終章
桃瀬と奈古、二人がいるのは、かつての居酒屋ではなかった。その店はつぶれ、二人は薄暗いバーで飲んでいた。
「いよいよ、明日ですね」
以前より少し、奈古の表情は柔らかくなっていた。だが、ずっと会ってきた桃瀬は、その変化に気付いていなかった。
「驚くほどに、平穏な気持ちだよ」
桃瀬の目つきは、鋭かった。彼の言葉が本音ばかりでないことは、奈古にはよくわかっていた。
「がんばってください……なんて言うのは、照れますね」
「こちらも照れるよ。ただ、当然頑張るつもりだ、とことんまで」
桃瀬八段。そして、34歳になった彼は、名人戦の挑戦者でもあった。相手は、車名人。
「いよいよだって思うと、私が緊張します」
奈古女流三冠。今最も充実している女流棋士である。
「正直なところ、奈古さんのおかげだ。このままタイトル挑戦できないかと思う日々もあった」
「私じゃないですよ。将棋の神様が、気まぐれなんだと思います。桃瀬さんには、何回もチャンスはあったんですから」
「だったら、気まぐれついでに名人も貰いたいものだ」
桃瀬は笑った。そして、昨日剃髪したばかりの、つるつるの頭を撫でた。
キラーソウル 清水らくは @shimizurakuha
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