第4話 〝友達〟
目が覚めると、少年の瞳に寝床の天井が映った。寝起きでぼんやりとしていたが、眠る前の出来事を思い出すと勢いよく起き上がった。ぼくは確か、人間に電気を流したんだ。
目の前の人間は部屋の隅から移動しておらず、瞳は輝きを失っている。発電装置まで伸びるコードだけが、虚しく光っていた。
……そうか、失敗したんだ。
発電装置のスイッチが入りっぱなしだ。電気を流してそのままにしていた。不運が重なれば、少年は今頃、四角い密室の中で消し炭になっていただろう。少年は慌てることなく、電源スイッチを消す。死ぬ危険があったことより、〝友達〟作りに失敗したことが痛いほど胸に響いていた。
とぼとぼと仕事場に向かう。スクリーン下には未だに人だかりが出来ていて、彼らは紙の束を回し読みしていた。彼らが少年に気付くことは無い。
少年が持ち場に着くと、五〇番さんが心配そうに声を掛けた。
「どうしたノ?」両目に薄い青色が灯っている。
少年は口ごもった。〝友達〟作りは、誰にも、優しい五〇番さんにさえも教えてない。秘密のことだ。秘密はひとたび口から出ると、それは噂に変身して街中を駆け巡る。もし心無い人に聞かれれば、バカにされることは目に見えているからだ。ありもしない言葉が聞こえてくる。
――不良品が友達作り? 失敗するに決まってるだろ。
実際、失敗した。
――ほら、言わんこっちゃない。不良品らしい結果だな。
また聞こえてくる。少年は振り払うように、二、三度首を振った。
「ううん。何でもない」
「そう? 調子が悪いなら、今日の仕事はお休みしたラ? 休憩室で休む人は毎日いるし、不思議じゃないヨ」
五〇番さんの優しさに、少年は心が洗われるようだった。少年のことを同じ人間だと思ってくれている。それに、周りが少年にどんな扱いをしているかを知っている。だからこその気遣いだろう。
しかし、少年は休むわけにはいかなかった。ただでさえ他の人より作業時間が短いのに、休みを取ったらここで働かせてもらえなくなるかもしれない。それではこの街で暮らしていけなくなる。この街で存在する意義を失ってしまう。
それに、具体的にどこか身体を痛めている訳ではない。ただ、何となく、やる気が出ない。湿度の高い蒸気の中に閉じ込められたような圧迫感がある。頭と両腕がだるい。気を抜けば泣いてしまいそうだ。背中を真っ直ぐにするだけでも、少し辛い。しかし、どれも休む理由にならない。
心配する五〇番さんを、少年は言葉巧みにごまかした。たぶん、そのごまかしも五〇番さんには効果がなかっただろう。でも、五〇番さんは深く追求しなかった。それもまた、彼の優しさだった。
気付けば、少年は家路についていた。弱った心に目を向けないように、無心で作業をしていたせいだろう。身体は日々のリズムを覚えているため、いつもと同じように作業を止め、同じように小屋に向かっていた。
何度か五〇番さんが声を掛けてきた気がするが、それも良く覚えていない。仕事で失敗はしていない、と思う。もし失敗して腐った食べ物を流してしまっていたらアラームがなるか、少年より後にいる作業員に怒られるはずだ。
下を向いてとぼとぼと歩く。暗い空が少年の心をより重く、気だるくさせる。気持ちが晴れない。路地裏に踏み込むと、少年の顔に深い影が刻まれた。
早く寝よう。トモダチ作りは中止だ。しばらく休もう。それに、見立て通り動かなかっただけで、次が無くなったわけではない。
表向きには気持ちを前向きに保とうとするが、その一方で、あの人間を動かすことはできないのではないかという疑心が顔を出してやろうと、虎視眈々と狙っているようだった。
少年ははっと前を向いた。危ない。下を向いていたせいで小屋が見えていなかった。あと数歩遅かったら小屋の壁にぶつかっていた。少年はほっと息をついて、正しい入口へと向かう。
そのとき、小屋の中で床がきしむ音が聞こえた。少年は眉をひそめて、咄嗟に小屋の壁に片耳をつけて中の様子をうかがった……間違いない、音がする。金属同士がこすれるような、きりきりという音。何者かが床を踏む鈍い音。紙をめくるような軽い音。
(泥棒……?)
小屋の防犯は確かに甘い。自動扉は少年が近寄らなければ開かないように出来ているが、細工をすれば誰でも侵入できてしまう。
少年は近くに落ちていた金属の棒を拾い上げ、じりじりと入口に近づいた。依然、小屋の中からは囁きのような音が聞こえている。少年に気が付いた様子はない。
……一気に詰め寄ろう。少年の力でも、鉄の棒があれば殴り倒せるはずだ。少年の意気込みに答えるように、細い武器が鈍く光った。
深く息を吐いて震える足を固め、少年は小屋に跳び入った。小屋には小さな影がある。少年は勢いよく駆け、その影をめがけて鉄の棒を振り下ろした。
――くわぁぁぁん
鐘を鳴らしたようなくぐもった音が響く。影の人物はその場に転がった。何が起こったのか分かっていないように、殴られた部分に手を添える。少年は追撃とばかりに武器を振り上げる。……が、そこで手が止まった。
部屋の様子が目に入る。部屋の隅にある部品の山。その隣にいるはずの人間がいなくなっていた。
今一度、倒れている人物に目を向ける。身体は金属をつぎはぎに繋げて出来ている。腕も足も細く、関節の間から三色のコードが見えている。呆然と立ち尽くす少年の目の前で、その人はのっそりと起き上がった――自力で立ち上がってみせたのだ。そして少年の顔が見えるように、ゆっくりと少年に向き直った。
『ハジメ、マシ、テ』
スピーカーに水が入り込んだような、おかしな声だ。しかし、声を発している。
少年は脱力して、その場にへたり込んだ。何かの見間違いじゃないのか。夢でも見ているような気分だ。具合が悪くなったと勘違いしたのか、その人間は少年に近づいて、気遣うように細い線のような指を少年の頭に乗せた。
夢じゃない。これは夢じゃないんだ。ひんやりとした指の冷たさを頭の上で感じる。感動の涙が頬を伝った。
少年は初めて、〝友達〟を作ることが出来たのだ。
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