第11話 呪文は読み替えれば良いんですよ

「きゃあああああああ!」

 カイナさんの悲鳴が講堂の隅々まで響き渡りました。

 わたしは咄嗟にカイナさんの後ろ側に回り込みます。

「ま、マルちゃん!?」

「姫!」

 ちょうど神兵ゴーレムから見て正面側に立つと、わたしはすかさず両腕を水平に左へ伸ばしてから手早く右に反転させ、上回しに斜め左へ持っていきます。そして、右手を一旦引いてから再び斜め左に伸ばし、交互に左腕の肘を腰に当てます。すると――

 神兵ゴーレムの動きがピタリと止まりました。

 魔力の流れを遮断して術を変質させる印で、呪文の内容によって型が変わったりします。ちなみに今のは即席で組んだもので、とりあえず変力身技ヴィスリャの印とでも名付けておきます。

 そして、わたしは瞳を閉じて神兵ゴーレムに宿る呪文を頭の中で


 天より授かりし真名を持つ地より還りし古の神兵よ

 その絶壁なる守護の以て我が意を伝えん

 刻まれし命の証 それは……永久とこしえに失われたる真理ことわり

 即ち――破呪メス――


 神兵ゴーレムの腕がゆっくりと降ろされ、その場に膝を付きます。

「カイナさん、今の内にそこから離れて下さい!」

 わたしがそう叫ぶと、彼女はまるで金縛りから解かれたように慌ててその場を離れます。すると、


 まるで見計らったかのように神兵ゴーレムの身体が崩れ始めました。


「な、なに今の……一体、何が起こっているんですの?」

 術者であるはずのミデアさんが理由わけが解らないといった様子で、崩れ往く神兵ゴーレムの姿を見つめながらぼやいています。

「マルちゃん、もしかして今のが……?」

 こくりと、ノーアの問いかけに黙って頷くわたし。

読解呪文レイス――マルちゃんが会得した唯一の呪文か……」



 この世界には、大まかに四種類の呪文が存在すると言われています。

 祝音呪文ポエム――詠唱によって、別位相に住まう精霊の力を借りて因果律を捻じ曲げる最も一般的な呪文。

 法陣呪文サークル――筆記による内容と記号的な意味を持って、別位相の理を招き寄せる呪文。

 封印呪文ストール――術者の意のままに因果律を操る禁呪。


 そして――


 読解呪文レイス――発動した魔術から呪文を読み解くことで、それに対応した印を編み出したり、黙読による読み替えによって術に介入する失われた魔道の秘奥。


 それが、わたしの扱うことができる唯一ただひとつの呪文なのです。

 わたしがなぜ自力で魔法を使うことができないのか、その理由がこの読解呪文レイスという呪文特有の発動法則にあるからです。

 つまり、わたしはという特異な魔術を行使できる魔学者なのです。その反面でみずから魔法を発動できないというかせを負いますが……

 そして試験の時、わたしの読解呪文レイスをただ一人理解し、評価して下さったのがファウスハイド先生だったのです。

「マルちゃん、すごいわぁ~! 詠唱無しで神兵ゴーレム倒すとか!」

「陣も使わなかったしな。どうなってんだよ、姫の呪文は?」

 一部始終を見ていたノーアとダビが、わたしの所に駆け寄って来ました。

「いや、大したこと無いよ。わたしはただ、ミデアさんの呪文を読み替えてただけだし……」

「え?」と、そこでミデアさんがこちらを振り向きました。

「今なんて……ま、さか……あ、あなたがをやったと言うんですの?」

「えっと、まあ一応……」

 わたしも少し言葉を濁して返します。

「あ、そうそう、念のため補足しておきますと……ミデアさんの複合呪文アンサンブルは凄かったですよ。ただ、肝心なところが抜けているために、未完成なんです」

「なっ」と、ミデアさんの口から小さく声が洩れるのが聴こえました。


 あ……なんか、マズかったかな……


 わたしがわずかばかり言いよどんでいると、ミデアさんが静かな、しかしどこか鋭い声音で、

「肝心なところとは?」と問いかけてきました。

「えっと……複合呪文は二つ以上の異なる系統の呪文を繋ぎ合わせて一つの魔術を構成するので、その橋渡しをする接続詞を定めることが肝なのですが、今のミデアさんの呪文にはその接続詞が曖昧なために正しく力が伝わらなかったんですよ」

 おそらく、詠唱を短縮する事に考えが寄ってしまい、祝音呪文ポエム締句トリガーだけに留めてしまったのでしょう。

 祝音呪文ポエムには力を解き放つ締句トリガーと共に詠唱前の枕詞タイトルが必須で、いくら法陣呪文サークルとの複合とはいえど、この組み合わせだけは決して省くことはできないのです。

 もし省いたら、今のように魔力の循環が乱れ、術が制御できずに暴走する危険があるのです。

「差し出がましいかもしれませんが、この場合は祝音呪文ポエムを起点と終点に置いて接続詞となる詠唱部分を法陣呪文サークルで補った方が術の精度が格段に……」

「上がると思いますよ」と言いかけたところで、

「もういい!」と突然、彼女の怒号が講堂に響き渡りました。

「よーくわかりましたわ! あなたがすごいってことはね……マルガリータ=ペンドルァリア!」

 ひどい! ミドルネームを思いっきりはしょってファーストネームの方を声高々に叫ぶなんて!

 しかし、そんなわたしの心の叫びなどお構い無しで、ミデアさんは「きっ」と蛇のような視線でこちらを睨み据えてこう続けました。

深紅あかき斜塔とはよく言ったものですわね!」

「?」

「大勢の前でこのワタクシを辱しめようと、回りくどい解説までしてくれて……なるほど、こんな性根だから『斜塔』などと呼ばれるんですのね!」

「そ、そんな! わたしはただ……」

 つい弁解しようと口を開いて、


 あ……


 わたしは冷たく光るそれが目に入り、言い留めました。しかし、

「おいクソアマ、何あたしのマルちゃんを侮辱してんの? シメんぞコラっ!」

 横手から、ぶちギレ寸前のノーアが口を挟みます。

「大体あんた、今朝だってわざわざ待ち伏せしてまでマルちゃんに因縁吹っ掛けて来てたし、一体なんのつ……」

「ノーアっ!」と、わたしは物凄い剣幕でまくし立てる彼女を呼び止めます。

「えっ?」と振り向くその顔には、戸惑いの色が浮かんでいました。

「マルちゃん?」

「お願いノーア、もう良いから……」

 わたしはそう言って、彼女の顔を真っ直ぐに見つめました。

 ノーアは少し困ったように目をそらしながら、右手で頭を掻きむしります。やがて諦めたのか、

「わかった……マルちゃんが言うなら、もうやんない」

 そう言ってため息混じりに笑みを浮かべます。

「ありがと」と、わたしも小さく笑いました。けれど――


「くっ!」と歯を食い縛って踵を返すと、演舞台のお嬢様は無言のまま逃げるように講堂から飛び出して行きました。

 熱を帯びた頬の辺りから、先程と同じ光の粒が零れ落ちます。

 わたしは、その後ろ姿をただ黙って見送ることしかできませんでした。



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深紅き斜塔のリズ さる☆たま @sarutama2003

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