備えすぎた男

九里方 兼人

備えすぎた男


 友人の訃報は突然に届いた。

 その友人とは古くからの付き合いで、家にはよく行ったものだが奴の親族についてはあまり知らない。

 知らせも奴の奥さん――正確には再婚相手だが――から届いたものだ。

 普段から用意周到で何かにつけて備えを欠かさない奴だったから、死を知らせる電話にはえらく驚いた。

 事故などではなく普通(?)に病死らしい。

 年に数回会う程度の仲だが、前にあった時は全くそんな素振りが無かった為、本当に突然の事だったんだろう。

 気持ちの整理もつかないうちに新幹線に乗り込み、ぼんやりと窓の外を見ながら奴の事を思い出していた。


 初めて奴の家に行った時の事だ。

 トイレを借りた後、洗面台で手を洗っていたら洗剤が2ケース置いてあるのが目についた。

 なんで二つもあるんだ? と聞くと、

 一つ目が無くなった時にすぐ二つ目を使えるようにしていると言う。

 二つ目を開けた後、次の買い物の機会にもう一つ買い置く。

 常に切らさないようにしておけばいざと言う時に足りない、という事がなくなる。

 洗剤なんて消耗品なんだから余って困る事も無い。

 ついでに言えば調味料や石鹸類なんかもそうだ、と棚を開いて見せられた。

 それを聞いてなるほど、と感心したものだ。

 僕は常に必要な分だけしか買わないから、いざと言う時に無くなって困る事が結構ある。

 無くなってから買えばいい、すぐ買える――と思っていても次の買い物の機会についつい忘れてしまったりして、結局それを買う為だけにわざわざ外出する羽目になる。

 思い返せばあれは買い置きのスペース以上に無駄な事だったのだ。

 それ以来、それは僕も真似するようにした。


 奴は車も所有していたが、ある時その車が少し変だと気が付いた。

 結構年季が入っていて、走行距離もそろそろ限界かと話していたものだが、あったはずの傷が無くなっている。

 聞いてみるとやはり買い換えたと言う。

 しかしピカピカの新車ではない。

 全く同じ車種、色の中古車だ。

 本当は新車がよかったのだが、同じ型の車はもう製造されていない。

 後継車はあっても微妙な違いに我慢できなかった。それで全国の中古車を探して見つけたんだそうだ。

 同じ物に愛着があるのは分からないでもない。

 ましてや自動車と言えば自分の命を預ける物でもある。ちょっとした操作、感覚の違いで事故を引き起こすかもしれないと思えばその拘りも納得できるものだ。

 よくここまで同じ物が都合よく見つかったな――と感心していると、買い替えを考え始めた頃からずっと探し続けていた。かなり時間をかけて、見つかったから買い換えたんだと聞いてなるほどと納得した。

 何とも奴らしい。


 奴は猫も飼っていた。

 ブチ柄で手足が白い、まるで靴下を履いたような猫だ。人懐っこく初めて会った僕にもすり寄って来たものだ。

 しかし何年かしてその猫は亡くなった。

 僕も可愛がっていたからひどく驚き、共に悲しんだ。

 そして次に奴の家に行くと、同じ柄の猫がいた。

 もちろん生き返った訳ではない。ネットを介して同じ柄の猫を探して譲り受けた。

 愛猫が亡くなって、似た猫に縁を感じて引き取ると言う話は珍しくない。

 前の猫に注いであげるはずだった愛情を、次の猫にあげる事で幸せにしてあげれば亡くなった猫も喜ぶだろう。

 同時に奴の心も癒されるならそれでいいではないか。


 そしてその後、奴の奥さんが亡くなった。

 背が低く、丸い眼鏡が印象的な、お世辞にも美人ではないが愛嬌のある明るい人だ。

 僕も結婚式に出席して祝いの言葉を送った。

 遊びに行くたびに、僕にも色々とよくしてくれたものだ。

 本当に仲睦まじい夫婦だったので残念だった。

 葬儀にも参列して、朝まで泣きながら飲み明かしたものだった。

 独りは寂しくて堪らない、再婚を考えていると語る奴に僕も後押ししたものだ。

 そして再婚の知らせを聞いて奴の家を訪れた時、背筋を凍らせた。

 そこには奥さんによく似た女性がいた。

 背が低く丸い眼鏡をかけている。

 全く同じではないが、特徴と言う特徴が限りなく一致している。

 さすがに空寒くなったのを覚えているが、再婚相手も前の奥さんに似ている事は承知の上で結婚すると言うのだ。

 お互いが納得しているのなら他人がとやかく言う話ではない。

 なんだかんだ言って思い出の尽きない奴だったが、僕は前の奥さんはともかく再婚相手の事はあまりよく知らない。

 奴が死んだ以上、もうあの家に向かう事はないんだろうな、と思いながら新幹線を降りた。


 そして背の低い、丸い眼鏡をかけた奥さんにこの度は――と決まりきった挨拶をする。

 だが横に現れた男を見て僕の顔は引きつる。

 奴だ――いや、似ているが少し違う。

「初めまして、後藤さんですね? この度、喪主を務めさせて頂きます。僕は弟です。あなたの事は兄からよく聞かされています」

 と初対面の挨拶の後、奴にしか話した事のないエピソードを語り始める。

 ではこちらへと促す未亡人と弟は互いに見つめ合い、手を取って奥へと歩いて行った。

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