最終話 飴と傘

 夏休みの最中さなか、僕は学校の校庭に立っていた。誰も泣く人はいなくて、それがより一層、僕を悲しくさせた。

 チトセさんが亡くなった。雨の中で倒れていたそうだ。衰弱死だったそうだ。僕の買った青い傘を差し、口の中には石ころを入れていたという事だ。

 これは後で知った話だけれど、チトセさんは母子家庭で、父親は子供の頃出て行ったそうだ。母親は愛人を家に招き入れるためにチトセさんを邪魔者扱いして、飴と傘だけ与えて外に放り出していたそうだ。だからチトセさんは傘を家と言っていたんだろう。飴を舐める事は生きるために必要だと言っていたんだろう。

 でも最後になんで石ころなんて舐めていたんだろうと思った。チトセさんの事だから、きっと甘さを知らないようにしていたのだろう。

 校庭で、校長が何か話していたけれど、僕はさっぱり憶えていない。

 校舎裏でチトセさんが言った事、やってみる、と聞かれた時、やってみると言ったら何か変わったのだろうかと考えた。でも僕には、やっぱり一生をかけて何か出来たとか、まして、今の僕に何か出来たとは思えなかった。力がないのが罪なんだ。生まれた時から全部に打ち勝つ強さを持っていないのがいけないんだ。だから死ぬしかなかったんだろうか。自然は本当に厳しいと思った。人間だって、動物の内の一つでしかないんだって思い知った。

 僕は校庭での緊急集会が終わったあと、チトセさんのお葬式に出たいと言った。担任の先生は驚いていたが、同級生で出席者がいれば親族も喜ぶだろうという事だった。つまり、僕以外に行くあてはないのだろう。

 両親に話し、僕もお葬式に行ける事になった。


 チトセさんのお葬式は、警察で遺体の検死がされてからという事で、数日後になった。検死の事を知らない僕は、その言葉を辞書で引いて愕然とした。僕はチトセさんを切り刻むなんてやめてほしいと思った。もう、放って置いてあげてほしいと思った。


 僕は学生服を着て、チトセさんのお葬式に参列した。棺の窓からチトセさんの顔を見た。とてもきれいだった。

「ほら、綺麗。ちゃんとしていればよかったのに。でも、できなかったんだよね」

 雨の中で彼女は倒れていたのだという。きっと美しかっただろう。僕はどうしようもない気持ちを抱えて泣いた。


 お葬式の後、僕は舐めずにポケットに入れたままになっていた飴を見付けた。包み紙を解いて口の中に入れると甘かった。

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飴と傘 こざくら研究会 @lazu

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