第10話 波乱の合同実習
「では『
演舞台に上がった老師が淡々とそう告げると、学生たちは皆言われた通り左右に分かれます。
老師はそれから黒板の端に手を賭けました。わたしもそれを見て一緒に片づけを手伝おうと駆け寄ります。
「リズ君、済まなかったね」
「はい?」と老師の言葉の意味を測りかねて、わたしは首を捻ります。
「君が魔法を扱えないのを知っているのに、あのような難題を与えたことだよ」
「構いませんよ。わたしが魔法を使えないのは皆が知ってる事ですから」
そう、この魔学堂でその事を知らない人はいません。講師にも、学生にも、もちろん他の学者にも……
わたしが魔学者でありながら自ら魔法を使うことが一切できないことを。
それこそ、わたしが――夕闇に染まる傾いた塔。即ち――
わたしと老師はそれから一言も話さず、黙々と黒板を片付けます。
それから、演舞台には
そうです。わたし達学者による
老師が再び演舞台に上がり、両者の間に立ちます。そして、
「では、第一試合始め!」という老師の合図と共に、学生さん達の止まらない未来とゆずれない願いを掛けた戦いの幕が切って落とされました。
第一試合――ランス=ロッテンマイヤー対パルジ=ファウブル――
ちなみに銀縁眼鏡をかけた方がランス君で、手首に赤いバンダナを巻いているのがパルジ君です。
二人とも
試合の前は、まず「ドーモ」と名乗り合ってから一礼するのが魔道の習い。魔導書にもそう書かれています。負けた方は、ちゃんと詩歌も
それはさておき、ランス君の魔術は火炎系ですね。対するパルジ君の呪文は内容からして凍結系の術のようです。相性からすればランス君の有利でしょう。
たがいに手のひらから炎と氷を放ちます。
放たれた術は中央で衝突すると相互干渉を起こして消滅します。よくあるパターンです。が……ここで、パルジ君が動きます。
「もらった!」と叫ぶと、彼はバンダナを強く握って念を込めます。これは――
「
おそらく一晩寝ずに考えたであろう術名を叫ぶと同時に、彼はランス君の腹の前で手のひらをかざします。そこから緑色した空気弾が放たれ、彼は避ける間もなく後ろに吹っ飛びました。演舞台の上でランス君が尻餅を突くと、老師が前に出て手を挙げました。
「そこまで。勝者、パルジ=ファウブル!」
そこで、どっと歓声が響きます。
負けたランス君は、それはそれは悔しそうに演舞台の床を叩きます。
実は最後にパルジ君が使ったのは、
最初にワザと
ここで一つ誤解の無いよう言っておきますが、
それなのになぜ彼が叫んだのかというと……
ほら、あれですよ。十代前半によくある「秘めたる力」とやらに目覚めちゃった系の……怪我してないのに無意味に包帯を巻き付けたり眼帯したりして、時折意味なく右手とかが疼いちゃったりする……多分、彼もそっちの世界に足突っ込んじゃった……もとい目覚めちゃったんでしょうね。
そして両者は一礼して演舞台を降ります。
あ、詩歌
さて、きりきり行きましょうか!
続けて……
第二試合――ミデア=ネブカ=トゥルエーラ対カイナ=アーヴェル――
………………演舞台に上がるなり、いきなり睨みつけられました。
誰の事かは言わずもがなですね。その両腕には、いつの間にか肘の関節近くまである長い白手袋を付けていました。手首の周りに金刺繍の入った中々高級そうな代物です。
しかし、その金刺繍には――
元なる四魂を司り四方にあまねく精霊達よ
汝がその循環を
その真なる理の名は……
――と記されています。そう、これは
「なあ姫、あいつの呪文……何か変じゃね? あれじゃ術が発動しないだろ」
右隣でダビも首をひねっています。流石は
ミデアさんの呪文は未完成で、彼の言う通りあのままでは発動しません。
「ダビもそう思う?」
「ああ」と頷く彼。
「うーん、そうなんだよね。呪文が中途半端なところで切れているし……」
「左右で合わせるタイプとも違うみたいだしな」
そう言って彼が指差すのは、もう片方の手袋。
同じように金刺繍されていて、その内容は――
天より授かりし真名を持つ地より還りし古の神兵よ
その絶壁なる守護の以て我が意を伝えん
刻まれし命の証 それは……
――と、こちらもそこで途切れていました。
左右の内容からすると、あまり関係性のある呪文とは思えません。
対するカイナさんは、肩の辺りで切りそろえた黒髪の頭にフリルの付いた紫のカチューシャをした愛らしい少女です。
「では、第二試合……始め!」
老師の言葉を合図に、まずカイナさんが呪文を唱え始めます。
一方のミデアさんはというと、ゆったりとした動作で右手を前にかざします。
「放て!」という
それは、冷たい熱を帯びた光の球。それが優雅にふんぞり返るお嬢様へ目掛けて真っ直ぐに飛んでいきます。そして、
「
「なっ!」と思わず
しかし、それを気にも留めずミデアさんは床に左手を付きます。
「あのお嬢様、呪文短縮とは味な真似をするわねぇ」
わたしの左隣で観戦していたノーアも、これには驚きの声を上げます。
「それにしても変よねぇ、詠唱がまったくないなんてありえないわぁ~」
そう彼女が言うのも無理はありません。
ミデアさんがさっき口にしたのは
そう、つまり彼女は――
「
刹那、演舞台が隆起しました。
それは瞬く間に人の形を取り始めます。
かつて魔道文明によって繁栄し、そして滅亡した古代都市の
もう、お解りでしょうか。彼女は
これは、かなり高度な技です。それぞれの系統の違う呪文を組み合わせるには、双方の特徴を正確に理解しなければなりませんから。
「姫、これってもしかして……」
「え、そうなの、マルちゃん?」
二人が何を言わんとしているのかも、わたしには解ります。だから、はっきりとこう答えました。
「
「やっぱり」と同時に返す二人。
「やるじゃねえか、あのお嬢様」
「今朝の台詞もあながち強がりってわけじゃなさそうね」
ノーアの言う今朝の台詞とは、おそらく「称号くらいすぐに取ってみせる」と啖呵切ってたあれですね。しかし――
「でも、このままだと、あの
ミデアさんの呪文を解読しながらつぶやくわたし。
「え……?」と、わたしのつぶやきにノーアが振り返ります。
「マルちゃん、暴走って……」
「うん、それはね……」と、わたしが言いかけたその時、
「さあ、降参するなら今の内ですわよ!」
ミデアさんが勝ち誇るように宣言します。おそらく、
しかし、
その下にいるカチューシャの少女に向かって。
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