある程度の長さまで再生すると、膝に差し掛かる寸前で再生は止まり千切れた腕も血色を失っていた。


「身体が脆い代わりに、血を吸えばある程度は再生できるのか」


「厳密には魔力だな。オレの身体は壊れやすい代わりに再形成しやすい、低コストの安物なんだ。魔力さえあれば自前の血肉を元あった形に再生できる」


「へえ……だからセックス、なのか」


 思った感想をそのまま直にぶつける。


 性行為、生殖器同士の接触は血管に近い粘膜同士の接触でもあり、物理的にも肉体の距離が近くなるために互いの魔力を共有する際には効率が良いとされる。特に精子は高濃度の魔力が詰め込まれた人間の設計図のようなもので、膣分泌液も血漿けっしょうが主成分となる為含まれる魔力は多い。


 そうした思考を巡らせる納得するケイデンスに対し、アザレアは嫌な顔を露骨に見せ気持ち悪そうな視線をウサギ顔に向ける。


「……性交って言えや、気持ち悪い」


「同じ意味じゃ無いか」


「……おっさんなんかと魔力を効率よく得るために交わらなきゃなんないこっちの身になれっての」


「おっさんて……おっさんだが……」


 流石に心外な言われようだった。それにケイデンスは生まれつきの魔兎、魔族である。

 人間とは異なる種族であり彼の性的趣向も同種族のメスに限られている以上、彼からすればアザレアが如何に可愛かろうが情欲を掻き立てるようには見えなかった。


 全身が毛で覆われている彼からすれば毛が頭部以外に全く存在しないアザレアの、人間のメスというのは率直に言って気持ち悪い見た目をしていた。

 まるでエイリアンのようにも見えて、奇怪で奇妙で虫とはまた違ったタイプの嫌悪感を覚えさせる。



 そこら辺の諸々を我慢してアザレアの要求に耳を貸そうとしてるのだ。彼からしてもアザレアとセックスなど出来ればしたくないし、それならオナホールの方がまだマシだと思っていた程である。


「それなら、キスだけって言うのはどうなんだ?」


「キス? ……キス?」


「そうだ。お前の言い分だと、粘膜同士の接触が一番効率よく魔力を供給出来るんだろう? 口の中にも粘膜はある、経口摂取で魔力を与える方がまだ良心的だと思うんだ」


 身長が2メートルを超えるケイデンスと140あるかないかくらいのアザレアでは体格に差があり過ぎるし当然性器の形状も互いが噛み合わないようになっている。

 性器の接触による魔力供給は互いの肉体に多大な負荷を掛けてしまう事は火を見るよりも明らかだった。


「……やった事は無いが、物は試しか」


「なんだその口ぶり。前にセックスで魔力の交換をした事あるのか?」


「……」


 話を振るとアザレアは明らかに暗い顔をしてケイデンスを睨んだ。

 地雷を踏み抜いた事を察知した彼は素早く謝罪を入れ、フンッと鼻を鳴らしたアザレアの脇に手を入れ抱き寄せた。


「……もっとデリカシーのある男に拾われたかった。これも神の悪戯かよ」


「何を言ってるかわからんが謝るから許してくれよ。しかしちっさい口だな」


「お、おい、口を開けるなよ。オレを食うつもりかお前? ウサギの口内のドアップは普通にグロいから口閉じてくれよ」


 地味に傷つく事を言われながらも支持される通りに口を閉じ、あまりにも小さすぎて目標が定まらないまま唇を合わせた。



 無言の時間。

 アザレアは強く目を瞑っていて、拒絶の意思が明白に見て取れた。にも関わらず唐突に相手の方から舌が侵入してきた為、慌ててケイデンスは口を離した。


 接吻が終わった瞬間、アザレアはペッペッと唾を吐き出すフリをした。

 欠損箇所には目で見ただけでは変化が見えなかった。


「なんでディープなんだよ。おませさんかよ」


「バッ!? 違うわ馬鹿か!! 粘膜接触しなきゃ魔力を摂取出来ないだろ!? お前自分の唾液に魔力が混ざってるとでも思ってんの!?」


「そりゃ混ざってるだろ分泌液なんだから。……もういっそ俺の精子をコップかなんかに入れてお前に飲ませればいいんじゃ無いか?」


「おえっ、おえぇぇぇ!! なにその拷問じみた所業、絶対やだわそんなん!!」


「遠慮するなよ、いつか通る道だ」


「通らねえよ馬鹿! 頭に蛆でも湧いてんのか畜生ウサギ! もうお前黙って寝転がっててくれよ!!!」


「えぇ〜」

(確かに今のはこちら側の発言に非があったがこっちとしても異種姦は気持ち悪いという一般的な認識を持ってるからな〜)


 言いたい事は山ほどあったが、それを発言し本格的にアザレアがキレたり逆に拗ねられたりするのは面倒なので黙って言われた通りにベッドの上に寝転がった。


 アザレアは満足に残っている左腕を使って寝転がっているケイデンスに這い上がり、その顎を掴むと勢い良く口を激突させ舌を捩じ込んだ。


 互いに気持ち悪い思いをしながらアザレアの四肢が完全に再生するまで、約一時間程休まずに接吻をし続けていた。



 *ーーーーー*



 ケイデンスはベッドで寝ているアザレアに目を配りながらコーヒーを飲んでいた。


 四肢が完全に再生してからは心底気持ち悪そうな仕草を見せるまでもなく、彼女はスタミナの限界を迎えたのか口を離してすぐにケイデンスにのしかかる様にして眠ってしまった。

 再生しても尚華奢で脆そうな身体をしていて、よくこれで今まで生きてこれたなと思う。


 手足も、胴体も、頭も、きっと壊すのに片手で事足りる。

 そんな危うい事を考えるも、嗜虐思考を持ってはこの『悪の街』に呑まれてしまうので彼はそそくさとコーヒーを飲み終え積み重なった洗濯物の上を踏み越えて浴室に入る。


 シャワーから熱湯を出し浴槽に腰を下ろす。浴室の鏡は割れていて、後ろの壁には弾痕と共に弾丸が埋まっていた。

 浴槽の中には、血溜まりと共にこの部屋を借りる際のいざこざで出来た先住者ゴミが入っていた。


 ケイデンスが引き受けた依頼のターゲットで闇組織に居ながらその組織の金をちょろまかし追われていたしょうもない小悪党である。

 どこに捨てられていたとしても問題ないが、死体の運搬ばかりは彼の苦手とする工程で後処理が面倒だからと死体はそのままに部屋だけ貸し切りにしていた。


「……明日はあいつを洗ってやらないとだから片付けるしかないよなぁ……色々」


 死体ゴミ捨てにこいつの所持品の廃棄、掃除、破片や食べカス、虫の巣などの処理、その他諸々etc。


「はあぁ〜……」


 深い溜め息を吐き出すと、彼は湯を止め体毛に付着した水気をタオルで拭き取るとまだ若干濡れた状態のまま全身隠れるレインコートを被り、死体を袋に詰め外に出た。

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