第8話 洞窟

 少年は意固地になって、尻もちをついたまま地団太を踏んだ。

「どうして、どうして!」と繰り返し叫んでいる。自分の気持ちの整理がつかない。不安なだけではない。外の世界を夢見てワクワクした。新しいものが見られると思った。

 でも、この街でそれは許されない。望まれないことだ。仕事をしながら忘れようとした思いがいくつもある。しかし、それはいま少年の後ろに舞い戻った紙束のごとく、捨てられずに少年の中に残り続けていた。

 いじけて、疲れて、少年は騒ぐのを止めた。そこへ、がちゃがちゃと音を立てながら〝友達〟がやってきた。その手には、少年が投げ捨てた紙束がある。ひとときの夢を見せるほどの魔力を持っている。危険なものだ。

「それ、頂戴。さっきは邪魔されたけど、次はそっと落とすから」

 ぎぎぎ、と〝友達〟が首を横に振る。少年は力なく肩を落とした。

「それより、仕事はどうしたの? 早くいかないと、五〇番さんが心配するよ」

 とは言うものの、内心では「もう手遅れだろう」と思っていた。少年がここに来てしばらく経っている。〝友達〟が仕事場に何かことわりを入れているとも思えない。

「ホントに、ぼくたちはダメだね」

 不規則な行動をする。そんなこと、他の人はしない。規則正しく、決められた仕事が出来ている。突然お腹が空くことも、眠くなることもない。そうなるのは少年だけだ。「良い不良品」だけだ。

 そして、その不良品に造られた〝友達〟もまた、同じと言うことだ。誰かに聞いたことがある。動物は飼い主に似る、とかなんとか。

 いつの間にか、〝友達〟が少年の服を引っ張っていた。

少年が〝友達〟を見上げる。

「どうしたの?」

 少年が聞いても、〝友達〟は服を引っ張り続ける。

「立たせたいの? ぼく、動きたくないよ。動く気持ちになれない」

 しかし〝友達〟に引く気はないようだ。このままでは服が伸びるかちぎれてしまう。少年は嫌々立ち上がった。

〝友達〟は満足げに頷いて、来た道を指差し、そちらへ歩き始めた。ついて来い、ということだろうか。少年は訳がわからぬまま、〝友達〟の後を追った。


 ついて行った先は、少年の仕事場である工場だった。今日もコンベアがガコガコと動いている。

「一緒に謝ってほしいの? 仕事に遅れてごめんなさいって」

 それなら〝友達〟の行動にも納得できるが、そうではないらしい。〝友達〟は工場の入口を外れて裏側へと回って行く。街の明かりの届かない場所。薄暗く、じめじめと息苦しい。しかし〝友達〟は何ともない様子で進んでいった。

 この工場はちょうど、街を囲む壁際に位置している。したがって、いま少年たちが居るのは、工場の裏側と街の壁の間だ。今まで少年はここに来たことがなかった。来ようと思ったこともない。誰も工場の裏側の話なんてしないし、興味もなかったからだ。

〝友達〟に案内されてくると、工場と壁を繋ぐ大きなパイプが見えてきた。近づくとがたがたと音がしてくる。それがベルトコンベアの音だと気づくと、そのパイプの中を食べ物が流れているのだと分かった。

 彼はどうしてこんなところを知っているのだろう。少年が尋ねるより先に、〝友達〟は壁の方を指差した。そこには、鉄で出来た簡素な扉があった。南京錠がされていたようだが、今は壊れている。錠前の朽ちた部分を見ると赤黒いさびがあり、壊れて何年も経っていることがうかがえた。

 少年は〝友達〟を見つめた。こんなところに来て、何をしようというんだい。

〝友達〟は扉に手を掛け、ぐっと奥に押した。きぃっと高い音を立てて扉が開かれる。そこは土を掘って作ったような洞窟になっていた――壁の材質は鉄鋼のはずなのに。奥に行くにつれて暗闇が濃く満ちていたが、ところどころランタンのようなもので明りが施されていた。

『コノ、先ニ、外ノ世界ガ、アル、ヨ』

 少年は驚いて飛び上がった。「そんなバカな!」と思わず声が出た。今まで自分が働いていた場所の、まさに手の届くところに、別世界への入口があったなんて。何の間違いじゃないのか。少年は怪訝に眉をひそめた。

 そんな少年の思いを知ってか知らずか、〝友達〟は何も言わず洞窟へと足を踏み入れた。ここまで来て先に進まないわけにはいかない。少年は何も言わず〝友達〟について行った。

 洞窟内はひんやりとしていた。まとわりつくような冷たさに鳥肌が立つ。洞窟は人間が二人なら横に並んで進めるくらいの幅だ。少年は〝友達〟の後ろについている。気づかないうちに〝友達〟の肩を掴んでいた。洞窟はひしゃげたワイヤーのようにグネグネと曲がっていた。やや勾配があり、どうやら上へ向かっているらしい。

 途中急な曲がり角に突き当り、そこを右に折れると、ランタンで照らされているよりも明るい場所に出た。少年たちの右隣の壁がガラスのように透明な素材に変わり、それがずっと先まで続いている。そのガラスの向こうには、なんと、少年たちが暮す機械の街が一望できた。あちこちの工場からは煙突が伸び、もくもくと黒い煙を吐き出している。街の空が暗いのは、あの煙が原因かもしれない。

『コノ、街ニ、人間ハ、イナイ』〝友達〟は言った。

「え?」

『人間ハ、地下深クニ、住ム。昔、昔、遠イ昔。街ニ毒ガ流行シタ。人間ハ、街ヲ機械街ニ、改造シタ。壁ヲ造リ、毒ヲ閉ジ込メタ。壁ノ上部ニ、大キナ煙突ヲ造リ、毒ヲ空ニ溶カシタ。自分達ハ、地下ニ、逃ゲタ。アノ工場ハ、地下ノ人間ニ、食料ヲ運ンデ、イル』

「もしかして、地下都市の噂?」

〝友達〟は頷いた。

『本物ノ人間ハ、キミ、ト、同ジ容貌ヲ、シテイル』

「じゃあ、街の人は? 五〇番さんは?」

『彼ラ、ハ、ロボット。機械。人間ジャ、ナイ』

 あまりのことに、少年は理解が追いつかなかった。地下都市のうわさが本当だと思えない。それ以上に、街の人が、人間じゃないなんて。しかし、少年がその事実を理解するのに、そう長い時間は必要なかった。

 ふたりは洞窟をさらに奥へと進む。突き当たって、今度は左に折れた。勾配を上る。ずんずん進む。

 次第に、嗅ぎ慣れないにおいが漂ってきた。少年はそれを「甘い」と感じた。気づけば視界が少し晴れていて、霞の中にいるように周囲が白く煙って見えた。

……少年は知らないのだ。月の光を。錦糸が風の中でたゆたうように輝く、あの、白銀の光を。

 洞窟の出口が見えてきた。

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