第7話「水泡」
兎の化け物、人型の龍、大爆発を容易く抑える集団。ここ数日間で起きた出来事を思い出しながら、庭で虚空に向けて突きや蹴りを放ち鍛錬しているケイデンスを見ながらスポーツドリンクを飲む。
個人で街全体を震わすような強大な力を振るうような奴がいる世界で、小手先の技術を得て何が出来ようか。
きっと自身の体質も、使い方一つで化ける気がする。水を操る魔術なんかを何度か見かけたことがある。あれがもしアザレアに使えたのなら、自身の血を操って近づかせるまでもなく相手を殺す事も容易だろう。
触れる部分が結晶化する。それは鋼鉄でさえも例外ではない。どれだけ硬かろうと彼女の血液は簡単にそれらを脆くし自壊させる。人の肉体にピッと飛沫が横一線にかかってしまえば、その線は耐久力をなくし相手の肉体はあっけなく
ケイデンスは特異な力に頼ることをやめ、武器や格闘術を磨いてきたという。ただ、どれだけ鍛えようと強力な兵器が生み出されようと、限界値は明らかに異能な力を持つ者達に比べると劣るのではないだろうか。
と、考えてはみるものの、異能の運用にはこの世界の学が必要で、術者になれば生涯をかけて力の使い方、有用性や汎用性について考えていかなければならないという点を考慮すれば、確かにそんな凝り固まった生き方をするよりかはマシな生き方だとも思えた。
「どうしたアザレア、今日は随分と休憩が長いな。もう嫌になったのか?」
「別に。もうお前と出会ってそこそこするが、相変わらず毛深いなって思って」
「毛深いなって、そりゃそうだ。魔兎はそういう種族なんだからいい加減見慣れろよ」
「もうちっと人に近付いてくれれば飲み込めるんだがさ。そうだな……兎成分は耳とか手足の先端くらいで他は人間に擬態してくれると恐怖感もかなり薄まるわ」
「擬態なんか使えん。大体そんな見た目をした奴は魔兎とは言わない」
「えー、そうなのか? ほら、あそこにいる女の人みたいな感じになれないの?」
ふと邸宅の前を通ったうさ耳の女性を指差す。その女性は白と黒のメイド服を着ており、その上から紺色のコートを着ていた。背中には白銀のマスケット銃を背負っている。
「……王都騎士? 何だ、事件でも起きてるのか?」
ケイデンスが女性を見て呟く。事件と言えば数週間前に起きた飯屋グラトニーでの爆発が記憶に新しいが、それ以外で何か近所で起きたという記憶はアザレアにはなかった。
あの大爆発に関しても、宮廷術師と呼ばれる高位の魔術使いが被害を最小限に抑え4日足らずで騒ぎは掻き消えたくらいだ。それ以降は復興作業といつも通りの時間が流れた。騎士が出張ってくるようなことは起きていない。
女性はチラチラと手元の紙を見ながら、耳を右往左往させながら辺りを見回す。何かを探しているようだった。
「何かお探しのようだぞ」
「わざわざ首を突っ込もうとするなアザレア。お前は人身売買に遭った奴隷で正確な戸籍は存在しない。俺も同様に大役軍人で、今の王都にとって居たら都合が悪いから表上外界の漁師を偽ってんだぞ。身元を詳しく調べ挙げられたら追放とは言わずとも何を言われるかわからない」
「前居た世界じゃ立派な犯罪だな。こっちじゃセーフなのかそれ」
「? アウト寄りのグレーだな。だからじっとしてろ」
「あっ、今こっち見たぞあの人」
うさ耳の女性がケイデンス達を目視する。女性、というがその身長や顔の造り、あどけなさをみるに歳は十代中盤から童顔の十代後半といったところだ。詰まる所少女という呼び方が見た目だけなら正しいのだが、この世界の住人は実年齢に比べ見た目の信ぴょう性が薄いため、女性と呼んだ方が正確である。
「ずっと見てるな、あの人」
「そうだな」
「なんか助けを求めてるように見えるんだが」
「そう見えるか。なら俺は目を逸らすぞ」
「堂々と知らんぷりするなよ。大方なんかの用事でウルガダに来てみたはいいが慣れないからって迷子になってんだろ。迷子くらいなら助けてやってもいいと思うが」
「はあ……だな」
乗り気じゃない感じだが、渋々ケイデンスは汗を拭くと、シャツを着て女性の方へ歩み寄る。アザレアも興味本位でその横を歩く、兎の化け物じゃなく兎のコスプレ少女。気にならないわけがない。
「やあ、こんにちは。何か困ってるようだが」
「困ってなどいません、少し道に迷っただけです」
「そうか、自力でなんとかできそうなのか? それなら困ってないとも言えるが」
「……」
女性は俯く。もうその仕草や言動も含めて少女と呼んだ方がいいのかもしれない。
「……」
「どこに行きたいんだ? 私が案内してやるよ」
「ほんとですか!?」
「うわっ、いきなりくる」
それまでずっと黙りこくっていた少女が、アザレアに話しかけられた瞬間パアッと顔を明るくした。
「あの、当方、時計塔に行かなくてはならなくてですね、あの、時計塔の場所はご存知で!?」
「(当方?)あ、ああ、街の外れにあるデカイやつな。つか知ってなくてもそのメモに書いてあるんだろ?」
「当方、地図が読めないので!!」
「そのようだな。まあそんなに遠くもないし案内くらいならするさ。な、ケイデンス」
「俺は行かない。そのくらいの距離ならお前だけで十分だろう」
「はあ? なんじゃそりゃ」
「さっさと案内してやれ。騎士様の用事なんだ、急を要する可能性だってある」
「それもそうだな。じゃあ行くか」
「はい!!」
威勢の良い挨拶をして、少女はニコニコ顔でアザレアの横を歩く。
わざわざ歩幅が狭く歩く速度の遅いアザレアに対し、ちゃんと並ぶよう速度を合わせてくれることには感謝しているが、しかし、彼女の視線は常にアザレアに釘付けになっていることに気が紛らわされる。
「あの、前まで歩かないと危ないと思うんだけど」
「大丈夫です、視えてはいるので」
「? そう。……じゃあさ、ずっとガン見されると私が気になるからやめてくんない?」
「何でですか? やましいことでもあるんですか?」
「むしろやましさが滲み出てんのあんたなんだよ。あのさ、ただ案内してるだけなのにほっぺつついたり頭撫でたりするのおかしいだろ」
「可愛いので」
「ありがとう。あと、少しは離れてください」
二人の間に隙間などほぼなかった。頬をつついたりするのならまだ良いものの、時折少女はアザレアの腰に手を回し、肘や指を触ったり背中の温度を感じるかのように手のひらをスレスレまで近づけてきさえもした。
「ふへへ」
「ふへへ? 今ふへへっつった? え、それは笑い声と捉えていいの?」
「笑ってなどいませんが。当方は戦闘特化型に訓練された
「それは無理があるな。さっきも嬉しそうな顔してたし今だってあんたにやけてるぞ。それとも何か、その特殊な訓練のせいで自制が効かなくなったのか?」
「これは失敬。ふへへ、幼女かわいい」
「こんな兵士を抱えてる国家は長続きしてほしくないなと俺は切に思うよ」
時計塔に着くと、内部は関係者以外の立ち入りは禁止されているのでアザレアは帰ろうとしたのだが、少女がもしよければという事で特別に入る許可を出された。
正直そんなに興味はなかったが、せっかくの機会だし少し見学して帰ろう。そうアザレアが思った矢先、時計塔の上層から螺旋状に組まれた階段を降りてきた女性がアザレアを見て驚くような声をあげた。
「あーっ、ちょっとちょっとなに一般人を招いちゃってるのベアトリクスちゃん! しかも子供って!!」
「申し訳ありませんレヴィアタン様。こんな当方に親切にしてくれたので別れるのが惜しく思ってしまい。駄目でしたか?」
「駄目でしょそりゃ! 宮廷術師の工房は心臓よりも大切なんだから! 私が寛容じゃなかったらその子殺されてたよ!? 現に私もあんまりいい気しないよ!」
「ですがレヴィアタン様。この少女は特殊な体質を持っています。全く新しい研究のサンプルとしての価値なら多少なりともあると思いますが」
「え?」
騎士、ベアトリクスと呼ばれた少女の言葉を聞き反射的にアザレアはそちらを向いた。そして、何かやばそうな気配を察し、踵を返し出口まで走りだす。
「なるほど、そういう事なら」
「うわっ、水!?」
逃げ出そうとするアザレアの前に、水槽に入っていた水が突如飛び出しゼリー状に固まっていくと、それは壁となり立ちはだかった。
「ちょっ、待てよお前ら! 俺はただそこのうさ耳が困ってたから助けてやっただけなのに恩を仇で返すのかよ!?」
「仇では返さないわ。ちょっとばかり協力してもらうだけよ。その代わりとして、不服ではあるのだけれど工房の一部なら見せてあげる、だから少しだけ、ね?」
もう一人の女性がニッコリと笑い指を回すと、水の壁が砕けアザレアに降りかかった。水に閉じ込められ、音が閉ざされた世界で呼吸も出来ずもがくアザレアだが、抜け出すことは出来ない。
ベアトリクスとレヴィアタンと呼ばれた術師は先を歩く。その後ろをアザレアを拘束している水がふよふよと浮かび付いていく。酸素が足りず、意識が朦朧としていく中、アザレアは思った。
ああ、やはりこの世界はロクでもないと。
結晶少女と贖罪の詩 アパレル店員の千佳 @hojotika
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