ジャスコ対商店街 急

 謎の男は赤いオープンスポーツカーから跳躍。華麗に着地を決めると、陽気に、歌うように名乗りました。


「ハーロー、ハーロー! 僕はハローマック!」


「何いいいいいいいいいいい!」

「ハローマック、潰れたんじゃあ?」


 二人の戦いに割り込んだのは、ハローマックでした。ハローマックはこの都市にあった玩具屋ですが、閉店になったはず。ジャス子は人の姿となっているハローマックを目にして、クレームを受けた店員のように困惑してしまいます。


「そもそも、歴史の浅いお前がなぜ私たちと同じように精霊化しているの?」


 ハローマックは唇を噛み締め、大仰なポーズで語り始めました。


「この奇跡を生んだのは僕の執念! 僕はもっと、子供たちに勇気を、ときめきを与え、世界中を遊び場にするつもりだった! なのに、その役目を君たちが奪ってしまい、僕は撤退せざるを得なくなった。だから、僕は誓ったんだ。ジャスコと商店街を潰し、この街を支配してやると!」


 ぞくりと、ジャス子はディライトのミスで冷房の温度が下げられた店内のような悪寒を得ます。ハローマックは、ジャスコや商店街のせいで撤退したと思い込んでいるのです。

 ハローマックの身にはおぞましいオーラが宿っていました。それはまさに怨――負の想念でした。商店ガイは超展開を前にして、仰天します。


「負の想念が増大したのか! 俺たちの100年分にも匹敵するくらいに!」

「……まさに、妖怪じゃない!」

「君たちはジャスコと商店街の化身、そして守護神とも言える。君たちが消えれば、二つの場は活気を失い、常にシャッター街となるだろう。それでは、消えてもらう!」


 復讐鬼と化したハローマックが指を鳴らし、ハローマック魔法を使用します。

 すると、どこからか大量の本が雨のように降り、ジャス子と商店ガイを襲撃しました。

 どさどさと降りかかる本を回避しながら、商店ガイは叫びます。


「本!? いや、正確には古本? なぜだ、なぜ玩具屋のお前が本を扱える!」

「こんなものではない!」


 ハローマックがまた指を鳴らすと、どこからか可愛らしいうさぎが現れました。そのうさぎはぴょんぴょんっと跳ねると――商店ガイの指を思いっきり噛みました。


「がっ! なぜ、動物まで!」


 商店ガイの中で疑問が夕方になるとアーケードに集まってくるカラスのように増えます。


「そうか、そういうことなの!?」


 すると、ジャス子が何かに気付きました。


「ハローマックは閉店になったあと、その特徴的な形の建物は様々なテナントで再利用されたという。古本屋にも、ペットショップにもなった店もあると聞いたわ」

「なん……だって!? それは本当かい!?」


 衝撃が台風のように商店ガイを襲いました。

 ハローマックはそのお城のような帽子をくいっと上げて、不敵な笑みを浮かべます。


「その通り! 僕は玩具屋であり、靴屋であり、携帯ショップであり、食堂であり、コインランドリーであり、コンビニであり、眼鏡屋であり、パソコンショップであり、回転寿司屋であり、ハンバーガーショップであり、調剤薬局であり、牛丼屋であり、斎場であり、カラオケ店でもあり、その店舗の種類は軽く100を超える!」


 凄まじい力量にジャス子と商店ガイは戦慄します。


「そうか、あいつは厳密にはハローマックじゃなく……ハローマックの建物なんだ。全国各地のハローマックの建物に入ったテナントの力を持っているんだ!」

「全てのテナントの力を使えるというわけ!?」


 ハローマックはまさしく百獣の王――いえ、百店の王と成りえる存在となったのです。ハローマックはライオンが吠えるように豪快に笑いました。


「その通り! 僕はジャスコも商店街も凌駕した存在だ。この力を持って、この街を豊かにさせてみせる! さあっ! 大量の古本に潰れるがいい!」


 ハローマックが古本屋のハローマック魔法を使い、古本の雨を降らせます。その狙いは――ジャス子でした。


「きゃっ!」


 思わず目を塞ぎ、ジャス子は運命を受け入れようとしますが――


「なんともない……?」


 ジャス子の体は無事でした。なぜなら、彼女の体を覆い被さるように、巨大なアーケードが出現していたからでした。


「アーケードシールド……雨には滅法強いんだい!」


 商店ガイがジャス子を守ったのです。


「商店ガイ、なぜ私を守るの?」

「……お前を倒すのはこの俺だからだ」

「……テンプレ的な台詞を言えるなんて、本当にあなたは古臭いのね」

「なんだと?」

「いいわ。このまま二人仲良く潰されるよりも、足掻いたほうがきっとマシよ」


 商店ガイとジャス子が立ち上がります。その研ぎ澄まされた瞳は、まさに正義の味方でした。


「ハッハッハ。この土壇場で共闘か! だが、そのボロボロの体で何ができる!」

「そうかな。俺は感じるぜ。俺たちを呼ぶ声が、力を与えてくれることに」


 深く瞼を閉じる商店ガイ。すると、彼の言う通り声が響き始めました。


「負けるな、商店ガイ!」

「ジャス子がんばえー!」


 それは、商店ガイとジャス子を呼ぶ声。二人が導いた、若者や幼女さまの声でした。「淫らなパワハラ。蕩け盛りアラフォー女上司」やキラプリのカードを振ってエールを送っています。すると、不思議と商店ガイとジャス子に活力が蘇るのです。


 声援を受け、商店ガイとジャス子の体が年末の店舗に飾られているイルミネーションのように輝き出します。


「俺たちの命はお客様にかかっている」

「お客様の声が、戦う力になる!」


 気力が限界を突破し、商店ガイとジャス子の魔力は膨れ上がりました。


「小賢しい! ならば何度でも叩きのめすまで。くらえっ、棺桶アタック!」


 ハローマックが斎場のハローマック魔法を使い、棺桶を召喚。ジャス子をその中にアイアンメイデンのごとく閉じ込めてしまいました。


「そのまま火葬されろおおおおおお!」

「されないわよ」


 しかし、強力な魔力で作られたはずの棺桶は、いとも簡単にジャス子の手によって破られてしまいます。


「何っ!」

「知らなかったの? ジャスコは葬儀プランも取り扱っているのよ、あなたの力をキャンセルさせてやったわ」


 火葬式、一日葬、家族葬、身内葬、一般葬を扱えるジャスコのお葬式の力は、ハローマック魔法の斎場の力を打ち消したのです。

 ハローマックはほんの一瞬怯みましたが、すぐに威勢を取り戻します。


「これならどうだ! ハローマックオリジナルプルバックカー!」


 ハローマックはかつて販売していたプルバックカーを大量に召喚しました。


「甘い、商店街主催ミニ四駆大会コース!」


 しかし、その車たちは商店ガイの商店街魔法によって生み出されたミニ四駆のコースに吸い込まれ、くるくると周回を始めてしまいました。


「ならば、僕が直接轢いてやる!」


 ハローマックが赤いオープンスポーツカーに再び乗り込み、ジャス子へ突撃します。アクセルとブレーキを踏み間違えたかのように猛スピードで走り出した車。しかし、ジャス子は逃げませんでした。


「無駄よ」


 ジャス子が看板型のステッキを振ると、そこには「P」の文字が浮かび上がりました。

 すると、赤いスポーツカーはぴたりと止まってしまいます。


「ぐっ、車が動かない……何故だ!」

「もちろん、ジャスコの駐車場の力であなたを止めたのよ」


 ジャスコの駐車場では係員の指示に従って駐車しなければなりません。シートベルトを締めて、速度を守り安全運転を心掛けましょう。


「さあ、どうするんだい、ハローマック!」


 商店ガイが肩をいからせると、ハローマックは車から降りて逃げて……いや、撤退を始めました。


「商店ガイ、トドメよ」

「ああっ、俺たちの力を一つにする!」


 商店ガイがワクワク地域振興剣を、ジャス子がジャスコ商品剣をそれぞれ掲げ、ハローマックに向けて猛進します。


「期間限定のコラボ攻撃、受けてみろ!」

「ぐわっ!」


 商店ガイのワクワク地域振興剣を受け、ハローマックが弾き飛ばされます。そして、ハローマックが地面に激突するよりも早くジャス子が駆け抜け、ジャスコ商品剣を振り上げます。


「がっ!」


 その応酬が何度も繰り返されました。

 それはまるでテニスのラリーのよう。商店ガイとジャス子の元を何度もハローマックが往復していくのです。


「お買いものラリーアタック!」


「ぐわあああああああああああっ!」


 二人の攻撃を受け、ハローマックの体を覆っていた負の想念が、塵のように消えてしまいます。


「見事だ……ジャス子……商店ガイ……」


 ばたりと仰向けになって倒れ込むハローマック。復讐を果たそうとしていた割には、ハローマックはどこか満足そうな笑みを浮かべていました。


「ハローマック?」


 まるでテナントが変わったかのように、人が変わったハローマック。ジャス子と商店ガイは訝しげに彼を見つめます。

 ハローマックは心の扉を開けるように語りかけました。


「君たちは争わず……お客様を奪い合ったりせず、切磋琢磨してお互いの価値を高めていくんだ。それが、地域のお客様のためにできること……」

「まさか、あなたはそれを私たちに教えるために……悪役を演じていたというの?」

「誰だってヒーローになれるのが、この街だ。僕はあえて、ダークヒーローという役目を負った」


 ハローマックはどこか寂しげな顔で語り続けました。


「……時代は大きく変わろうとしている。今では、100年前になかったものが、商店街やジャスコよりもお客様の身近な存在になっている。そう、ネットショッピングの登場だ」

「そうか……俺たちの真の敵は……通販サイトだったのか!」


 インターネットの登場により、世界の買い物の歴史は大きく変わりました。今では家の中にいるだけで、欲しい物が手に入ってしまうのです。商店街も、ジャスコも必要ないというお客様が確かにいるのです。


「いずれ、通販サイトも精霊と化し、君たちを襲うかもしれない。だけど、君たちの連携を見て安心した。君たちならきっと、お客様を味方にして、そんな危機を乗り越えられるだろう」


 ハローマックの体が透けていきます。


「もう時間のようだ。ふふ……楽しかったよ。ジャス子、商店ガイ……」


 そして、ハローマックは消えました。どこまでも遊び心を忘れない、ライオンの心を持った存在でした。


「ハローマックは俺たちに大事なことを教えてくれた」

「ええ。お客様の奪い合いだなんて、虚しいわね。商店街には商店街で、ジャスコにはジャスコで優れているところがあるんだもの」


 強気な性格のジャス子も、今ではとても神妙です。


 しんと静まった空気の中、


「……さっきの連携で思いついたんだ、ジャス子」


 商店ガイが頬を染めながら、ジャス子に提案します。


「なあに?」

「お買いものラリーだよ。商店街とジャスコでコラボ企画をするように、お互いの会長や店長に提案してみないかい?」

「面白いじゃない。お互いの発展のために。何より、利用してくれるお客様の笑顔のために!」


 ぱあっとジャス子は新装開店で送られる花輪のような笑顔を見せました。その愛らしい表情を目にして、商店ガイの顔は夕陽を浴びるアーケードのように赤くなってしまいます。

 そして、ジャス子と商店ガイは固い握手を交わしました。


 こうして生まれたのが「お買いものラリー」イベントでした。

 商店街とジャスコでそれぞれお買い物をするとシールがもらえ、それを集めて応募すると素敵なプレゼントが当たるというものです。「お買いものラリー」は見事に成功し、商店街とジャスコの人々はもちろん、お客様もたいへん喜ばれました。

 その光景を眺めた商店ガイとジャス子は微笑み合い、以後力比べをすることも、お互いを疎ましく思うこともなくなったといいます。


 総務省の発表によると、ネットショッピングを利用する世帯の割合は2016年の時点で27.8%を占めています。たいへん便利になりましたが、たまには家から出て、商店街やジャスコを訪れ、生産者やサービスを提供する人々と触れ合ってみませんか。

 きっと、商店ガイやジャス子も喜ぶことでしょう。


 

 ジャスコ対商店街 閉店fin

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ジャスコ対商店街 アルキメイトツカサ @misakishizuno

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