第9話 魔法が使えない魔学者


「すげえ……やっぱ魔学者ってすげえわ!」

 ダビの芸術的な魔法を前に、周りから驚愕と感動と感歎の入り混じった声が聞こえてきます。

 ちょっとダビ、なんかすっごくハードル上がってない?

 次がわたしの番だろうという事は、今までの流れから見ても明らかです。

「では、次は……」と老師がチラッとこちらに視線を投げました。

 わたしも覚悟を決めました。こうなれば破れかぶれです。

「今の二人が見せた祝音呪文ポエム法陣呪文サークルの魔術講釈をお願いしよう」

「え? あ、はい……」

 意表を突かれました。てっきり、わたしが魔術を披露する流れかと思ったのですが、そう指示されてほっと胸をなでおろします。しかし、

「ただし、のう」と意地の悪い声で付け加えられました。

「…………………………はい」

 本当にイジワルです。

 せっかくの覚悟をほだされた挙句、改めて試練をお与えになるんですから。

 溜息を吐きつつ、わたしは諦めたように演舞台にあがります。

「ええっと、それでは皆さんノーアさんとダビさんがそれぞれ使った魔術について解説します……じ、実演をかねて……」

 周囲の視線が一斉にこちらに集まります。その中には、心なしか敵意のようなものが一部混じっているように思えました。誰とは言いませんけど……

 わたしは、その圧に負けないように瞳を閉じて精神を統一させます。


 恋風乱舞シルファムール――


 それは一陣の風が如く

 吹き去る余韻はまるで花弁のように舞い上がり

 ざわめく心は一時ひとときの夢が如く

 時にそれは嵐となりて

 空を切り裂く竜の咆哮が如く胸打つ鼓動の波紋を伝えん


「流石マルちゃん、よねぇ~」

 そして、わたしは手のひらを前に掲げて決め手となる一言トリガーを解き放ちます。

「穿て!」

 しかし、私の手のひらからは何か放たれることはありません。

「これが、さっきノーアさんの使った祝音呪文ポエムの詠唱です。この呪文は音声によって空間の裏側にある別位相の精霊シルフに働きかける言葉を投げることで因果律を捻じ曲げ、この世にあらざる法則――つまり魔法の力を呼び寄せる力場を発生させます。そこで精霊が呪文の中にある『空を切り裂く竜の咆哮』を成すために、空気の渦を生み出して一か所に集め、風の竜を象って天空に向けて放たれる術なのです。『空を切り裂く』という契約を遂行するため、周囲に張られた結界をも喰い破ったというワケですね」

 ここで先生方の汚名を返上するため、一応フォローを入れておきます。「結界が破られたのは先生方の力量不足ではなく、呪文の内容にそういう契約文が混じっていたためだから仕方ない」と学生達に思わせるための方便を添える事で。

 ただ、嘘は吐いてませんよ。その契約文が含まれていたのは事実なんですから。

 まあ何にせよ、これで貸し一ですよ先生。

 心の中でつぶやきながら、わたしは老師の方へ軽く目配せします。

「そして次に――」

 わたしは今度は台に残ったままの黒板に向かって緑の石灰筆チョークを走らせます。

 それは円の中に六芒星を象った呪文――先にダビが使っていた呪符に記されていたものです。

「お、流石は姫だな。あの一瞬でよく炎の神鳥フレ・イムグドを完璧に模写できるよなー」

「と、このように円の中心に六芒星というのは良くありますが、これは現世と異界を結ぶための出入り口です。その線の部分が呪文になっているのが法陣呪文サークルの最大の特徴です。ちなみに、ここに書かれているのはさっきダビさんが使った神鳥の呪符と同じものですが、その内容は――」

 そこでわたしは、黒板に書いた呪文の内容を答えます。それはこんな感じです。


 北の凍れる天狼、南の火噴きし聖竜と謀り、東の霊鳥に力を与えん

 偉大なる四天と光陰の狭間にて、我その存在ものを召還せしむ者なり


 そして、わたじは手のひらを魔法陣に合わせます。

 しかして、術は発動することも無く、周りはただ沈黙に支配されます。

 学生たちがこちらをじっと見つめています。

 いや、言いたいことは解りますよ。ええ……とっても…………

 重く張り詰めた空気の中で、わたしは孤独感に打ち震えます。そこへ、

「うむ、よく理解しておるようだな。流石はで魔学者になっただけの事はある」

 そう言って老師が満足そうに笑います。

 いや先生、それ全然フォローになってませんから……

 老師のおっしゃることは、おそらく「実技をカバーできるほどの知識量で学者の称号を得るという離れ業を成した」という事を強調したかったのでしょう。

 しかし学生達にすれば、そんなこと聞かされても却って、

「ふーん、それってつまり試験勉強だけ出来る無能って事ですわよね?」

 としか思われません……って、今の声は!?

 チクチクした視線を受けながら、ゆっくりとその声のした方へと視線を送ると……そこには、赤修行服ブルマーでミデアさんが仁王立ちしていました。

「そんなんでも魔学者になれるんですから、余程運が良いですこと。それとも何か裏があったりしますの? 例えばかの大先生とのとか」

「ち、違います!」と、わたしは思わず叫んでしまいました。

 わたしの事ならともかく、よりによってファウスハイド先生を侮辱するとは……流石にこれは許せません。

「あんのぉ~クソアマ!」

 台の外からノーアの罵声が飛びました。

 しかし、彼女の声が聞こえていないのか、お嬢様は勝ち誇った顔でこう返します。

「おや、何が違うのかしら? まさか図星でしたの? そういえば、今日も昼過ぎにファウスハイド先生の研究室に行ってましたわね?」

 なぜそれを知っているのか解りませんが、わたしは彼女を睨み据えながらきっぱりとこう言いました。

「行きましたよ。貴重なご講義を受けに。ですが、その時間はあなた方学生は授業中ですよね? そんな時間に?」

「え?」とミデアさん、途中までは勝ち誇った顔していたのに、わたしが逆質問した瞬間に顔を強張らせました。おや?

 昼過ぎにわたしが先生のご講義を受けたのは西棟『研究所』で、東棟『学び舎』からはこの講堂を挟んで向かい側に位置するため、行って戻るのにかなりの時間が掛かります。それに、わたしが先生のご講義を受けることはノーアくらいにしか話してません。まあ、先生方は多分ご存知でしょうから噂とかで聞いたのかもしれませんが……

 先刻の質問返しはそう言う意味でカマかけただけなんです。でも、これにも実は穴があるんですよね。あくまでミデアさんがサボっていることが前提なので、彼女がそれに気づいて一言「噂で聞いた」と言われればそれまでなのです。が、これはどうやら?

「どうしました? まさかなんてことは無いですよね?」

「えっと、その……」

 ミデアさんはごにょごにょと何かを言い淀んだ様子で俯きます。

「おや、図星ですか?」と、わたしも意趣返しします。勝ち誇っている相手にやり返すのって気持ち良いですね。でも、ちょっと意地悪過ぎたかも。なので、

「――と言うのは冗談ですよ。真面目なミデアさんがそんな事するハズが無いですよね?」

 そう言って、わたしは彼女に微笑みかけます。

「そ、そうですわ! わたくしがそんな暇あるワケがないですわ」

「じゃあ当然、見てもいないのには謝ってくれますね?」

 ここで、あえて先生の名を持ち出すことで彼女の罪の意識を増長させます。というか、本来なら彼女はわたしだけを侮蔑すれば良かったのです。それなのに、先生まで巻き込む彼女を、わたしはどうしても許せませんでした。

「え……そ、その……ご、ごめんなさい……」

 俯きながら謝る彼女は、今どんな表情かおでいるのか、わたしには解りません。ただ、なんとなくその声色と握り拳から、凡その想像だけは付きました。


 これは、ただでは済まないかも……

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