終章

終章


「ソアラ、なんだそのでかいのは?」


 いつものようにうちにやってきた王女殿でんが、丸めたじゆうたんみたいなものを両手で持っていた。


「あ、新しい地図です。前のは、破れてしまったので」


「わかったわかった。ぼくが持つよ」


「ありがとうございます、ナオキさん」


 2m以上の大きさがあるので、重さと長さで王女はまわされている。ってその手から地図を受け取り、男の意地で重くないふりをしながらがんぼくじようわん二頭筋!


 ちなみに前のは「破れた」っていうか「破いた」と言ったほうが正しいが、あれについて話すとソアラがめちゃくちゃげんになるのでぼくは地図に関わる発言はしない。


 ともあれ、なんとか運んで以前の地図があったかべの前に転がす。


「じゃあるか。取ってくるよ」


「今日届いたばかりなんです。新しい地図は前のよりじようですし、みやピン留めもしやすくなっているんですよ」


「それはいいけど、使用人とかに持たせて来ればよかったのに。重かっただろ」


 地図をしばひもをほどきながら言うソアラに、当然の疑問を投げる。


「そんなことをしたら、ばれてしまうじゃないですか」


「なにが?」


「だって数学をしていると……ばれてしまって……ぁぅ……」


 言いながらだんだん目を泳がせ始めるソアラの様子を見て、ぼくさとる。


「もうばれてもいいのを忘れてたんだな?」


「……えっと……その……」


 数学を秘密にしていたころので使用人に運ばせなかったのだ。


 王女は顔をそらしてかみの向こうに表情をかくしたが、耳が赤く染まっているのでバレバレである。みようちんもくのあと、ソアラが小さな声でいいわけした。


「…………つい」


びんな子だな……」


「かわいそがらないでくださいっ」








 そんなことがあったものの、新しい地図をふたりでけ終えてからは、いつもどおり今日もふたりで仕事を始める。


「よし、各国の大使たちの書状がそろったぞ。こちらの条件を全部認めてくれるとさ。停戦協定、交易優先権、あとは調印式をするために会いに行くだけだ」


 最後の調整を終えたことをぼくはソアラに報告した。


 届いた手紙を全部差し出すと、ひめうれしげに笑う。


「おつかさまでした。さすがはナオキさんです。じゆつの異名は、もはや本物ですね」


 ソアラにそうねぎらわれたものの、ぼくはそれについて苦言を口にしないといけなかった。


「あー、めてくれてうれしいが、実は、ちょっと問題が発生したんだ」


「なんでしょうか?」


「それが、相手側からの要求でぼくがただの『じゆつ』じゃダメだって言われたんだよ。国同士の条約を決めるときに、その案の作成者が責任の無いやとわれ学者じゃダメだってさ。


 なんかこう……格式? が必要だそうだ。だんしやくとかなんかとにかく貴族にしてくれってさ」


 慣例的に、条約ていけつに関わっている者は貴族でなくては──みたいな意識があるらしい。ぼく個人は変な話だと思うが、全員から言われたらさすがにこっちで対処しようかと思いもする。


 それを伝えると、ソアラは明るい顔をした。


「あら、それなら問題ありません。今日、ナオキさんにこれをおわたししようと思っていましたから。むしろちょうどいい機会です」


 わたりに船、という好反応である。そして、立派なそうしよくうすい箱をぼくに差し出した。


「はい、どうぞ。じよにん証です。これでナオキさんも、ファヴェール王国のかんりようですよ」


 そんなことを言われた。


 じよにん証──ということは、ぼくに正式な地位をあたえるということだ。


「つまり内定通知書か。い役職をくれたんだろうな?」


 やとわれのじゆつとか呼ばれる日々からおさらばだ。セリザワ男爵サー・セリザワとか呼ばれちゃったりするんだろうか?


 そう思いつつ箱を受け取ると、ソアラがにっこりとほほんだ。


「ええ、できるかぎり最高の地位です」


「そりゃすごい。さっそく開けよう」


 自信ありげなひめから受け取った証書を取り出し、読んでみる。


 目にもあざやかな公文書だった。水牛の皮を使った最高級のうし皮紙に、ステンドグラスみたいな色あざやかながくようとファヴェール王国のもんしようがどーんとえがかれている。


 色の数は多いほどいとされているので、これは相当なものだ。しかも仕事が細かい。もはや文書というより絵だな。


 書かれていることで前書きとかをすっとばして、重要そうな部分を読み上げる。


「えーっと……『ナオキ・セリザワをファヴェール王国さいしように任命します』か。つまりぼくさいしようってことだな。うん、さいしようなら向こうも文句無いだろ」


「そうですよね。それでは、就任していただけるのですね?」


 …………待てこら。


ぼく!? これは本物かソアラ!?」


「やっぱり、にせものに見えてしまいますか? 実はもっと美しいじよにん証を作りたかったのですが、時間が無くて」


「いやいやいや、そういうことじゃなくて。さいしようだぞ、だ。きみの次にえらいってレベルの! アメリカで言えば副大統領! 映画で真っ先に死ぬあの役目!」


「……あの、おいやなのですか?」


「そうじゃなくて。経験豊富で功績がある貴族たちが大勢いるだろ? それをしのけてぼくさいしようって、いったいだれなつとくするんだ」


 そんなぼくどうように、ひめたんたんと答えた。


「わたしがなつとくします。さいしようとは王を助ける者であり、王の求めに応えられる者です。わたしが王として働き始めてから、老臣たちの中ではだれひとりとして経験や功績でわたしにこうけんしてくれた者などおりませんでした。


 あなただけが、わたしの願いに応え、わたしを救ってくれました。ファヴェールの未来を、自由を、守ってくれました」


「いやそれは……ぼくは、自分の得意なことをしただけで」


「あなたがなにをなしえたのか、分かりませんか? 人はけんを取り、争い、うばう者だけがきようしやと信じてあこがれる。それを、そのルールを──のです。


 今回のわたしたちの〝敗北〟には、それほどの価値があります」


 こんこんと、熱意をめてそう語られて、腹のおくでじんわりと熱いものががる。


 うれしさと、ほこり、だ。


「……ひとりじゃできなかった。きみがいた」


 ぼくの答えに、ソアラはふっとほほみをかべてうなずいた。


「わたしもそうです。ひとりではできませんでした。あなたがいてくれたからできました。


 ──で、あるならば、わたしたちがふたりでいれば、。もはやきようしやだけがきようしやたりえることはない。弱者ですら、明日には多くを得ることができるのだと、希望を持って生きていけるようになります」


 世界中、とはまた。さすが王族。野望が大きい。


 ついつい感心してしまったぼくに、ソアラは目の前に立って、強い目をぐに向けてくる。


「ですから、あなたにが王権をもって、重ねて命じましょう。──ナオキ・セリザワ。光出ずるくに、ファヴェール王国のさいしように任命します。引き受けてください」


 どうするべきか。迷う。


 だってさいしようだし。責任重大だし。ぼくかたに多くの命とソアラの未来までもがのしかかってくるだろう。他にもあれこれ、ひるむ理由はいくらでもある。


「…………」


 だけどその時、かのじよの背中には数字がまれた大きな地図が──ぼくたちが数学で作り上げた世界があって。


 そんな世界を愛してくれる人が、目の前にいるわけで。


『数学を愛してくれる人は、少ない』


 ──だったら、ぼくは、


「わかったよ。この不才の身には過分な大役ながら、さいしよう役目を務めさせていただきます。ソアラ・エステル・ロートリンデ陛下」


 数少ないそんな人を、大事にしたい。


 ぼくの答えに、ソアラはぱあっとがおになって近寄ってきた。


「ありがとうございます! これからわたしの未来、わたしの運命、このしようがいとこの国は、あなたと共にあります。──ナオキさん、よろしくお願いしますね」


「……きみけっこうこわいこと言うな」


「うふふ、こわがっても、もうはなしてあげませんからね?」


 おもしろがるように言ってから、ソアラはふわりと、まるで世界中をくように大きく両手を広げて、宣言した。




「さあ──世界を、変えてやりましょう!」



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数字で救う! 弱小国家 長田信織/電撃文庫 @dengekibunko

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