結晶少女と贖罪の詩

アパレル店員の千佳

第0話「プロローグ」

 殺人件数62件。それは公表されている数字だけで、俺が手にかけた人間は多分100人は超えている。


 別に親がいなかったからとか、周りが荒れていたからとか、そういう如何にもな理由を後ろ盾に俺の罪を正当化するつもりはない。そもそも俺は物心ついた頃から殺人を犯してそれが“悪い事”であるのを理解しながら再犯し続けたのだから、今更俺を庇うような理屈は自分自身必要としてなかった。


 故に、俺個人を死刑に至らしめるまでの流れは驚くほど円滑に、迅速に事が進んで行った。


 被害者遺族は俺を強く恨んでいるし、その知人とやらも同様の憎しみを向けている。

 俺を知らない、被害にあってない奴らでさえ、全く反省の意図が見えず死刑をあっさり受け入れた風な俺に対し“見たいものが違う”といった旨の怒りや不満をぶつけているのだろう。


 平和な人間ほど、責めて良い立場の人間の苦しみを望み嘆きを嗤うのだ。今まで散々、そんな汚い人間の姿を見てきた。


 ああいう奴らに嗤われるのは嫌だったし、少しでも思い通りにいかなくしてやろう。そんな下らない意地が、俺から死を恐れるというせめてもの人間性さえも剥奪してしまったように思えた。


 さて、俺はどう殺されるんだろうか。


『首吊り』は『首締め』に。『首切り』は『斬殺』に。『銃殺刑』はそのまま『銃殺』に。『電気椅子』はそれら以外の諸々に。


 とにかくポピュラーな死刑方法に俺が成してきた殺人方法を重ね合わせ、何が一番自分にふさわしいか、何が最も多く行った殺人方法か。そう考えた結果、俺の導き出した俺に対する最も相応しい死刑方法は『首切り』だった。


 意外かもしれないがこのご時世に俺は最も好む殺し方としてナイフでの斬殺を繰り返していた。それもそうだ、折りたたみ式なら持ち運びが便利だし何より、人は刺したら案外簡単に死ぬのだから。


 多分素人という観点から考えてみれば、銃を使うよりもナイフを使った方が人は殺せる。確実性が違う。素人の場合、銃で抵抗する相手を殺せる確率は半々くらいで、ナイフだとそれがグンと跳ね上がる気がする。


 まあそんな事は置いといて、結果的に言うと俺は普通に首吊りでひっそりと死んだ。



 *ーーーーー*



 身体と魂が別居暮らしを始めて、恐らく三日ほど経った。


 自分の死に様を思い出しながら、肉体を失った俺はただひたすらに星々のような光が散りばめられた闇を泳いでいた。


 死んだ瞬間に、けたたましい騒音が耳を劈いた。「お前は人でなしだ」だの「化け物だ」だの「気色悪い」だの「これだけでは赦されない」だの。それは世界が俺に向けていた憎悪の声だという事に理解が及ぶまで苦労はしなかった。


 あまりの煩さに逃げ出し、やがて何も聞こえなくなり虚無へと至る。


 ここがどこなのか、元いた世界と地続きなのか否か、霊界や地獄といったものなのか否か、そんなあてどない考えが何重にも頭をよぎるが、何を考えようと回答は返ってこなかった。


 まさしく『無』に還った気分だった。



「ーーこれはまた、醜い魂が流れ着いたものだな」


 そんな声がしたのは多分、思考を止めて一ヶ月くらいの出来事だった。いや、時間の概念などとうに狂ってたので一ヶ月かどうかは分からないが、体感で言うとそれくらい、という話だ。


「貴様の人生、見ていたぞ。貴様は心が未完成なまま育ち、人を殺めた」


「……」


「初犯が自身の成すべき道しるべとなった。そう感じたようだな。何も手につけてこなかった貴様の、たった一人で行った最初の作業だからな。結論から述べると、貴様はそれしかやれることが無かった」


「……プライバシーもへったくれもないな」


「貴様ら死者の行く末は我々神が決まる。個人の秘密や過去など、我々が気にするようなことではない」


 尊大な態度で俺の売り言葉に反応を示す神はやけに人間らしくて、それが未知の存在への恐怖から矮小な人間への侮蔑にも似た感情に変化していく。


 良かった。俺の言った言葉に対し反論するくらいにはこちら側の感性をしていて。死後に自分の理解が及ばない程の超常存在と対話するだなんて気が参ってしまう。


「どうやら貴様の行く末は我が決める事になったらしいな。仕方ない、貴様は死が怖いか?」


「? そりゃ怖いだろ、誰だって」


「そうではない。我の言う死とは存在が完全に抹消されるという事だ。過去も未来も、記録でさえも、記憶でさえも。貴様が生きてきた事、してきた事、その全てが消失すれば貴様が成した人殺しという唯一の偉業さえも無かった事にされ、貴様単体の存在が並行世界上どこにも存在しなかった虚数の物へとなる事を意味する。……それを嫌かと言っている」


「だから、それも誰だって嫌だろうって。馬鹿なのか? 消滅も死も大体同じだろ」


「……それじゃあ話を変えよう。貴様は来世も普通に生きることができる。しかし前世の記憶は残ったままで、前世に行った所業全てはリセットされる。それは嫌か?」


「……」


 その質問に何も答えることが出来なかった。


 高尚な哲学を持った殺人鬼では無いし、殺し方に意味やこだわりを持ってた訳でも無い。

 目的と行為が直結してるもんだと思ってたから大して過去の殺人歴について何の思い入れもないと思っていたが、神とやらの言う通り俺には“殺し”しかなかった。


 ……それが消える。

 俺がしてきた唯一の事が、ただ消える。

 それを考えると、何故か胸がキツく締まるような感覚を抱いた。


 最低だとは自分でも思う。俺が明かした罪がリセットされるのならきっと俺に殺された連中は殺されなかった事にされ、ただ平和を謳歌する一般人として余生を過ごせるんだろう。


 そんな他者の幸せに、心から辛苦を抱いている俺は、きっと最低の屑野郎なんだ。


「ふむ。これか」


 それが俺への裁きの一つになる事は容易に理解出来た。ただ、俺に課せられた罰はそれだけでは無かった。


 神は俺を嗤っていた。

 他者に嗤われるのが嫌いな俺に対し、愉快そうに嗤いながらこう告げてみせたのだ。


「良い事を思いついたぞ。貴様には誰よりも脆く、誰もいなければ生きていけない身体を与えよう。貴様の嫌いな脆弱で、貧相で、儚い人生をやろう。しかし、楽に死ねるとは思わない事だ。限りなく死に近い肉体にしながら、貴様の死は貴様の望まぬタイミングで迎えさせてやる。……どうだ? これが貴様に対する世界意志、いわゆる『みんなの声』だ」


「……そうかよ。かなり嫌われてたんだな、俺」


 そう軽口を叩くが、神の気配は既に周囲から消えていた。相手も仕事があるのだろう、俺なんかに構ってられる時間もそんなに無かったようだ。


 最悪な宣告を食らった後、俺は意識が微睡んでいく感覚を確かに知覚した。

 これに負けたら神の言った通りの人生を送る羽目になる。それは嫌だ。だから出来る限り眠らずに意識を保とうとするが、その微睡みは意識でどうこう出来るほど優しい物ではなく、俺は有無を言わない強制力で胎児の夢へと揺蕩う波に飲まれていった。



 *ーーーーー*



「おんぎゃーーー! おんぎゃーーー!」


 うるさいな俺の産声は!?


 開口一番に大きな鳴き声。

 砂嵐のような夢を見ていた俺は自分の産声に強制的に目覚めさせられた。まるで水面から引き上げられた魚のような気分だった。


 さて、これが輪廻転生か。俺は前の俺とは別の人間としてこうして生まれ変わり、新たな人生を歩んでいくのか。

 だとしたら最悪だな。自我がある、既に。

 

 幼童は幼童らしく、それが群れから離れない為の鉄則だ。果たして俺は他の子供と無邪気に遊べるか?


 100を振り切って300%無理だ。馬鹿にするな、こちとら一度は成人男性としての人生を歩んでるんだぞ。おままごとやヒーローごっこで一喜一憂するほど世間知らずじゃないんだわ。



「産まれましたよー奥さん! お子さんは元気な女の子です!」


 女の子、かー。俺。俺女の子に転生しちゃったかー。


 これを世は性同一性障害と言うのだろうか? お母さん、なあ聞いてくれ。君の娘さん中身が人殺しのおっさんなんだ。どうだ、嬉しいか?


 馬鹿野郎め、神のやつやりやがった。よく分からない発言を残したかと思えばこう言うことかと合点がいった。なるほど、非力な女性として生きさせることで何かしらの改心を望んだんだな。ぶちころがしてやろうか。


 ったく、まあいい。とりあえず俺も大人だ。ここは冷静にクールに行こう。お母さんが俺が泣き止むのを待ってるから、大きく深呼吸してゆっくりゆっくり……。


「おんぎゃーーー!」


 駄目だ悲しくなってきた。おんぎゃーーー。




 俺は親にアザレアという名を付けられた。母が庭に植えていたアザレアの花にちなんで付けたらしい。花言葉は節制やら禁欲やら色々あるそうだが、そこら辺は意識してないとの事だ。


 姓はリクルガン。元いた世界ではあまり、というかまったく聞いたことのない姓だ。アザレア・リクルガン、それが今世での俺の名前となった。


 それで、神が言っていた「誰よりも脆く、誰もいないと生きられない身体」というのがずっと気になって頭から離れなかったのだが、それは産まれてからすぐに否が応でも知る羽目となった。


 この世界には魔法があり、それは魔力の属性から派生される特殊技能の事を指す。基本誰もが使える基本的な、身体能力や創作力、知力らと同等に区分される一般的な能力らしい。


 俺の魔力は突然変異的に世に現れた新種で、その性質は『侵食』と『結晶化』を持つ。魔力に触れた物を侵食し結晶化させる事で強度を下げ、脆くしてしまうと言ったところだ。


 希少性は高くその価値は決して安くはないらしいが、これは俺にとって全く喜ばしい事ではなかった。


 当然だが、魔力を内包する俺の肉体はその性質により全身が生身の人間と同質、触り心地も変わらないはずなのに一際脆く、転んだ拍子に片足が割れて分断されてしまったのだ。


 幸いにも血液さえあればすぐに欠けた部分を補えるという驚きの体質をしていたので大事には至らなかったが、まるで砂糖菓子のような肉体を手に入れてからは全ての動作に気を使うようになった。


 オマケに、結晶化は血液を中心として起こす為内臓を著しく傷つける。故に俺には吐血癖があり、吐き出す血も固形が混じっていたりと、さながらびっくり人間になった気分だった。


 更に不幸は重なり、母親がアルビノ種の生命力が弱い人間であった為に俺もその遺伝を受け継ぎアルビノ種で病弱。その母と娘を世話しきれなくなった父親が5歳の誕生日前に失踪し、その約一年後に母親もこの世を去った。


 俺はまた、この世界で一人となった。


 こんなボロボロの身体で、魔法が溢れ魔物が潜む世界で、何の力も無しに少女がただ生きていけるはずはない。


「神様よ、これがあんたが言ってた事なのか? ……はっ、マジで性格悪いと思うわ。死ね、クソ外道野郎」


 家も家族も全て失った俺は持ち出した一着のワンピースのみ身につけて生まれ育った村から少し離れた草原に寝そべった。



 前の俺が死んだ時もこんな綺麗な景色が見えた気がする。


 星々が爛々と輝いていて、まるで黒いキャンバスに金平糖をぶちまけたかのような、そんな夜空。


 この世界にも月はあるようで、俺は月があの神がいる世界への入り口だと勝手に決めつけて中指を立てた。


 持ってるものはナイフ。また同じ過ちを繰り返す。それを分かっていながらも、俺には結局それしか無かったのだと自分で言い聞かせながら、初犯の前夜はせめて安らかに眠ろうと目を閉じた。

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