第1話「光」

 帝都アルスヴァリアと王都ルクスデレの長きに渡る紛争は終わり、事実上の敗戦を喫した帝都側は王都と併合させられる事で一つの国としての形と、その秩序と平穏が保たれている。


 当時帝都が保有していた軍は解体され、そこに所属していた者の多くは退役軍人として、就いていた軍を除隊させられる事を余儀なくされた。


 かつての同胞達が今どこで何をしているのかは知らない。俺はフリーランスの傭兵として各地を転々としその報酬金で生活するという不安定な事をしているが、恐らく他の連中も似たような事に着手しているのだろう。


 普通の仕事をするにはあまりに血を流しすぎた。今更武器を握らない生活などには到底戻れる気はしなかった。


 ……そもそも、|魔族に該当する我々が人間界で普通の仕事など、無理に決まっている。



 ーーーー体躯は2メートル弱ある巨体の魔兎まとであるアレクサンドル・ケイデンスは、返り血を浴びた迷彩服を黒衣のコートで隠した状態でパキンガスという繁華街の通りにある店に入った。


 店の名前は『ストレンジ・ハウス』、簡単に言うと身寄りのない子供や罪人を使った残虐な拷問をショーという形式で披露している見世物小屋だ。


 パキンガスは世界でも有数の闇の街とされており、裏世界を牛耳るギャングや有名な闇組織の面々、脱走した犯罪者やならず者達で溢れかえっており『悪の街』と太鼓判を押されるほど治安の悪い場所だった。


 こういった趣きの店も決して珍しくはない。見世物小屋の他にも違法風俗店や麻薬専門店、死肉料理店など数多くの常軌を逸した物が立ち並んでいる。


 悪の街に集まるのは馬鹿かマニアか生き死体。悪人が用意した甘い蜜に頭の緩い金袋が寄って集って舐めに来る場所だった。


「おっ、ケイデンスの旦那! 今夜も来たのかい!!」


 店に入ると歯が壊れた鍵盤のようにボロボロの、成金風の高いスーツを着た痩せぎすの男が話しかけてきた。彼は『麻薬屋のリディー』と呼ばれている人物だ。ケイデンスが仕事で必要な時によく違法薬物を仕入れている。彼からすればケイデンスはお得意さんでである。


 噂によれば世帯持ちだったが妻と娘を薬漬けにし、身体は生きたまま意識を殺した状態でこの『ストレンジ・ハウス』に出品し多額の資金を貰っているらしい。

 麻薬売りは個人で薬物栽培をするのにも限度があり、出来るだけ多く広く土地が必要だ。それを念頭に入れておけば、彼のした事もケイデンスは理解出来たし一応の『友人』というカテゴリにも入れる事は出来た。


 利害関係で結ばれた、友愛など皆無な友人関係だが。


「ああ、新作が入ったって聞いたんでな」


「あー、チラシを見たのか。なんでも、世にも珍しい生きたアルビノ人間らしいぜ?」


「ほう。脆弱ですぐ死ぬような劣等種を生きたまま捕獲するとは、ここの漁師も有能な人材を取り揃えているんだな」


「へへっ、しかもかなりの上物らしい! もしオイラ好みだったら買っちゃうのも有りなんだよなあ〜」


「はっは、まあ見てのお楽しみだな」


 どうせ飽きたら薬漬けにして何処かの店に横流しする癖に。

 購入金額と売却金額を天秤にかけると明らかに自分が損する側に回っているという事に理解がいかないのか、とケイデンスは思った。


「で、新作は何処にあるんだ?」


「ん、オイラも今来たところだからまだ見つけれて無いんだよね。一緒に探さないかい?」


「構わんが……お前と関わってるとすぐ厄介事に巻き込まれるからなあ」


「こ、今回は別に何もしてないやい。人を疫病神みたいに言うもんじゃねえぜ? 旦那」


 なら少しは大人しく暮らしていてくれ、と心の中で突っ込む。


 店内には様々な趣味の悪い見世物がある。実際に逃げ惑う檻の中の人間を撃ち殺せるシューティングゲームや魔獣に喰われる様を見れる特設コーナー、ラリった狂人の男女を裸で一緒の檻に入れ交尾と殺し、同種喰いなんかを見る場所なんてものもある。


 他にも一人の人間の胴体に六つの頭部を移植させられた失敗品のキメラや、身体の一部が欠損した人間、奇形のまま生まれ水槽のホルマリンの中で生きたまま白い標本となってる子供など、とにかく多種多様で見る分には飽きないが心の弱い人間なら居るだけで発狂してしまうであろう空間だった。


 しばらく歩き回ってるうちに、リディーが何かを発見したようでケイデンスの肩を叩いた。少し眠気を感じていた彼だったが、あまりにもリディーが興味津々にソレを見たがっていたので、同じく新作を見に来たであろう人々を掻き分けながらソレが収容されている檻の前まで行く。


「……ほう」


 そして、ソレと出会った瞬間にケイデンスの口から息が漏れた。


「へーかっわいい! ちょっとオイラ好みだわあのアルビノ!」


 隣ではしゃぐリディーの声に、ケイデンスも納得したかのように一度頷いた。



 確かに彼女は珍しかった。

 色素が抜けてもなお汚らしくない純白の髪と、血管さえも薄っすら浮き出て見える雪のような肌。紅く宝石のように美しい瞳。顔も身体も、まるでそれは美し過ぎていて人形にようにすら見える完璧な造形。

 だが特筆すべき点はそんな彼女の生まれ持った部分ではなく、恐らく後から付けられたであろうその肉体の“損壊箇所”であった。


 彼女の四肢は周囲に無造作に落ちていた。

 右腕、左腕、右足、左足、それぞれが置物のようにポツンと彼女の周囲に配置されており、彼女の欠損した断面はまるで宝石を縦に切ったかのような鮮やかな赤で構成されており、固形の赤い結晶に光沢のある鮮やかな血液を流していた。


 光沢のある血液と、見る物を虜にする内部構造。まるで彼女は生ける宝石だった。



 見たことがない光景で、彼は初めて他人に対し“欲しい”という感情を抱いた。


「……まるで中身が宝石で出来たマネキンみたいだな」


 その様を見てケイデンスはそう形容する。

 リディーも勿論それに同意し、彼はソレを買う決断をしたのか檻の横に立っている管理員に話を付けようとしていた。


「待て、リディー」


「うん? どうしたの旦那?」


「あれは俺が買う」


「はっ? …………はあ!?」


 彼はケイデンスが奴隷や人身売買に一切興味がなく、そもそもこんな裏世界の娯楽に何一つ楽しみを見出してる瞬間など見たことがなかった。


 仕事の為、お金の為に嫌々人脈を育み足を運んでいる。それがケイデンスに対する彼の認識だった。


 それなのに、まさか自分の取り引きを引き下げさせておいた上での購入発言。その言葉を発したのが本当にケイデンス本人なのか疑ってしまうも、しかし、彼がこの世界に興味を示し自分らに歩み寄ろうとしてるのかと曲解した途端に彼はニヒルに笑い、ケイデンスの肩に手を置いた。


「……ふっ。あんたも来たか、悪党こっち側に。待ってたぜ、旦那」


「? そうか、ありがとう」


 イマイチ意図を汲まなかったケイデンスはリディーの言葉を軽く流し、管理員に檻の中のアルビノ少女の購入手続きをした。

 世にも珍しい高級品という事で異常な程の多額を請求されたが、殺しという仕事による高い給料と無趣味が幸いしてか彼はアッサリその額を支払うと、その日の内に少女を自身の今利用しているアパートに連れ込んで行った。



 *ーーーーー*



「お前、名前はなんて言うんだ?」


 家に帰ると早々ケイデンスは少女を包装していた箱から取り出すとソファーの上に座らせ話しかけた。


 今の彼女には四肢がない。千切れてしまった四肢はまだ見世物として『ストレンジ・ハウス』に展示されたままで、身動き取れず自由を剥奪された少女はケイデンスをキッと睨んだまま黙りこくっていた。


 ケイデンスの部屋には必要最低限の家具と酒の缶とそこに詰められたタバコしか無かった。


 小汚い部屋に少女は顔をしかめるが、それには一切気にも留めずケイデンスは向かいの、少しボロッとした丸椅子に腰掛けビールの缶を開けた。


「なんだ、拷問か何かされて喋る言葉を忘れたのか? それとも俺を警戒してるのか?」


 聞きながら、ケイデンスは床に無造作に落ちている銃を足で飛ばしてキャッチすると、銃口を少女に向けた。


 少女はそれを見て恐れるように顔を歪め短い悲鳴を上げて顔を背けるが、いつまでも銃声がしないのが気になり彼の方に向き直った。


 ケイデンスは銃を置いていた。


「撃たねえよ、撃ったら意味ないだろ? 俺はお前が欲しくなって買ったんだ。だからお前が思ってる風な酷い事はしない。そんなビリビリに警戒すんなよ」


 軽い調子でそう言う彼に、少女は睨んだままではあるが少し警戒を解いたのか小さな音で息を吸った。

 そして、少し頬を赤らめ、斜め下を見た状態で口をモニュモニュと動かし言葉を紡いだ。


「…………おしっこ」


「おしっこ? ……変わった名前だな」


「違う、おしっこ行きたい」


「あーそういう」


 納得するも、しかし、どうにも。


 彼女には四肢がない。こっちの業界で言えばいわゆるダルマの状態だ。これでどうやってそのおしっこをトイレで排泄させるべきなのか。


 少しの間考えたケイデンスは、少女の脇腹を掴んでトイレまで運搬し、上手く排泄出来るよう位置を調整した。

 丁度彼女が全裸だったから服に着く心配等々は無いが、それでも今自分が何をしているのかまるで分からなくなり混乱に陥りそうな気分だった。


「ありがとう」


 そんな中での感謝は余計に変な事をしている気をさせるから是非ともやめて欲しかった。


 しかし、彼女の感謝には本来の感謝とは異なる別の意味を孕んでいた。


「……ッ!?」


 ふと鋭い痛みが彼の左手の指全てに及んだ。

 見ると、彼の指には少女の血液が付着しており、その血液が触れた部分がまるで脆い鉱石のように割れ、崩れていた。


 光る血液は付着したケイデンスの左手の指に侵食、吸収される。パラパラと、ケイデンスの毛と指の表面が薄く砕け落ちる。

 やがて、少女の重さを以ってしてその指は完全に根元からへし折れ粉砕し粉微塵となった。


 少女は左手の支えを無くし前のめりに倒れる。すると彼女は僅かに残った膝や大腿を使い這うようにケイデンスの身体まで接近すると、その足に思い切り噛みついた。


「いってぇ!! くっ、お前!!」


 必死に離れさせようと逆側の足で少女を蹴る。そこで気付いたが、少女はケイデンスの血液を飲んでおり、それと同時進行で欠損していたはずの箇所が段々と並みの人間以上のスピードで再生していた。


 そもそも人間は手足が千切れたら自然治癒でそこが再生する事はない。

 この少女はまるでケイデンスの血液を糧とするかのように、吸収すると同時に再生を行なっている。


 ケイデンスは先程置いた銃を持つと安全装置を解除し、遊底をスライドして再び銃口を向ける。今度はハッタリなどではなく、正真正銘発射の前段階。


 引き金を引いたら弾丸が出て少女の頭を貫く。

 そんな状態に陥ったのにも関わらず、少女は一心不乱に血を飲んでいた。


 ケイデンスは躊躇わずに引き金を引く。しかし狙いは急所を外し、弾丸は彼女の頭部ではなく、その肩に刺さって少女はあまりの痛みにケイデンスの足から口を離し仰け反った。


「うっ……ううぅぅぅぅぅぅぅ!!」


 痛みを噛み締めながら少女はうずくまり唸る。

 完全に再生した左手で撃たれた右の肩を庇う姿を見て、ケイデンスは過去戦争に出ていた頃に遠征先で救えなかった小さな村の子供達を思い出していた。


(……反射的にとはいえ、まさか子供を撃っちまうとは。落ちぶれたな、俺も)


 ケイデンスは怯える少女を相手に完全に敵意を喪失し、銃に安全装置を掛けてソファーへと放ると少女の頭に優しく手を置いた。


「悪かった」


 少女は勿論ビクッと一際大きく恐怖の反応を示すが、ケイデンスは諭すような口調でそう言うと恐る恐る顔を上げた。


「俺はお前を傷つけるつもりはない、つもりだったんだが……なんだ、いきなり襲い掛かられたらこちらとしても困る。話してくれないか? お前に何があったのか、とか」


 彼の提案に、少女はしばらく静寂を貫いていたが、やがて一粒の涙が目尻から頬を伝うと、堰が切れたかのように喉を鳴らし泣いた。


 床に這いつくばって泣く少女に痛ましくなったケイデンスは一歩近付いて少女を抱き抱えると、先ほどの態度とは打って変わり彼に縋るように必死に手を回しその胸で泣いた。


 小一時間ほどそうしていると、感情が収まった少女がケイデンスの胸を手で押し離すよう指示する。


 その通りに彼は手を離すと少女は支えを無くし背後に倒れるが、助けようとしたケイデンスに左手で静止のポーズを取るとすぐにその手で鼻を押さえてこう言った。


「……獣臭い」


「なっ……! 失礼な!! 言っておくがお前こそ臭いからな!!!」


「オレの臭さとは絶対ジャンル違う臭さだから同列に語らないでほしい。ビジュアルも兎の化け物すぎて怖い。出来ればもっと可愛い感じにしてほしい」


「こんのガキャ……!」


 ズケズケと無礼な発言を繰り返す少女に静かな怒りを煮えたぎらせていたケイデンスだが、必死に左手で姿勢を正し彼と向かい合って話そうとする姿に毒気を抜かれ、一度溜め息を吐くと彼は片手で少女の胴を掴み再びソファーに座らせた。


「で、さっきの話の続きなんだが、お前の名前はなんて言うんだ」


 仕切り直しでそう問うケイデンスに、少女は少し考える素振りを見せてから答える。


「アザレア。アザレア・リクルガン」


「アザレアか。花の名前を付けられたんだな」


「お似合いの名前でしょ。踏まれて地面に這いつくばるようにしてる様とかまさにオレそっくり」


「思ってねえからそんな事。……お前、折角良い名前を貰ったんだから大切にしろよ」


「うるさいな。オレはこの名前嫌いなんだ、ほっといてくれよ」


「嫌い? 何故、良い名前じゃないか」


「……花言葉が嫌いなんだ」


「へえ、どんな花言葉があるんだ?」


 ケイデンスの問いに、アザレアは何も答えなかった。


 代わりに、彼女は左手をグーパーグーパーしてからケイデンスの指の欠損箇所に視線を移し、真面目な面持ちでケイデンスの方に向き直った。


「……さっきの、指の事はごめん。オレの血は……オレの魔力は触れる物を結晶化させ、砕いてしまうんだ」


「ああ、だから……ん? 待てよ、という事はお前の身体もさっきの俺の指と同じくらい脆くなってるって事なんじゃ」


「そうなんだよ。だから手足がこんなんになってるんだ」


「そりゃ大変だったな……」


「そこで一つ頼みがあるんだ」


「ん? なんだ、無理難題じゃなければ聞くぞ」


 あくまで前向きに検討する事を暗に示唆しているケイデンスに感謝をしつつも、それが行き過ぎた要求で人によっては無理難題である事も承知ながらアザレアは頭を下げて頼みを口にする。


「オレと……性交してくれ」


「……馬鹿か? お前」

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