第11話 呪文は読み替えれば良いんですよ
「きゃあああああああ!」
カイナさんの悲鳴が講堂の隅々まで響き渡りました。
わたしは咄嗟にカイナさんの後ろ側に回り込みます。
「ま、マルちゃん!?」
「姫!」
ちょうど
魔力の流れを遮断して術を変質させる印で、呪文の内容によって型が変わったりします。ちなみに今のは即席で組んだもので、とりあえず
そして、わたしは瞳を閉じて
天より授かりし真名を持つ地より還りし古の神兵よ
その絶壁なる守護の以て我が意を伝えん
刻まれし命の証 それは……
即ち――
「カイナさん、今の内にそこから離れて下さい!」
わたしがそう叫ぶと、彼女はまるで金縛りから解かれたように慌ててその場を離れます。すると、
まるで見計らったかのように
「な、なに今の……一体、何が起こっているんですの?」
術者であるはずのミデアさんが
「マルちゃん、もしかして今のが……?」
こくりと、ノーアの問いかけに黙って頷くわたし。
「
この世界には、大まかに四種類の呪文が存在すると言われています。
そして――
それが、わたしの扱うことができる
わたしがなぜ自力で魔法を使うことができないのか、その理由がこの
つまり、わたしは他人の呪文を読み取ってそれを操るという特異な魔術を行使できる魔学者なのです。その反面で
そして試験の時、わたしの
「マルちゃん、すごいわぁ~! 詠唱無しで
「陣も使わなかったしな。どうなってんだよ、姫の呪文は?」
一部始終を見ていたノーアとダビが、わたしの所に駆け寄って来ました。
「いや、大したこと無いよ。わたしはただ、ミデアさんの呪文を読み替えてただけだし……」
「え?」と、そこでミデアさんがこちらを振り向きました。
「今なんて……ま、さか……あ、あなたがこれをやったと言うんですの?」
「えっと、まあ一応……」
わたしも少し言葉を濁して返します。
「あ、そうそう、念のため補足しておきますと……ミデアさんの
「なっ」と、ミデアさんの口から小さく声が洩れるのが聴こえました。
あ……なんか、マズかったかな……
わたしがわずかばかり言い
「肝心なところとは?」と問いかけてきました。
「えっと……複合呪文は二つ以上の異なる系統の呪文を繋ぎ合わせて一つの魔術を構成するので、その橋渡しをする接続詞を定めることが肝なのですが、今のミデアさんの呪文にはその接続詞が曖昧なために正しく力が伝わらなかったんですよ」
おそらく、詠唱を短縮する事に考えが寄ってしまい、
もし省いたら、今のように魔力の循環が乱れ、術が制御できずに暴走する危険があるのです。
「差し出がましいかもしれませんが、この場合は
「上がると思いますよ」と言いかけたところで、
「もういい!」と突然、彼女の怒号が講堂に響き渡りました。
「よーくわかりましたわ! あなたがすごいってことはね……マルガリータ=ペンドルァリア!」
ひどい! ミドルネームを思いっきりはしょってファーストネームの方を声高々に叫ぶなんて!
しかし、そんなわたしの心の叫びなどお構い無しで、ミデアさんは「きっ」と蛇のような視線でこちらを睨み据えてこう続けました。
「
「?」
「大勢の前でこのワタクシを辱しめようと、回りくどい解説までしてくれて……なるほど、こんな性根だから『斜塔』などと呼ばれるんですのね!」
「そ、そんな! わたしはただ……」
つい弁解しようと口を開いて、
あ……
わたしは冷たく光るそれが目に入り、言い留めました。しかし、
「おいクソ
横手から、ぶちギレ寸前のノーアが口を挟みます。
「大体あんた、今朝だってわざわざ待ち伏せしてまでマルちゃんに因縁吹っ掛けて来てたし、一体なんのつ……」
「ノーアっ!」と、わたしは物凄い剣幕でまくし立てる彼女を呼び止めます。
「えっ?」と振り向くその顔には、戸惑いの色が浮かんでいました。
「マルちゃん?」
「お願いノーア、もう良いから……」
わたしはそう言って、彼女の顔を真っ直ぐに見つめました。
ノーアは少し困ったように目をそらしながら、右手で頭を掻きむしります。やがて諦めたのか、
「わかった……マルちゃんが言うなら、もうやんない」
そう言ってため息混じりに笑みを浮かべます。
「ありがと」と、わたしも小さく笑いました。けれど――
「くっ!」と歯を食い縛って踵を返すと、演舞台のお嬢様は無言のまま逃げるように講堂から飛び出して行きました。
熱を帯びた頬の辺りから、先程と同じ光の粒が零れ落ちます。
わたしは、その後ろ姿をただ黙って見送ることしかできませんでした。
深紅き斜塔のリズ さる☆たま @sarutama2003
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