口から感情を人間として吐き出す男

にぽっくめいきんぐ

たくさん生みました

「う、うおおおえええええ」

「ちょっと、大丈夫ですか?」


「はぁ、はぁ……なんとか……」

 スーツ姿のお姉さんが背中をさすってくれるが、吐き気は止まらない。


 体の内側が膨らんで、はちきれそうな感覚。

 これ以上しゃべれる状況じゃない。

 俺は片手を左右にブンブンと振って、「大丈夫です、構わないでください」とアピールする。


(産まれるんです)

 を、うまく伝えることができそうにないから。


「そ、そう……?」

 そのOLさんは、ちょっと困ったような顔をして、電車の席に戻った。

 均整の取れた美人さんだと、その時気づいた。凄く俺好みのタイプだ。そして、スーツの中の白シャツがVネックで、かなり深く切り込んでいた。適度をだいぶ越えたチラリズム。


 いつも通り、結局、生まれてくるんだから。

 それが、この電車内で起こるのかどうか、ってだけの違いだから。


 電車の乗客が、ほとんど居ない時間でよかった。


 震源地は、ヘッドフォンから音漏れのまま曲を聞いてる、30代ぐらいのおっさんだ。7人がけの椅子にふんぞり返って寝ている。


 こいつだ。


 音漏れおっさんのマナーの悪さと、すっぱい体臭とに怒りを覚えてしまった。

 そしてその怒りが、俺の中の基準値を越えてしまったんだ。


 ◆ 


 俺の、大学生の頃の話をする。

 トラックにぶつかって死にかけた。

 謎の空間に浮遊する俺の前に現れた、『女神』を自称する白いふわふわ服の女性から与えられた、俺の能力スキルは。


『強い感情を、人間として口から吐き出すことが出来る能力』だった。


 ……コントロールできていなかった。


 あたかも、どこぞの星人が、口から粘液ヌメヌメの卵をぶへえと産み出すかのように。


 俺の感情が、人間となって口から生まれてくる。

 大学生だというのに、子だくさんも良いところだった。


 何人の人間を口から生み出しただろう。

 自宅は、超満員のシェアハウスみたいになった。


 生み出したばかりの可愛い女の子が、あっという間に家出していって、悲しみのあまり、泣き虫の女の子を3人程生んだりした。


 1人減って3人増えたからトータルで2人得……とかいう考え方はどうしてもできなかった。どうしたって、産んだ人間には情が映る。


 漫才を見て大爆笑した時に口から出てきた、関西人と思しきおっさん。

 大学の同級生にフラれた時に口から出てきた、若い女の子。


 その2人が付き合い始めた時は、俺は嬉しかった。

 俺の中の別々の感情とそれぞれシンクロするようにこの世に出てきた人同士が、仲良くしてるんだ。

「私達、結婚しようと思うんです、お父さん」

 2人からそう言われた時、俺は嬉しくて、いつもニコニコしている奴を3人程産んでしまった。


 他の子供から、

「また産んだの!?」

「これ以上増えると家がパンクするよ!」

 と言われても、その3人はニコニコしていた。


 最初は1つの感情しか持たずに生まれてくる、僕の子供たち。

 生活を維持するためにバイトにでかけたり、家の中で悲喜こもごもがあったり。

 そんな事を経験するうちに、彼ら、彼女らは、他の感情もしっかりと身につけていくのだった。


 『人間』って、凄くうまい表現だと思った。

 だって、人の間に居るから、人間に成るんでしょ?

 子供たちは、自分達で、自然に、喜怒哀楽を揃えて行くんだ。


 ◆


 そして、その時は来た。


「田中さん……一体何人、家に連れ込んでるんですか!」


 大家のおばちゃん、高橋さんが怒鳴り込んで来た。

 部屋にはその時、俺も含めて13人が騒いでたから、言い逃れなど出来ない。


「すみません……」

 片田舎に大きな一軒家を買って、みんなで移り住んだ。

 子供達……のうちの、成人組が稼いできた蓄えもあったから出来た。

 まるで、何かの組織の元締めのように、子供達が生活費をみんなで稼いできてくれていたので、俺は感謝している。


「あたし、都心暮らしの方がいいな」

「虫が多いとこ、嫌なんですけどー?」

「秋葉原が無いと拙者は生きていけないでござる」

 引っ越し反対派の子供たちを、俺は笑顔で送り出した。


「元気に生きるんだよ? 何かあったら、俺の所に戻っておいで」


 田舎の「新しい家」に、泣き笑いの得意な人間が、新しく5人産まれた。


 ◆


 ある日、ボーッとテレビを見ていたら、ひどいニュースが舞い込んできた。

 2歳9カ月の男児が、十分な食事を与えられずに死亡しているのが、とあるマンションで見つかったそうだ。

 男児を放置して、父親が遊びに出かけていたというのだ。


「ふざけるな! ぐももももも!」

 憤る男女が、俺も含めて3人に増えた。


「父さん落ち着いて。君達も、ね?」

「何か甘いものでも食べましょう」

「犬の画像だよー? このモフモフを見てー?」

 

 ハッピーエンドの小説を読んだ時。

 杏仁豆腐を食べた時。

 ペットショップで、柴犬に触れた時。

 そのそれぞれのタイミングで産まれた子供たちが、憤る俺達3人をなだめてくれた。


 そんな感じで、俺はたくさんの子供たちと協力しあいながら、なんとかやっていた。


 ◆


「こんな感情なんか、無くなってしまえばいいのに!」 

 口から人間を産む、この異能の力をコントロールすることが、いまだに出来ていないので、そう思うこともある。


 でも大抵、後ろ向きな性格の子供が生まれてしまうので、そんな考えは捨てた。考えないようにした。


 だって、後ろ向きな彼ら彼女らは、生きるのが大変そうだから。

 いつもクヨクヨしていたりするから、俺もいたたまれなくなって、またかわいそうな子を産んでしまう。


 そんな連鎖は嫌だから。


 ◆


 ……統計によると、日本の人口が増えているらしい。

 少ない人数の若者で、多くの高齢者を支える「超高齢化社会」の危機は、なぜか去りつつあった。


 出生率が、バカ上がりしたのだった。

 俺があの能力スキルを手に入れてから、3年位経った頃から、その傾向が現れたらしい。


 総務省が、その人口増加の原因調査をした。

 テレビのニュースには日本地図が写った。


「これ、やっぱりうちの父さんの力だよねぇ?」

「そりゃそうでしょ」

 とか会話している子供達と一緒に、そのニュースを見た。


 日本地図の上に、赤い血液で出来た網みたいなのが、かけられている。


 男性ニュースキャスターが言った。

「人口増加はこのように、東京、大阪、名古屋など、大都市を中心にして放射状に広がっています」


(???)


「えー! どういうことー?」

「おぎゃぁー!」

「はい、よーちよーち。たかいたかーい」

「ちょっと、隣の部屋であやしてくるね」

「ありがと」

「てっきり、この街が人口増加の中心地だと思ったのに」

「まぁ、父さんの場合、子供の増え方に限度ってものもあるし」

「難しくてわかんないよー兄ちゃん」

「あのな? 父さんが毎日10人、弟や妹を産んでも、1年で3650人だろ? でも日本の人口増加はそれどころじゃないわけ」


 子供たちが議論している。


 とにかく、俺が原因じゃ無いらしいと分かって、少しほっとした。

 子供が口から生まれる、そのしきい値を超えない程度の安堵。


 こうやって、心に波風を立てずに生きていきたいと思っていた。


 ◆


 ある日、東京に出向く用事ができた。

「身元引き受け人」がどうとか、電話で言われた。


 都心は、俺が住んでいた頃とは大きく変わっていた。

 行きつけの店が大きな服屋になっていたり、見たことのない高層ビルが立ったりしていた。


 そして、人気の少ない、夜中の電車内。

 田舎暮らしに慣れてきた俺にとって、おっさんが出す、ヘッドホンの騒音が、これほど癇に障るものだったとは。

 

(うええええええ)

 何度経験しても、耐え難い苦痛。

 産みの苦しみは、何だって同じなのかもしれない。それこそ、擬人化物語とも。


 せめて、次の駅まで我慢して、人の居ない所で産もうと思ったのに。


 ま……ずい。

 人に見……られた……ら。

 大変な……騒ぎ……に……。


 

「ぬろろろろろろろろ!」

 電車の中で、俺の口から、新しい人間がまた産まれた。

 産み出してしまった! 公衆の面前で!

 眉をひそめた、機嫌の悪そうな中肉中背の男だった。

 マナーの悪いおっさんへの悪感情が、人間に化けた。


「もれれれろれれ」

 もうひとり産まれた。

 スタイルが良く、まつげの長い、色香ある女性だった。

 背中をさすってくれたスーツ姿のOLの、Vネックシャツの胸元が深く切り込んでいたからだ。

 

 僕の背中をさすってくれたスーツ姿の美人OLは、俺のソレを見てびっくりしたのか、口からモゴモゴと、瞳孔の開いた男を吐き出していた。


「俺と同じ能力者だと!? ぬろろろ」


 産まれた、ヌメヌメで瞳孔の開いた男は、突然この世界に産まれてびっくりしたのか、口からニュパッと、口を大きく開けたショートカットの女を産み出していた。


「口から産まれた人間が、さらに人間を産むだと!? もろろろろろ」


 俺はこの時気づいた。

 俺よりも凄い能力者が居ることに。


 そしてそれが、おそらくは。

 日本の人口が急増した、本当の原因。


(田舎より、都心の方が、他者との軋轢が多いからな。感情がより刺激されるのかもしれない)


 ただひとり。

 30代ぐらいの匂うおっさんだけは、足をだらしなく広げたままだった。ヘッドフォンの音漏れも、相変わらずだった。


 ともあれ。


 俺が電車の中で産んだ4人に、俺は苗字を与えた。


 碇とか、江口とか。

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